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彩寧一叶『サバト』

 甘い香りの立ち込める部屋で、胸をくすぐる羽の感触に、リリはびくびくと身体を震わせた。 「あ……あぅ…っ!」  赤い布の張った椅子に座らされた華奢な裸体は、黒い羽の先ですでに散々愛撫されている。  先端の尖った羽は、平らな胸を優しく撫でると、今度は脇の下をくすぐり、さらに脇腹や(へそ)の周りを愛撫してゆっくり上へと戻ってくる。そして、かすかにふくらんだピンク色の乳輪をくすぐり、突起の先を甘ったるい強さでつんつんとつついてきた。 「うあぁっ……あっ、やめ……!」  与えられる刺激は、壮絶ながらももどかしい。リリは下半身をもじもじさせながら、激しく左右に首を振る。  その白い太腿はベルトで椅子に固定され、さらに両腕は、天上から吊るされた鎖と手錠によって、頭の上で拘束されている。逃げられない――。それに脇が丸見えになっているのが、なぜかどうしようもなく恥ずかしかった。 「っぅ……、ん…ぅあ……!」  残酷なくすぐりは容赦なく続く。  わずかながらも身じろぎすると、今度は体内が刺激された。椅子の中央には、真っ黒な男性器を模した張型(はりがた)がついていて、それがリリの秘所を串刺しにするように貫いているのだ。  しかし、張型はわざと短く造られているため、奥の気持ちいいところまで届かず、リリを中途半端な快楽の中に放り出すだけだった。そのせいで、もっと欲しいとリリは腰を淫らにくゆらしてしまう……。 「どうした? 物欲しそうな顔をして」  濡れた視線で、リリが見つめる先には、波打つ淡い金髪を背まで伸ばした、世にも美しい男が立っていた。長い指の先には、リリをいじめる黒い羽がひらひらと揺れている。  カーテンに絨毯(じゅうたん)、壁紙、テーブルクロス、ベッドとその天蓋(てんがい)に至るまですべてが赤で統一された、バロック式の耽美な部屋。その中で、白いシャツを(まと)った男のリリを見下ろす切れ長の瞳は、琥珀色に輝いていた。  そのあまりにも蠱惑的な目の輝きに、リリは吸い込まれそうな心地になる。  瞳だけではない。  形の良い眉も、瞳を縁取る金のまつ毛も。すっと通った鼻筋、薄い唇、顎の尖った輪郭に至るまで、男はすべてにおいて造形物のように整った容姿をしていた。  広い肩幅、服を着ていてもわかる逞しい胸板。黒のズボンに包まれた長い脚や、手の指や爪の形、どれをとってもこの世のものとは思えぬ美を纏い尽くしている。  ――きれい……きれい、伯爵さま……。  薄紅色をしたリリの唇が、何かを咥えたそうにぱくぱくと動く。  すると男は小さく笑って、自らのズボンの前をくつろげた。 「これが欲しいのか?」  そう言って取り出された男根は、見事にいきり立っている。  秀麗な面立ちに似合わず、男のそれはあまりにも凶悪なカタチをしていた。色は赤黒く、裏筋には幾本もの太い血管が通って、くっきりと張り出した亀頭はふてぶてしいまでに雁首(かりくび)を強調している。  近づけられると、強い雄の香りが鼻をついた。その香りを嗅いだ瞬間、リリの股間でそそり立つものもまた、ぴくりと淫らな反応を示す。  男のそれとは違い、リリの雄茎はあまりにも未熟で、色も薄く、亀頭も目立たない。けれども小さな鈴口からは透明な蜜があられもなくあふれ出し、薄い繁みを露のように濡らしていた。 「欲しいです……ください、サミュエルさま……」  開いた口に、獰猛な雄の切っ先が埋められる。  一気に喉の奥まで突き入れられて、リリはせき込みそうになった。 「しっかり舐めなさい。すみずみまで、丁寧に」 「ん……」  リリの小さな唇には、とても苦しい奉仕だった。  それでも一生懸命口をすぼめて、裏筋に舌を当てながら、リリは一生懸命口淫をする。これも目の前にいる男に仕込まれた口淫だ。この男に会うまでは、リリは何も知らない無垢な15歳の少年だった。 「美味いか? 私の雄は」  脳に直接響くような甘美な声に、リリは肉棒を頬張ったまま頷く。  飾り気のない黒髪、長いまつ毛にふちどられた大きな青い瞳、少年のふくらみが残った頬に、細い体つき。