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第7話

「有賀さんって、わりと晴れ男?」  きっぱりと晴れた空の下、トランクに荷物を積みながら声をかける。  眩しそうに薄いサングラスをかけ直した有賀は、空を見上げて少し唸った。 「あー……そうかな。そうかも。結構、いつも良い天気かもしれない……僕ねぇ、別に自然とか嫌いじゃないけど、団体行動ってやつがどうも苦手で、運動会とか登山とか球技大会とか、できることなら雨で中止になってほしいタイプなんだけど一回もそういうのなかった、かもしれない」 「雨の降る日に窓際とかで本読んでるタイプだ。そんでこっそり窓際の王子様とか呼ばれてたんだ」 「いや僕はがり勉の働き蟻野郎って呼ばれてたからそういうんじゃ、」 「ちょっと、いちゃいちゃすんなら電車乗ってからにしてくださいよ。途中で放り出すぞホモカップル」  車の後ろでついお喋りをしてしまって、運転席の倉科から怒られてしまった。  まだ電車の時間には早いが、道が混んでいたら困るからとせかされる。確かに、土曜日の行楽日和だ。ファミリーで出かける人も、少なくはないだろう。  別にいちゃいちゃしてないのに、と有賀が膨れるのがかわいい。思わず頬にキスしそうになって、見送りに里倉とアゲハも来ていた事を思いだした。  アゲハはまだしも、里倉の前では流石に調子に乗れない。いつでも厳しく優しい師である老人は、桜介の事故の一件で寿命が縮まったと後々笑った。  本当に申し訳ないと思う。事故の責任は自分に無いとはいえ、迷惑と心配をかけたのは事実だ。  その上、桜介の両親を前に尻ごみする有賀の背中を押したのは里倉だというのだから、もう一生頭が上がらない。  里倉は特別、有賀と桜介の関係について何か言ってくることはない。けれど、きっと、もう受け入れてしまっているのだと思う。  退院祝いだと、旅行用の連休をくれたのも里倉の優しさだ。  一人で仕事を回していてきつかっただろうに、人生は有限だ勢いあるうちに行っとけと、老人は笑った。 「有給休暇なんつーちゃんとしたもんが、うちにはねーからなぁ。十年文句言わずに俺に付き合って働いてんだ。一カ月や二カ月サクラが居なくなったからってなぁ、すぐ潰れる店じゃねぇよ」 「でもおやっさん、新しい車のローンもあんのに、」 「うっせえ、ありゃ買い替え時だったんだよ! いいから大人しく行って来い。有賀ちゃん、いいか今度は電車にひかれたとか車にひかれたとか言わねえように、しっかりシャツつかんどけよ」 「肝に銘じます。……アゲハ、目が開いてないよ」  その老人の横で半目でふらふらと立つ美人に、有賀は苦笑いで声をかけていた。 「煩いですね。午前中の世界を拝見するのは久方ぶりだと言ったでしょう。それでも今生の別れの可能性も考えて一応無事に帰ってきなさいよと言いに来た私に感謝の気持ちが欲しいくらいです」 「あんがと、アゲハさん。お土産買ってくるよ」 「どうぞサクラさんはお気になさらずに、めいいっぱいそのひょろ長い男を振りまわして楽しんできてください。いってらっしゃい。そして元気に帰って来なさい」  大真面目に手を握り呪いのように言葉をかけるアゲハに、有賀と二人で笑う。とても心配してくれている。とても、愛してくれている。そのことがわかるから、桜介は、アゲハの事も好きだと思った。  手を振り、有賀は後部座席に、桜介は助手席に乗る。  レンタカーを借りて桜介の運転で行こうか、という案もあるにはあったが、結局周りが電車で行けと促した。運転をどうしてもさせたくないわけではないらしいが、目的地が京都で、市内のバスも充実しているし車よりも公共機関で移動した方が早いと判断した。  もう少しゆっくりとしたドライブを主体とした旅の時には、車ででかけたらいい。それは、今でなくても、きっと機会がある。  駅までは倉科が送ってくれた。見送りに来れなかった椎葉や雪見の言葉を律義に伝え、他の知人たちからの言伝も彼から預かる。  その大半が楽しんで来いでも事故にはあうなというもので、過保護な大人たちに苦笑した。 「向こう着いて宿とかでアホみたいに暇だったら椎葉さんに電話してください。面倒なクライアントに捕まったかもって言って頭抱えてましたから。ちなみにこれ社長には言うなって言われてたんすけど、まあ、無理して倒れる人間増やしても意味無いと思うんで、おれは積極的にちくっていきます」 「…………しーばちゃんさ、結構僕の采配に文句言うけど、彼もちょっとなんていうか同じ匂いを感じるんだよね……」 「類友ってやつっしょ。