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第6話
笑うかな、と思っていた。
いつもの少しだけ余裕な態度で、馬鹿だな何言ってんだよ今更そんなこと改まって言うなんて、と笑うと思っていた。
きっとサクラは断らない。今すぐにではないとしても、自分と一緒に居てくれる約束をしてくれる。そう信じていたけれど、まさか、こんな風に泣くとは思って居なくて、有賀は急に慌てて涙をふくものを探した。
席を立ってティッシュを持ってこようとしたのに、サクラの手が逆に掴んで離してくれない。
けが人なのに力強くて、振り切れない。仕方なく、あいている方の手でサクラの頬を拭うしかなかった。
「あの、ええと……ごめん、ちょっと、いきなりすぎた? 退院してからの方が良かったかな、とか、思ったんだけど。次に三浦さん達が来る前に、一応僕の気持をサクラちゃんに伝えておいた方が良いかなって……ああもう、ちょっと、サクラちゃんいつもそんなに泣かないじゃないの。どうしたの。涙腺おかしくなった……?」
「……誰のせいだよ、馬鹿。こんなん、泣くだろ、馬鹿。感動してんだよ。……人生で、多分、一番感動してんだよ」
そしてサクラは、ぽつぽつと、心の内を言葉にし始めた。
ずっと、自分の性と向き合って生きてきた。まだ開き直れなかった学生時代は、それなりに悩んだし、吐くほど落ち込む事もあった。何度か手痛い失恋をして、里倉工務店に勤めだして、やっと人生は恋愛だけじゃないのだから毎日きっちり生きていればいいんだと、思うことができるようになった。
女性と結婚して子供を授かることはできない。家庭を作ることはできない。両親に、孫の顔を見せてあげることもできない。両親の血は、自分で途切れてしまう。
そのことに負い目はあれど、どうにか、それでも仕方ないのだからどうしようもないと言い聞かせることに慣れてきた。
そして有賀に出会った。
絵に描いたような王子様で、その割に打たれ弱くて、かわいくて、常識人で、でも社畜でいつも時間に追われていてぐったりしていて、言葉が痒くて、馬鹿みたいにサクラの事を好きだと言う人。
「……王子様かな。王子様は、恋人が死にそうだからって十分おきに泣かないと思うけどね」
「うるさい黙って聞け王子。俺は十分おきに泣いちゃう王子が好きなんだよ」
少し恥ずかしくなって茶々を入れると、サクラに怒られてしまう。
愛だ恋だなんてものに期待するのは疲れると思っていたのに、すっかりその心地よさを思いだしてしまった、とサクラは言う。そして、自分が世間的に公にできない恋愛しかできない人間だということを思いだした、と。
有賀は元々ストレートだ。その事に有賀が悩んだ事は無い。それでも、サクラの胸にはいつも引っかかっていた。
人生に、巻き込んでいいものか。そう、悩んでいたのに。こんなにも真摯に有賀は自分の人生を差し出してくる。
サクラの涙は止まらなくて、結局一度離してもらってティッシュボックスを取ってきた。その後もう一回手を握られて、有賀もその暖かい手を握り返した。
「俺、有賀さんのことすげー好きだよ。たぶん、皆が思ってるより、ほんと、大好きだよ。言葉がさー……俺は、あんまうまくなくて。好きってしか言えないし、愛してるとか言ったらちょっと痒いし、もうなんて言って良いかわかんないんだけど、好きだよ。なんでこんなに好きなのか、全然わかんないくらい」
「うん。僕も、サクラちゃんが大好きです」
「知ってるっての馬鹿、有賀さん俺の事好きすぎだよホント……まさか、そんな本気にプロポーズされるなんて思わなかったから、あーもう……あー……やっぱりここ天国か何かかな……」
「ちょっと、不穏なこと言わないでよ。生きてるってば。生きてるから、これからも一緒に生きて行こうって話をしてるんじゃないの。僕はね、本当に家族ってずるいなって思ったんだよ。だって僕のサインじゃ、サクラちゃんの身体にメスを入れる手術できないんだよ。別に、全部を自分のモノにしたいってわけじゃないんだけどさ、なんていうか……一緒に居るだけじゃなくて、責任と権利がほしいなって、我儘にもそんな事を思ったわけで」
「わかるよ。わかる。俺も欲しい。俺も、有賀さんに何かあった時に、一番に手を握る権利が欲しいよ」
それはつまりは受け入れてくれるということだろうか。
急に恥ずかしくなって、両手でサクラの手をにぎにぎと弄んでいると、くすぐったいからやめろ馬鹿と言われた。
今日は良く罵倒される。それが照れ隠しだと知っているから、余計に恥ずかしい。