リリの持つ特徴はどれもあどけなく愛らしいのに、目の前の雄に食らいつくその姿は、たとえようもなく淫靡だ。 「いけない子だな、リリ。こんなにも淫乱になってしまって」  髪を撫でられ、リリはさらに男根に強く吸いついた。  ――わかってる。僕はいけない子。お母様の言いつけを破って、今夜もこの人と、こんな……。  しかも、男色は神に背く重大な罪だ。それもわかっている。わかっているけど、得られる快楽は狂おしいほどに美味だった。 「さて……もういいぞ。今度は下の口に咥えさせてあげよう」  顎を掴まれ、リリの口から雄芯が抜かれた。  ぶるんと弾けるように抜けたそれは、さっき見たよりも興奮を増して、男の腹につきそうなほど激しく勃起している。 「今日はどんな抱き方をしてやろうか」  歌うように言った男の瞳に、情欲という名の炎が浮かぶ。  リリの瞳にもまた、男のものと同じ赤い炎がかすかに揺らいだ。    ***  リリ・フランク・ド・ロシュフォールが、彼――サミュエル・フォン・ブランド伯爵と出会ったのは、自身の15歳の誕生日パーティーだった。  ここノワール王国の貴族は皆、豪華な夜会が大好きで、何かの記念日には自らの館に大勢の人を呼び、盛大に祝うのが習慣である。  夜会に出られるようになるのは、男女ともに15歳を過ぎてからなので、15歳の誕生日パーティーというのは、社交界デビューを果たすお披露目会のようなものだった。けれどもリリは、そのお披露目の席で、自分が主役なのにもかかわらず、すっかり気おくれしてしまったのだ。  派手な貴婦人たちも、交わされる社交辞令も、どれもがリリの繊細な神経に(さわ)った。  なんとなく気分が悪くなったリリは、母にも告げずに、こっそり会場を出ようとしていた。すると人酔いしたのか、突然めまいがしてついバランスを崩してしまった。  その時だった。 「おっと」  後ろ向きに倒れそうになったリリの背を、強く支えてくれた人がいた。  それが、ブランド伯爵だ。 「大丈夫かい、リリ殿」  そう言って顔を覗き込んできた彼の笑顔を見た瞬間、リリはたちまちその魅力に取りつかれてしまった。  彼から漂う香水の香りはとても甘く、他の貴族たちがつけているのとは比べ物にならないほど、リリには素敵に感じられた。  そのあと、ブランド伯爵はリリをひそかにテラスへ連れ出してくれて、夜風を浴びながら、遠い異国の話をいろいろと聞かせてくれた。彼は異国から外遊に来ている貴族で、古い屋敷を買い取って住んでおり、しばらく滞在すればまたどこかへ旅に出かけると言った。 「もっと私と話したいかい? だったら今度私の屋敷へ来るといい。もっと楽しいことを教えてあげよう」  涙袋をくっと押し上げる、どこか危険な微笑み。その危うさもまた、リリを惹きつける要素となった。  まさに、一目惚れだった。  初めての感情にリリが戸惑っていると、リリがブラント伯爵とふたりきりで話したことを知った母は、夜会のあと激怒した。 「あの男に近づいてはなりません!」  母が言うには、ブランド伯爵は()な夜な若者たちを屋敷に呼んで、怪しげな演説をしているらしい。なんでも彼は無神論者だそうで、信心深いノワール王国の貴族の中でもとりわけ敬虔(けいけん)な母からすれば、とんでもなく破廉恥な不良なのだった。 「あれは悪魔の使いに違いありません。ああ、リリ……まさかお前に魔の手が伸びるなんて、私はおそろしくて気がどうにかなってしまいそうです。いいですか、今夜はいつもより長くお祈りをして眠るのですよ。神の御使(みつか)いに、自分を守ってくれるよう願うのですよ」  こんな母に育てられたものだから、リリも昔から、毎日神への祈りを忘れなかった。男が男に恋をするのを、神がお許しにならないことも知っていた。  けど、ブランド伯爵への憧れは、それまで積み重ねてきた敬虔な神の信者としてのリリを崩し去ってしまうほどに強かった。それに、あとなん日かしたら彼はこの国からいなくなってしまうのだ。そうなったらもう会えない。  ――ごめんなさい、お母様。  出会ってから数日後、リリはこっそり屋敷を抜け出し、ブランド伯爵の屋敷へ行った。  