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しかし、今からという時になって突然士郎の唇が離れていった。
久しぶりに味わっていた快楽を取り上げられて、秋乃は切なげに眉を顰める。
「な、何でぇ…っ」
もどかしげに腰をくねらせると、士郎が口元を拭いながら腕時計を見た。
「もっとしてあげたいけど遅刻しそうだからね」
「そんな……」
絶望的な声をあげると、先ほどまで股間を舐めしゃぶっていた士郎の唇が秋乃の唇に吸い付いてくる。
「……んっ……」
ほんのり青臭さのする舌で口内を蹂躙されると、不満ごと絡めとられた。
濃厚な口づけだけで、秋乃はあっという間にグズグズに蕩かされてしまう。
「続きは帰ってきてからの楽しみにしておくよ」
士郎は名残惜しげに唇を離すと、衣服が乱れたままの秋乃を一人残して扉から出て行こうとする。
ひどい。
次に士郎が帰ってくるのはいつなのか全くわからないというのに。
「いってらっしゃい……」
遣る瀬無い気持ちのまましぶしぶ士郎の背中を見送ると、開いた扉の隙間からほんの一瞬、こちらを見ている知らない顔と視線が絡んだ。
まずい!と思った時には扉が閉まり、ホッと胸をなでおろす。
扉の外にいたのは団地の住人だろうか。
顔は見られたかもしれないが、万が一にもこの格好を見られてしまっていたら非常にまずい。
エプロンを身につけてはいるものの、デニムパンツは膝下までずり下がり下半身を中途半端に露出しているという明らかに普通の状態ではないのだ。
こんな早朝から、玄関先で淫らな行為に耽っていたなんてもしも噂になってしまったら…これからこの団地に住む住人と顔を合わせるのがなんとなく気不味くなってしまう。
最悪だ。
噂ももちろんだが中途半端にされた身体も疼くし、また士郎のいない一人きりの時間がやってきた事で気分は更に落ち込んでいく。
「士郎さんのバカ」
秋乃は小さく悪態を吐くと、濡れた下着を取り替えるついでに洗濯でもしようと洗面所へと向かった。
「ふぅ、終わった」
洗濯物を干し終える頃には、先ほどまで火照っていた身体も、落ち込んでいた気持ちもすっかり治 っていた。
暖かい日差しが降り注ぐベランダには久しぶりに二人分の洗濯物がパタパタと風に揺られている。
こうして愛する夫のために、洗濯をしたり料理をしたり掃除をする日々が改めて幸せだなと思える風景だ。
最後に秋乃は先ほどまで穿いていたパンティーを柵の内側の見えない部分に引っ掛けた洗濯ハンガーに干そうとしていた。
流石にこの男性だらけの団地のベランダに女性物の下着を堂々と干す事はできない。
いくらここがゲイ同士の夫夫が住まう団地だからといって、モラルやマナーがないわけではないのだ。
しかし突然強い突風が吹いて、秋乃の手からパンティーが離れていってしまう。
「わっ!!」
風に舞い上がった白い下着は数メートル離れた隣のベランダにヒラヒラと舞い降りた。
「ヤバイ、どうしよう!」
秋乃は真っ青になりながら隣のベランダを見つめた。
ベランダとベランダの間には3メートルほどの隙間があるため、ここから取りに行こうにもかなり危険すぎる。
しかもたとえ取りに行けたとしても勝手に入っては不法侵入になってしまう。
かといって、ベランダに下着が飛んでいってしまったため取らせてほしいと正直に言おうにも言い辛い状況だ。
飛んでいった下着が男物ならまだしも、完全に女性物だからだ。
しかし、このままあの下着を易々と見逃す事はできない。
あれは最近士郎が買ってくれたばかりの秋乃のお気に入りなのだ。
どうしよう、どうしようと一人狼狽えていると、突然隣の家の扉が開いた。
中から出てきたのは細いフレームの眼鏡をかけきっちりと髪を整えた、いかにも神経質そうな感じのスーツ姿の男だった。
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