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24-48 トオル

 横目(よこめ)にお(たが)い目が合って、アキちゃんはもう死ぬみたいな顔をした。  そして鳥をなんとか()()がそうとしてたけど、寛太(かんた)はよっぽど美味(うま)いのか、(いま)だにガツガツ()ろうてて、キスをやめへん。  俺はそれを、どんなジト目で見てたんやろか。  瑞希(みずき)ちゃんはもう、よっぽどつらい気分なんか、ソファの(はし)っこで頭(かか)えて、ちっさくなってた。  可哀想(かわいそう)になあ犬。こんなん今後、日常茶飯事(にちじょうさはんじ)やで。本間(ほんま)先輩(せんぱい)と付き()うていくんやったらな! 「なんとかなってきたか、アキちゃん」  (ため)しに(うで)(さわ)ってみると、平熱(へいねつ)みたいやった。お熱さがって、よかったでちゅね。とっととその、お熱い鳥を()()とせ!  寛太(かんた)はだらだら(あせ)をかいてた。まるで一発やった後みたい。  なんとかなったと(うなず)いて、青い顔したアキちゃんは、なんとか寛太(かんた)の顔を()(かえ)していた。 「なんでやめんの……?」  ぼんやり(あま)い、熱い声して、寛太(かんた)睦言(むつごと)みたいにアキちゃんに聞いた。  なんでなんか(わす)れたか。お前はほんまにアホやなあ。 「な、なにこれ? なんでこんなことに……」  俺のせいかとビビってる声で、アキちゃんはたぶん、俺に()いてた。場合によっては、土下座(どげざ)して()びそうなビビりかたやった。  そうか。お前も一応(いちおう)、俺に悪いとは思ってんのや。  そうなんやなあ。知らんかったわ。勉強なったよ。 「お前が()けそうなってたから、(あふ)れた霊力(れいりょく)(ぬき)かなヤバイということで、鳥さんに食うてもろてただけや」 「く、食うって……?」  ソファで腕組(うでぐ)みしている真顔(まがお)の俺の横顔(よこがお)を、アキちゃんはじいっと(おび)えて見ていた。いつ(とおる)大蛇(おろち)変転(へんてん)するやろかと、内心(ないしん)では秒読(びょうよ)みしてる、そんな顔。 「キスしただけや。人工(じんこう)呼吸(こきゅう)みたいなもん。血()うのと同じようなもんやろ。鳥さんは血()われへんのん?」  まだアキちゃんのお(ひざ)でぼけっとしている、満腹(まんぷく)満腹(まんぷく)みたいなぼんやり顔の寛太(かんた)に、俺は(たず)ねた。  寝乱(ねみだ)れたような(かみ)が、(あせ)()()いていて、めちゃくちゃエロい。  そうか信太(しんた)(おぼろ)様の、この部分は好きやったんか。  気の毒やなあ、てめえの()えツボが(だれ)の目にもバレバレで。バリバリつらいよな、信太(しんた)()ずかしい()ずかしい。 「血なんか()うたことない。そんなんしたらあかんて兄貴(あにき)が言うてた。血肉(ちにく)食うたら(けが)れてまうやろ?」 「そうかなあ。美味(うま)いで、血も。お前が()うてんのと、どっちが美味(うま)いんか、俺は知らんけど」 「霊水(れいすい)?」  (けむ)(ひとみ)(またた)いて、寛太(かんた)は不思議そうに言うた。  (だれ)でもやれると思うてたらしい。  そんなもんがあるって、俺は知らんかったしな、どうやって()うたり()わせたりしてんのか、見当(けんとう)つかへん。  たぶん信太(しんた)由来の習慣(しゅうかん)やないか。鳥さん育てる目的で、信太(しんた)がやってんのを見て、(ほか)にも広まったんやろう。  練習したらできるんかな。俺にもできんのかな。と、いうか、アキちゃんにもできるんかな。そして、それは、口移(くちうつ)ししかありえへんようなモンなんか。 「霊水(れいすい)美味(うま)いし、力はつくけど……でも、つまらへん」 「つまらへん?」  ぼけっと熱あるみたいな、ぼんやり上気(じょうき)した顔で言う寛太(かんた)の目付きは、なんともいえずエロくさい。 「つまらへんよ。エロのほうがええよ。気持ちええしな、それに、幸せやもん」 「それは単にお前がエロが好きなだけちゃうん?」  俺が指摘(してき)してやると、鳥さんは(なや)んだみたいやった。  そして、いったいいつまでお前はアキちゃんのお(ひざ)(またが)っているつもりなんか。鳥は綺麗(きれい)な指した白い手で、何の気無いふうな無意識(むいしき)の仕草で、やんわりとアキちゃんの首筋(くびすじ)から(むね)のあたりを()でた。  アキちゃん、顔面(がんめん)蒼白(そうはく)になっていた。たぶん()えたんやろう。軽く(さそ)われてるよな。愛撫(あいぶ)チックやったよな。俺もそう思う。 「好きやけど。好きやったら、あかん?」 「あかんことない。俺の男とやるんでなければ」  俺が(ねん)のためキッパリ言うてやったところ、寛太(かんた)はちろりと視線(しせん)(もど)して、自分を見上げて軽くあわあわしているアキちゃんを、()()にじっと見下ろした。 「本間(ほんま)先生と……?」  検討(けんとう)中、みたいに、鳥は静かにそう言うて、しばらく静止(せいし)して考えていた。  そして、フッ、と(うす)く笑った。なんかちょっと、邪悪(じゃあく)微笑(ほほえみ)やった。  そうすると寛太(かんた)は必要以上に(おぼろ)()ていた。()らんとこまで()てきたらしいで。  大丈夫(だいじょうぶ)かな(とら)。これでも()えるか。邪悪(じゃあく)なの(いや)やて言うて、箱入(はこい)りで育ててきた鳥さんやのに。結局(けっきょく)こんなんなってもうてなあ。 「それはないわ。俺、(とおる)ちゃん好きやし、(へび)喧嘩(けんか)したないしなあ。それに……」  言いかけてから寛太(かんた)は、くうっ、と辛抱(しんぼう)たまらんみたいな思い出し笑いの顔になった。 「それに俺は兄貴(あにき)がええわ。先生どんなんか知らんけど、どうでもええから。(とら)プレイに(まさ)るもんはないから。お前もいっぺん兄貴(あにき)とやってみればわかるよ。やったら殺すけど」  うんうん、て俺は(うなず)いといた。  お前もとうとうそう思えるようになったんか、寛太(かんた)立派(りっぱ)になって。よかったなあ、(まこと)の愛に目覚めることができて。  お前も今後どんだけ、「もう殺さなあかん」て思うことかやで。  それとも(とら)は案外、浮気(うわき)せえへんのかなあ。

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