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24-49 トオル
くるりと身を捩 って振 り向 いて、寛太 は信太 を探 したようやった。
そして、今初めて気がついたように朧 様を見た。
「あれえ。怜司 や。いつの間に来たん?」
「だいぶ前やで? ていうかお前、ついさっき話しかけたのに、食うの夢中 でぜんぜん聞こえてへんかったんか?」
面白 そうな半笑 いで、朧 様は眼鏡 とベタベタしながら寛太 に訊 いた。
「うん。気がついてへんかった。ごめんな……なんて言うてくれてたん?」
「お前もエロが好きやなあ、無理せんと、やりたい奴 とやればええんとちゃうかって言うてたんやで」
にこにこしながら湊川 怜司 はわざわざ教えてやっていた。
「うん……そうやけど。でも、やりたい奴 って、信太 の兄貴 しかおらへんもん」
「えっ、そうなん? そんなことが現実 にありえんの?」
怜司 兄 さん本気で訊 いてる。眉間 に皺 まで寄 っている。何かすごいアンビリーバボーなことを言われたみたいなリアクションやったで。
「俺なんか、やりたい奴 だらけで、スケジューリングで死にそうなぐらいやけどな。ほんまに大変なんやで、最近あんまり休みもないしな、たまのオフ日には、午前中と午後と夜で別の奴 とか、何やったらご相席 をお願いせなあかんほどや。なあ、啓 ちゃん? 俺ら最近やってへんな? またやろか? 好きやで、啓 ちゃん。いつも俺に優 しいしてくれて、ありがとうな。愛してる」
そう言うて、怜司 兄 さんはお隣 の雪男 を愛 しそうに見て、そのお膝 に頬 をすり寄 せていた。
啓太(けいた)はまんざらでもないようや。身を寄 せて手を握 り合う二人 は恋人 同士のように見えた。
それでええやん、別に何の問題もない構図 やで。余 ってる奴 どうし、仲良 うくっついとけ。それが平和や。
俺はそう思ったけどもな、虎 には文句 があったようやわ。
「なんやねんそれ、怜司 。俺はお前にそんなん言われたことない。そんなんお前、誰 にでも言うとうのか?」
それがなんで心外 やっていう事で、虎 が鳥さんの肩 を抱 いたまま、ラジオに文句 言うてた。それでも知らんとラジオは雪男 とキスしてやってる。
「誰 にでもなんか言うてへん。お前には言うたことないやろ?」
「それが納得 いかへんのや!」
なんでや。俺が内心そう突 っ込 みたいことを、虎 は言うてた。
「今やったら平気で言えるで。信太 愛してる、めちゃめちゃ好きやで、我愛你 !」
「くっそ、なんやそれ! バリむかつく!」
信太 は牙 剥 く勢 いでマジむかついていた。
朧 様はこう見えてもシャイな人やねん。ある一線を越 えて好きな相手には、好きやって言われへんらしい。照 れてもうて。
せやし、怜司 兄 さんは、信太 のことは割 と真面目 に好 きやったんやろう。
「俺はもう、愛してない。お前のことなんて。寛太 とラブラブやから!」
見ろこのラブラブを、みたいに、信太 は鳥さんを抱 きしめていた。
信太 、お前ちょっと可哀想 すぎやぞ。どっちが振 られたんか、分からへん。
「ああそうか、没関係 !」
怜司 兄 さん、わざわざ信太 のほう向いて、ケッて言うてた。
関係あらへんていう意味らしいで。没関係 。勉強なるなあ。とっさの一言 ・中国語講座 みたい。使う機会が俺にあるとも思えへんけど。
信太 って、日本語で言われるより、中国語で言われたほうが、傷 つくらしい。
言霊 が、ガッツンガッツン来るらしい。
それが母国語 ってもんか。自分の魂 と結びついている言葉や。
関係あらへん言われて、信太 はぐっさり来たらしい。何を傷 ついたんや、虎 。
ぐったり項垂 れて、もう何も言い返して来 えへんかった。
「どしたん、兄貴 。なんて言われたんや?」
「何でもない。何も言われてへん……」
寛太 に訊 かれて、虎 は力無く答えてた。
確 かに何も言われてへん。何も言われてへんことに傷 ついてるだけや。
「我愛你 言うてやり、寛太 。そいつ中華 系 やから。中国語で言うてほしいんやって。それだけなんやで、俺と付き合 うてた理由なんて。お前も中国語を学べ。それで無敵 やから」
怜司 兄 さんのごっつ調子のええ、無責任 なアドバイスに、寛太 は素直 ににっこりしていた。可愛 い奴 やった。
「ほな、俺、そうするわ。怜司 が教えて」
「嫌 や。なんでチューもさせへん奴 にタダで中国語教えてやらなあかんねん。俺を舐 めるな、寛太 。学びたかったらラジオ聴 け」
ほんまの中国語講座 かよ。
後で分かった話やけども、怜司 兄 さんほんまにラジオで、中国語講座 してはるよ。
めっちゃやる気なさそうな脱力 系 講師 やで。
しかしその脱力 系 の、訳 のわからん例文 と、たとえようもない美声 に、地味 に大勢 のファンがいるらしい。
「やっぱ怜司 は俺のこと嫌 いになってもうたん?」
しょんぼりとして、寛太 はちょっと泣き出しそうな情 けなさやった。
「なってへん。しゃあないなあ、もう。なんで自分の男を寝取 ったやつに、中国語教える羽目 に。俺ってアホちゃう? ほんまにアホちゃう? なあ先生、どう思います。なんか優 しい言葉でもかけやがれ」
「悪いが何も思いつかへん。ただただ呆 れるばっかりや」
アキちゃん本音 で言うていた。ものすご呆 れた顔をしていた。
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