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24-46 トオル
どろどろ溶 けてる、熱いバターやない。飢 えてるような目や。
いくら食うても腹 が膨 れへん。それもしゃあない、相手は朧 や。カスミ食うてるようなもんやろ。
鳥のほうが美味 い。食いでがある。まあ、それは冗談 やけど、実際 そうやろ。
「なんや見てたら羨 ましいなあ。俺もキスしたい。啓 ちゃんチューしよか」
誰 でもええけど、こいつがいちばん直線距離 的に近い。そういう理由としか思えへん人選 で、朧 様は自分を凭 れさせている氷雪系 にキスを求めた。
それを拒 む理由もなかったんやろう。こいつらそういう世界やしな。眼鏡 の男はお膝 の上に仰 け反 って、キスせえいう怜司 様に、遠慮無 く屈 み込 んでキスしてやってた。
ちゅうちゅう甘 い息遣 いが聞こえるような熱烈 キッスやったですよ。こんなん居 るで、外国にはな。
恋 の帝国 フランスの、パリのセーヌの橋の上とかな。愛 の聖地 イタリアの、ローマやミラノの噴水 のそばとかな、普通 にいます、こういう人たち。
でもまあ、日本には、あんまり居 らへん。中国にもいない。アジアはおしなべて、慎 み深 い国情 やねん。やることはやるけどな、そういうのは隠 れてやるからええねんというのが、アジアの民族性 やんか。アキちゃんかてそうやん。
そしてたぶん、虎 もそうやねん。元々はそうやったんやろう。
それが怜司 兄 さんの、ヌルくはない調教 の成果 で、なんかよう分からん慎 みのない男になってもうてるけど、ほんまは平気ではない。少なくとも自分にとって、他人とはやってほしくないと思える奴 が、平気でちゅうちゅうしとるのを拝 まされるのは、平気ではない。
虎 は困 ったようにそれからも、目を背 けてた。何か他 に逃 げ場 はないか。そういう顔して眉間 を揉 みつつ、信太 はふと目が合 うた俺を見た。
そして笑った。もう、俺はほんまにつらいわというような苦笑 の顔で。
いやいや、お互 い色々ありますな。
でも、自分が愛のキューピッドさんをやってもうたから言うんやないけど、お前はほんまに鳥さんといたほうがええよ。幸せそうに見えるよ。
それはちょっと、後ろめたいような幸せかもしれへんのやけど、でも、しょうがないよ。
お前はただ、幸せになりたかったんやろ。相手を幸せにしてやって、自分にもそれが幸せで、ふたりで幸せ噛 みしめたかった。そうしてほんまに癒 やされて、また元の偉 い神さんに、戻 りたかったんやろ。
分かるよ、俺も、そういうの。
藤堂 さんが嫌 いやったわけやないねん。あのクリスマス・イブの夜。愛想 が尽 きたわけやない。実はむしろ、めっちゃ愛してたかもしれへん。
それでも俺にはアキちゃんが、めちゃめちゃ素敵 に見えたんや。光 り輝 いて見えた。
それはアキちゃんの神通力 のせいやったんか。そうやないと思う。
それもあるけど、でも俺にはアキちゃんは、自分を幸せにしてくれる男に見えた。
お前が欲 しいって俺のこと、愛 しそうに見つめてくれたし、酔 っぱらってたせいか、アキちゃんは、俺が微笑 みかけるとにこにこ笑った。ほんまやで。
ホテルのバーのコースターに、店のボールペンで絵も描 いた。バー・カウンターに並 んでる、ワイルド・ターキーのラベルと同じ、七面鳥 の絵やったわ。
俺が、絵上手 いなあって褒 めたら、アキちゃんはにこにこ笑って、そうやねん俺は画学生 やねん、将来 は画家 になるのが夢 やねんと言うた。
それはアキちゃんにとって、めちゃめちゃ幸せな未来みたいやった。
絵描 いてるだけで楽しいみたいやった。
さっきまで、女と別れた言うて、めそめそクヨクヨしとったくせに、コースターに七面鳥 描 いてれば幸せという、このアホな男はなんなんやて俺はびっくりしていた。
幸せって、そんな簡単 になれるもんなんか。俺にはちょっとも回って来 えへんのに。
それとも俺も、この男と一緒 に居 ればもしかして、幸せのおこぼれに預 かれんのかな。
そうやったらええのに。お前が俺のこと愛してくれて、ずっと一緒 に居 ろうかって、手繋 いで明るいほうへ、連れていってくれたらええのにって、内心 本気でめちゃめちゃ祈 った。
それは俺の浮気 やったかもしれへん。その時は。
しんどい恋 から逃 げてただけで、それ以上の意味はなかった。
ちょっと遊んで、戻 るつもりで出ていっただけやったんかもしれへん。
それでも酔 っぱらいのアキちゃんと話しつつ、自分もにこにこしてんのに気がつくと、なんかもう、腰抜 けそう。自分がどんどん恋 に落ちてる。
藤堂 さんは居 らん、急に嫁 とヨーコが来たと言うて、俺を放置 している。
あいつが憎 い、許 せへん。今夜こそ、あいつをぶっ殺して食うてやると、ほんまもんの鬼 みたいに、むらむら真っ黒くなっていた心の中に、なんやキラキラ光が射 してきて、綺麗 なお花が咲 き乱 れ、蝶々 さんまで飛んでいる。
そんな甘 い甘 い恋 の気分に酔 うてきて、何もかも忘 れてる。
その時、俺は幸せやったんやで。その夢 から醒 めたくなかった。
もう閉店 や、帰らなあかんでと教えてやると、アキちゃんはものすご寂 しい顔をして、俺と一緒 にいたいと言うた。
一緒 にいてくれ。離 れたくないねんと、むっちゃストレートに俺を口説 いた。
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