「あーなんか……あー……一生分の勇気使った気がするし、ちょっと、気障だったかなぁとか思って今勝手に反省してるんだけど、うん。やっぱり、いっそこう、夜景の見えるレストランとかプロポーズした方が良かったかな……?」
「ふは! っふ、ごほっ、……ちょ、やめ……今想像しちゃったじゃん何そのスーパー王子様なホモカップル俺笑っちゃうからやめて。それよりスワンハイツで手握られてぎゅってされて言われたら、もうちょっと涙とまんなかったかも」
「え。そう?」
「そうだよ。だって、最初に好きって言ったら困るかって聞かれたのも、ちゃんと告白されたのも、俺はスワンハイツだったよ」
優しい顔で笑われて、有賀の息が詰まる。それならば退院を待った方が良かったのかもしれない。でも、そこまで待てなかったのは、一刻も早くサクラに伝えたかったからだ。
別に、今すぐ籍をどうこうするという話ではないのは、お互い理解している。三浦夫妻にも、有賀の親族にも、里倉にも、デザイン事務所の面々にも、全てきちんと話さなければいけない。
自分たちが良ければそれでいい、という話ではない。その為に、一緒に頑張ってほしいと思ったから、有賀はサクラの手を握った。
「ごめんね。巻き込んじゃった、僕の人生に。でもね、やっぱり僕は、サクラちゃんと一緒にご飯食べたいし、一緒に梨を狩りに行きたいし、好きだよって飽きる程言いたいし、いつかどっちか病気になっても、ずっと隣で大丈夫だよって笑っていたいから。一緒に居てください」
「……ホント、何回求婚したら気が済むの。今ちょっとテンパってるでしょ、有賀さん」
「テンパってるよ。三徹しても仕事終わらなかった時くらい頭おかしいなって自分でも思うけど、もうね、全部口から出していかないと僕はもっとテンパっちゃうんだよ。大人しく今日はずっと求婚されててよ。別に、式を上げましょうとかそういう気持ちは一切ないんだけど」
「まあ、実際どうなるかはこの先俺が退院して、いろんなもん説得してからだけどな。でも、有賀さんの礼服はちょっと観たいなー」
「シナくんに撮ってもらう? いいんじゃないの、仮装大会か何かに紛れちゃえば、男同士のカップルでもばれないよ」
「ハロウィンにタキシード?」
「牙でも生やしておけばいいでしょ」
適当な事を言うと、サクラも笑う。笑いすぎて肺に空気が入ったらしくまた咳き込んで、肋骨が痛いと泣いていた。少し喋りすぎたかもしれない。
サクラの身体をベッドに戻し、時計を見る。そろそろ定期診察の時間だ。あまりお邪魔していても負担だろうから、診察が終わったら帰るよと声をかけると、間髪いれずに嫌だよと答えが返ってきた。
「え。何、かわいいねサクラちゃんどうしたの。だって僕が居ると喋っちゃうでしょ?」
「やだ。やだやだ一緒に居てよ。寂しいじゃん。つか有賀さんがこんなに暇なの本当に年末あるか無いかじゃん。このしわ寄せで暫く休み無いんでしょ、知ってんだからなブラック事務所め」
「残業代みんなの分はだしてるからかろうじてブラックじゃないと信じたいんだからやめてほんと良心が痛む。いやでもホント、家で出来る作業こなしてるし、最近雪ちゃんが結構頑張ってるから、多分そんなに酷い進捗でもない筈だし、」
「じゃあいいじゃん。帰って仕事しなきゃとかなら、ぎりぎり許すけどそれ以外の理由だったら此処に居ろって。それとも俺とずっと一緒なの面倒?」
「面倒なわけないでしょ。さっき僕がなんて言ったか忘れた?」
「『結婚してください』」
「……再度言われるとやっぱりちょっと頭おかしかったかなって思うね……まあ、うん、いいや。嘘はないし。本心だし。言いたい事言ったし」
それでもやはり照れてしまってうだうだと言い訳をしてしまう。そんな有賀に、サクラは笑ってかわいいと言った。
「あーくっそ、かわいいな。今全世界に自慢したい。うちの旦那めっちゃかわいいって自慢したい」
「僕だってね、僕の旦那さんはかっこいいしかわいいしって毎日自慢したいよ」
「うはは。世界にさー、胸張って自慢できるようにさ、ちょっと現実がんばろっか。でも今日は俺甘やかされる。旦那といちゃいちゃする。とりあえずちゅーしよ、ちゅー」
「噎せない? 平気? 肺も胸も痛いんでしょ?」
「ちょっと痛いくらいがきもちいいから大丈夫」
「……サクラちゃんってどM?」
「ははは! ちげーけど、それ初めて言われたなぁ!」
ベッド横に屈んでキスをすると、サクラがやっぱり途中で噎せて痛いと泣き笑いをした。
現実は怖い。生きる事は痛い。それでも、この人と一緒に居たいから手を握って頑張ろうと思えた。
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