気が合う人間が集まって、悪い事なんてないっすよ。共倒れは勘弁ですけど。ってなわけで到着です。はいはい降りて、おれ駐車場入りたくないから。土産要らないんで、無事に帰ってきてください」 「それさー、ほんっと全員に言われるんだけど。みんなどんだけ俺の事故トラウマになってんの」 「あんなんトラウマになんなって方が無理っす。おれマジで泣いたし生まれて初めて唯川頼って死ぬほど慰められたっていう黒歴史出来たんで一生桜介さんを恨みます」 「え。なにその話めっちゃ面白そうなんだけど、亮悟帰ってきたら飲もう? 土産話と一緒にその話しよ?」 「嫌ですよ。飲むのは良いし、土産話はわりとおれ好きだけど。つか降りて! はい社長も! 最後まで元気でお願いしますよ! はいはい行ってらっしゃい!」  警備員の笛が鳴る前にと、慌ただしく倉科は車を出した。急いで荷物を降ろした有賀はすでに少し息が荒い。 「……持とうか?」  思わず声をかけたが、当の有賀はしれっとした顔で首を振った。 「みんな非力だって言うけどね、僕だって男子なんですよ。病み上がりのサクラちゃんに荷物を持たせるとか、そんなことできませんよ」 「軽い方持つって。ふらっふらしてんじゃん、もー非力メンズなんだからさ」 「…………非力な僕は嫌い?」 「好きだよって何度言っても足りないの?」 「もらえるものはね、もらっとく主義だから」  うふふと笑う有賀は、朝からずっとテンションが高い。いつも、ふわふわとしている人だけれど、気分が高揚しているときは本当に甘い。  その甘さに便乗することにして、荷物を持たない方の手を差し出した。 「手、繋いでく?」 「え? ……いいの?」 「うん。これから、一緒に生きてくわけっしょ? ちょっとはさー、有賀さんの痒さとか甘さとかに慣れて行かないと。世間の目に耐えるスルー力も、ちょこっと鍛えていきたいし」 「え、嬉しい。嬉しいから繋ぐ。あ、そういえば清美さんがお土産は湯葉豆腐でいいってメールくれました」 「……ねえなんで有賀さんうちのオカンとヨメシュウトメみたいな関係になっちゃってんの?」 「似たようなものだし、仲良くしてくれるならそれでいいかなって。湯葉豆腐って食べた事ないんだけど」 「それは俺もない。宿の料理で出てこなかったらどっかの昼飯で豆腐料理入れよー。俺、京都って修学旅行以来だからめっちゃ楽しみ」 「僕も仕事の出張以外行かないかも……どうも日本史があやふやで、どの寺が何でどの神社がどれかよくわかってないんだけど、お勉強しながら回るのも良いよね。豆腐、お寺、温泉、お抹茶。あと何かなぁ、京都」 「なんでも楽しみだよ。有賀さんと一緒だしさー」  繋いだ手をぎゅっと握ると、隣からくすぐったいような頬笑みが返ってくる。  桜介の両親との話は、少しずつ進んでいる。有賀の事は嫌いではなさそうだが、やはりうまく関係を理解してもらうまでには時間が必要そうだ。反対されていないだけ良いと思うことにする。  逆に有賀の両親に関しては手つかずで、旅行から帰ってきたら土産を持って突撃しようかなんて冗談交じりに話していた。  まだ先は長い。それでも手を握ってくれる人がいる。 「梨狩りってどこよ? 長野?」 「長野って林檎じゃないのかな……ええと、山形はさくらんぼで……ああっ、でも僕桃も好きだな。苺も黙々と食べてみたい」 「夏の沖縄行きたい。流氷も見たい」 「海外は?」 「あー……スペイン? ギリシャ? 俺、青と白好きだからあの辺の海の景色ちょっと観たいんだよね」 「僕はチェコに行ってチーズと一緒にビールを飲みたい」 「行こうよ。一緒に住めば節約できんじゃね?」 「……え。ちょっと、その話結構本気にするよ? 僕予定立てちゃうよ?」 「予定立てようよ。新幹線で時間あるじゃん。人生有限なんだからさ、一緒にいる時間活用してこうよ。まあ、とりあえずは京都だけど」  よっこらしょと荷物を持ち直して、やはりぜえはあしている恋人の荷物と交換しようかと提案して、もう一度首を横に振られて笑って、幸せだなと思った。  現実は怖い。生きる事は痛い。  それでも桜介は幸せだ。 「駅弁の米ってさ、なんかちょっと柔らかいとイラっとしない?」 「あはは、するね。僕は少し硬いお米が好きです」 「知ってる知ってる」  そんなくだらない事で笑える人と手を繋げる。  この幸福をかみしめて、盛大に笑って少しだけ泣きそうな気持ちを飲みこんだ。  現実は怖い。生きる事は痛い。  それでも互いが甘い事を、花と蟻は知っている。 終

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