親をだし抜くなんて、悪いことだとわかっている。わかっているけど、止められなかった。けれども心のどこかで「いけない子」になっていく自分に、かすかな愉悦を覚えていたのも事実だ。  ――あの人が、僕を悪い子にする……。  ブランド伯爵のことを思うと、身体の奥がずくんと疼いた。  そうして生まれた快楽の芽は、その日のうちに伯爵につみとられてしまった――。  どうしてあんなことになったのか……そのいきさつの記憶はあいまいだ。伯爵の甘美な言葉の数々に頷いているうちに、いつの間にかリリはベッドへ誘導されていた。  そして気づいたときには、裸でベッドに横たえられ、無垢な乳首を伯爵の舌で転がされていたのだ。 「――っ! いけません。伯爵……っ、そんな……」  慌てて言ったが、伯爵は口でそこを嬲るのをやめようとはしなかった。それどころか、唇を移動させて、リリの身体のあらゆる場所をついばんでいった。 「あっ、ぁ…っ」  抵抗できなかった。どこか悪魔的な雰囲気のする、真紅のベッドの上で、美しい伯爵に身体の隅々まで口づけられると、あらがいようのない快楽の波が、腰の奥から押し寄せてきたのだ。  ――いけない。こんなことは神様がお許しにならない。でも……っ。 「もうこんなにしてしまって。なんて可愛いんだ、リリ」  そんな風に言いながら、はしたなく勃起した性器を愛撫されるともう駄目だった。  リリの言う「だめ」はたちまち懇願の意味を持ち、伯爵を跳ねのけようとする手は、彼の興奮をますます煽った。 「背徳的な好意は気持ちいいだろう? 神様に背くことも、母親を裏切ることも」  確かにそうだった。  いけない、いけないと思うほど、リリの身体は喜悦の海へと溺れていった。伯爵の笑みが、声が、リリの心をからめ取り、禁断の沼へとするする引き込んでいくのだった。 「さあ――神を冒涜(ぼうとく)する快楽を知るといい」    そう言って、 興奮と愉悦を(たぎ)らせた灼熱の雄が、ついに処女の孔を犯した。  その時、痛みとも快感ともとれない、強烈な熱が粘膜に走った。男を知らない蕾は口いっぱいに広がって、伯爵の唾液で濡らされた狭い肉洞は、彼の剛直をずるずると咥え込んだ。 「ふあ……あっ、ああああああ――――っ!」  リリに性の経験がないことなど(いと)わず、伯爵は無垢な身体を容赦なく貫いては、強く揺さぶった。その狂おしい衝動も、降り注いでくる彼の吐息も、リリを不埒な夢の中へと堕落させた。  あらゆる恥ずかしい体位で犯されて、最後は秘所の奥にたっぷりと精を注ぎ込まれて、リリは伯爵の腕の中でぐったりとその身を預けた。  とんでもないことをしてしまった、という罪悪感はあったけれど、それよりも好きな人に初めてを奪われた幸福のほうが強かった。こんなことを考えるなんて、やっぱり自分はいけない子だ。そう思えば思うほど、伯爵にのめり込んでしまう。まるでふたりして、甘美な悪魔の楽園に足を踏み入れてしまったかのような、危険な快楽が心にあった。 「お母様に叱られる……」  かすれた声で言い、リリは伯爵に母がいかに信心深い人かを語った。それをどこかつまらなそうに聞いていた伯爵は、軽く鼻を鳴らすと、リリの耳元でささやいた。 「信心深い人間は、心に闇を抱えているのだよ。闇が迫り来るのを知っているから、神なんていうくだらないものにすがりついているのさ」  伯爵は言った。 「こんな話を聞いたことがある。とある地位の低い貴族の娘が、身分差のある相手に恋をして、どうしてもその男と結ばれたいがために悪魔を呼び出した。すると悪魔は言った。『その男と結ばれた後、お前が授かるであろう子どもたちの中で、もっとも美しい魂の持ち主を私の花嫁に貰う。その子が15歳になったとき、必ず迎えに行く』――と。以来その女は、悪魔をおそれて神やら天使やらを必死で崇拝し始めたらしい」 「15歳……僕と同じ」  リリが言うと、伯爵は笑った。 「そう、同じだ。もしかすると、その娘は君の母親で、悪魔は私かもしれないぞ。もしそうだとしたら、どうする? リリ」  甘い吐息とともに口づけされると、脳みそがとろけていきそうだった。きっと正気じゃなかったのだろう。覆いかぶさってくる伯爵の背に腕を回し、リリはうっとりと言った。 「そうなったほうがいいのかもしれない。あなたとこんなことをした僕を、神はきっとお見限りになる。僕は地獄へ落ちます。だったら悪魔(あなた)に奪われてしまいたい」  とは言ったものの。屋敷を出て、自分の部屋へ帰ったとき、リリは突然正気に戻った。    ――なんということをしたのだろう。お母様に知られたらどうしよう……。  様々な不安が一気に押し寄せ、怖くてたまらなくなった。  しかし、おそろしく感じれば感じるほど、伯爵という存在にすがりつこうとする自分がいた。次の日も、そのまた次の日も、リリはこっそり時間を作り、伯爵の屋敷へ足を運んだのだ。  リリは、いけない子になっていた。まるで悪魔の口に自ら飛び込んでいるようだと、そんな自覚があったけれど、どうしようもなかった。  毎朝起きるたびに、夢精で下着を濡らしては、伯爵を想って淫らな気持ちになった。そして、今日もあの人に抱かれたいと強く思うのだ。  ――あの人は、本当に悪魔なのかもしれない。  そんな恐怖が、胸に渦巻くことは何度もあった。それでもリリは、彼の与える快楽なしでは生きていけない心地がするのだった。    *** 「見たまえ、あんなにも美しい月が。今夜は特別だ……いつもより可愛がってあげるよ、リリ」  美しい満月の夜だった。昼間に伯爵の屋敷を訪れることもあったが、この日はたまたま夜だった。  伯爵とのセックスも、これで13回目となる。さすがに毎日というわけにはいかず、前に会ったときから5日も空いてしまったが、その分リリの情欲は溜まっていた。  伯爵も同じだったのか、いつものように他愛のない会話をすることもなく、赤い血のようなワインを飲み交わしたあと、すぐさまリリをベッドへ連れ込んだ。 「ふぅ……ん…っ」  さっそく濃厚な口づけを与えられて、リリは柔らかく身体をしならせた。  伯爵との他に、性の経験はないリリであるが、彼のセックスが普通の人がするものとは少し違っていることに気づいていた。  この日は赤い宝石のついた豪華な金のネックレスをつけられ、腰には真珠でできたアクセサリーをつけさせられた。太腿に巻かれたガーターリングと繋がっているそれは、真珠でできた卑猥な下着のように見える。大事な場所は何ひとつ隠してくれないその下着は、かえってリリの羞恥心を煽った。 「ど……して、こんな、格好……っ」 「花嫁衣裳さ」  そう言って微笑んだ伯爵の瞳が、赤く染まっているような気がした。 「はな、よめ……? ――ぁっ」  何を言っているのだろう……。そんな思考は、すぐさま与えられる快楽によって焼き尽くされてしまった。  そそり立った恥芯を舐められると、腹の奥にびりびりと電流のような快楽が走った。透明な蜜の浮かぶ鈴口を舌先でつつかれて、リリはびくびくと腰を震わせる。 「だ、だめっ、イく…イっちゃう……!」  どれだけ降参の声をあげても、伯爵は愛撫をやめない。ぢゅうと強く亀頭を吸われて、リリは(もだ)えながら彼の口の中で思い切り白濁を弾けさせた。 「あ、アッ……あああ――――っ……!」  達したにもかかわらず、伯爵はまだ強くリリの性器を吸ってくる。すすり泣くような声をあげながら、リリが激しく身をくゆらせていると、ようやく唇が離された。 「こんなにもはやく達してしまって、悪い子だ」  実に楽しそうに伯爵が言う。こんな台詞を口にした時の彼が、何かよからぬことを考えていることもリリはもう知っている。 「っ…ごめんな、さ……い……」  リリが目に涙を溜めて、しかしごくりと喉を鳴らすと、伯爵はシャツの懐から黒い長方形のケースを取り出した。中には銀の細い棒が6本ほど入っていて、それが何に使われるものなのか、リリはわからず首を傾げる。 「はしたない子にはお仕置きだよ」  言って、真ん中の棒を取り出した伯爵が、それをリリの性器へと近づけた。そこでようやく何をされるかを悟り、リリは首を振って懇願する。 「やだ…無理、そんなぁ……」 「何を言っている。こんな淫乱な孔は、何をしたって悦ぶだろう。ほら、入るぞ……よく見て」  銀の淫具が鈴口に触れて、つぷりと挿入されていく。 「やっ、ああ……!」  とんとんと指で押し込まれると、その動きに合わせて耐えがたいほどの電流がリリを襲った。ちょっと浅いところを責められただけでも、鋭い刺激に見舞われるというのに、棒は小刻みに振動しながらどんどん震度を増していく。 「あううっ! あっ…や、深い、ひいぃっ!」 「ほら、奥まで届くと気持ちいいだろう?」  気持ちいいわけない。いくら伯爵が与えてくれるものとはいえ、これはさすがに怖すぎる。  そう思っているのに、不意に淫具をぐるりと回され、凄絶な愉悦がふくれ上がった。 「うあああっ! あっ、あっ…ああ――――ッ!」  甲高い嬌声をあげまがら、リリはシーツを掴んでのたうち回った。すると衣擦れの音がして、シャツを脱ぎ去った伯爵が妖しい笑みを浮かべてリリの膝を抱え込んだ。 「()れるぞ」 「ま、待って…っ! や――」  リリの懇願も虚しく、凶暴な伯爵の雄が一気に奥まで貫いた。  性器を犯す淫具と、肉筒を満たした男根が、外と内からリリの最も敏感な場所を責め、逃げ場のない強烈な快感が爆発する。 「ひいぃぃっ! やっ、ああ、ああぁあああ――っ!」  思いきり背をしならせて、激しく痙攣するリリを見て、伯爵が吐息だけで小さく笑った。  ぷつんと立った胸の突起をちろちろと舌先で舐められ、リリは目を見開きむせび泣く。身体じゅうが気持ちよすぎて、どこが感じているのかわからなくなるほどだった。  さらに淫具を咥え込んでいる鈴口の周りを指で撫でられ、こらえ切れない快楽が身体の奥でほとばしる。 「き、気持ちぃ……っあ! あんんんぅっ……~~っ!」    射精を伴わぬ絶頂は、途切れることなく断続的にリリの肉体を蝕んだ。どれだけ達したかわからないほど、何度も極みを味わっているリリを、伯爵は淫具をはずさないまま、激しく腰を使って責め立てる。 「っ、あ……イイ、だめ、気持ちいい、はくしゃく…はくしゃくぅ……!」 「フフ、女以上に雌のようだな、リリ。こんな不埒な身体になって、母親どころか神にすら顔向けできまい?」  伯爵の目が赤く染まった。窓の外では、満月までもが彼の目と同じ赤色に染まっている。  だがそれに気づかず、リリは夢中になって死にそうなほどの快楽を貪り続ける。苦しいのに、もう許してほしいのに、もっとひどいことをされたくなる。その証拠に、まるで拷問のような激しい法悦に泣きわめきながらも、リリは伯爵の首に腕を回した。 「い、いらない……神様なんて、いらないっ。あなたさえいれば…もっと気持ちよくなりたいぃ…!」 「可愛いことを」  背徳の気持ちなど、快楽の底にとっくに沈んでしまっていた。けれどもそれは、確かに存在していて、ますます快楽の餌となる。  伯爵が背徳と喜悦を植えつける悪魔なら、リリはそれを貪る悪魔だ。唇が重なると、互いにぬるぬると舌を絡ませながら、獣のような行為に酔いしれる。 顔を離すと、伯爵は魔性の微笑みを浮かべて、舌で自らの唇を舐めとった。 「それでこそ我が花嫁。清く真っ白な魂ほど、私の色にもよく染まる」  赤い天蓋に写る伯爵の影が、徐々に変貌していく。背中に大きな翼が生え、頭には山羊の角が備わる。 「私に溺れたお前は、もはや淫魔(サキュバス)。無限の快楽の地獄にて、その身を永久に可愛がってやろう」  伯爵の指が、淫具の先をつまみ上げる。ゆっくりと引き抜かれるにつれ、こらえすぎてわからなくなっていた射精の欲求が、陰嚢(いんのう)の奥から込み上げてくる。 「ああ……ああっ……!」  出したい――。  なのに亀頭のあたりまで来たところで、淫具を引き抜く手を止められた。そのまま中を掻き混ぜられて、リリは泣きじゃくりながら身体を痙攣させる。 「やああっ、イ、イきたいっ! 許して…許してぇ!」 「私のモノになるか? リリ」  いつもよりも随分低い伯爵の声だった。リリは必死で頷きながら、腰を浮かせて荒れ狂う体内の熱に耐える。 「なる、なります……僕、はくしゃくのモノになりたいぃぃっ」 「いい子だ」  唇の端が吊り上げられ、ついに淫具が引き抜かれた。  同時に奥を強く突かれて、一瞬身体が浮いたような感覚に陥る。そして次の瞬間、リリは身体が変えられていくかのような、凄まじい射精の法悦に見舞われた。 「ひあああっ! あん、あ、あっ、ああ……ああああ―――、……~~っ」 「――っ」  ひと呼吸遅れて、伯爵もまたリリの中へと熱い飛沫を放った。熟れきった粘膜で強い脈動を感じながら、リリは濡れた瞳で伯爵を見上げる。その瞳は赤く染まり、そして伯爵は――。 「リリ」  伯爵の髪は、血を思わせる真紅へと変貌していた。美しい顔はそのままで、髪は腰の辺りまで長く伸び、先に変化していた影と同様、頭には灰色の角と、背中には巨大な黒い翼が生えている。凄艶(せいえん)な笑みを浮かべる口元には、白く光る牙が見え、爪は黒く尖ったものへと変わっていた。  それはまさしく、悪魔の姿であった。美しくも、人の恐怖をあおる異形の姿を、リリは放心した表情で見つめる。  そして――。 「好き、伯爵……」  うっとりと微笑んだ。  神への畏怖も、母への申しわけなさも、もはやリリの中には残っていなかった。まるで、あの壮絶な射精とともに吐き出してしまったような心地だ。  今リリの中にあるのは、埋めようのない快楽への渇望。そして、目の前にいる悪魔への甘美な恋心のみだった。  ――さよなら、お母様、僕は神を裏切り、悪魔のものになりました。……でも、あなたが僕を捧げたんでしょう? あなたも本当は神を裏切っていたんだ。  人は誰しも、心の中に裏切りを飼っている。  清廉潔白な人間などいるはずがない。己自身の裏切りの心が怖いから、神なんていうありもしない幻想にしがみつこうとするのだ……。  笑いが込み上げてくる。  くすくすと妖艶な声をあげて、首に腕を巻きつけてくるリリを、悪魔は目を細めてさも愛しげに見つめ返す。彼がリリを抱き上げると、リリの背から小さな黒い羽が生えた。頭には渦を巻いた羊の角。真珠を纏った腰の後ろからは、黒くしなやかな尻尾が生える。  その尻尾の先を指に巻きつけ、悪魔は言った。 「ようやく手に入れたぞ、リリ。清い純白の魂を持ったお前のことを、私はずっと待ち侘びていた」  そう言って微笑む悪魔の爪が、リリの肌を優しく引っ掻く。するとそこに、まるで所有の証のような六芒星の印が赤く浮かんだ。 「我が名はサマエル。さあ――呼ぶがいい、愛する夫の名を」  リリは微笑んだ。 「はい、サマエル様。もっと抱いて、僕のこと」 「フ……続きは地獄の館にて。死にたくなるほどの快楽を教えてやる」  高らかな哄笑が響いた。  サマエルの翼がリリの姿を覆い隠し、次の瞬間、ふたりの姿はそこから消えた。  残された赤い部屋には火が灯され、やがてそれが巨大な炎と化して屋敷全体を包み込んだ。    *** 「あ……ああん、ああっ」  満月の夜、淫魔は男を集めてサバトを開く。  リリの身体から発せられる甘い香りに誘われた男たちが、彼へと群がり、乳首に、陰茎に、尻に、背中に舌を這わせていく。 「ふぅ、ん……気持ちいい…はあ…っ」  そこへ、紅蓮の炎が柱を作った。炎の中から、黒いマントに身を包んだ悪魔サマエルが、苦笑を浮かべて現れる。 「まったくお前は。少し目を離せばすぐにこれだ」  呆れつつも、その声には甘美な響きが込められている。  リリは幸せそうに微笑むと、男たちを押しのけてサマエルのもとへ駆け寄った。 「だって気持ちいいんだもん。でも、僕を抱くのはサマエル様だけ……」  あれから数百年。数々の男を虜にしてきたが、リリの蜜壺はいまだサマエルの雄しか知らない。  サマエルは目を細めると、リリの身体を組み敷いた。リリに群がっていた男たちは、彼の作り出した炎に包まれ、断末魔の悲鳴をあげている。 「仕置きが必要なようだな。今宵も赦しを請うまで抱いてやる」  不敵に笑う夫に、リリもまた「ふふ」と微笑み返した。彼の与えるひどいセックスが好きで、だからこそこうしてリリは、いつまでも「いけない子」を演じ続ける。 「好き……」  リリの吐息混じりのささやきと同時に、サマエルの雄が彼を貫いた。  甘やかな歓喜の声をあげて、今宵もまた、リリは彼の腕で咲き乱れる。永遠に愛される、彼の花嫁の淫魔として。

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