ショートケーキの様に、愛しい薔薇妖精に、愛の言葉を紡ぐ青年の話。 ＊＊＊＊＊ 　どんよりとした灰色の曇り空が広がり、ぽつり、ぽつりと冷たい雫が地面へと降り注ぐ。突然、振りだした雨に対して街中を歩いていた人々は、我先にと建物の中へ避難したり、店で傘を購入したりと様々な対応に追われていた。そんな街中を一人の青年、碓氷イツキは雨宿りが出来る場所を探し求めて、足を早めていた。天気予報では晴れる予報だったが、外れてしまった。天候が急に崩れ出した事に対して、思わず舌打ちをした。 　イツキはこの街に、飼い猫である黒猫のノワールと共に引っ越してきたばかりだった。ちょうど、今日は仕事の無い日だった。街の地理を把握しようと、散歩がてらにと外へ出たら、運悪く雨にあたってしまった。何処か雨宿りが出来る場所は無いかと探しながら、入り組んだ道に差し掛かった。見慣れない道を迷いながら歩いていると、ある店が目に入った。全体的に古い木製の造りで、目立たない感じで建っているが、中からは甘い花の香りが漂ってきた。ちらりと視線を下すと、看板には『薔薇屋』と書かれていた。 （薔薇屋…？） 　以前、住んでいた街では見かけなかった名前の店に、イツキは少しだけ興味を持った。その時に、店のドアがガチャリと開く。カラン、カランと鐘の音が鳴り響くと、店内からは一人の青年が出てきた。遠目から見ても目立つ金髪に、翡翠色の瞳。黒を基調としたラフな格好に、白色のエプロンを身に着けていた。２０代前半くらいだろうか、イツキと歳が近いか同じくらいかの青年と、視線が合った。青年は目を瞬かせると、無邪気に笑いながらイツキに対して声を掛ける。 「よかったら、雨宿りして行きなよ。そんな所にいたら、風邪引いちゃうよ？」 　人懐っこそうに笑みを見せてくる青年を眺めながら、イツキは少しだけ頭を下げて「助かる」と短く告げてから『薔薇屋』の店内へと入って行くのだった。 　中に入ってみると、音楽が聞こえてきた。穏やかでゆったりとした曲調で、まるで時間を忘れてしまうくらいに、心が落ち着いた気分になる。目を瞬かせてから、店内をきょろきょろと見回すと、イツキが予想していた以上に綺麗な内装をしていた。棚の中には、可愛らしい小物や食器が置かれていて、化粧品から煌めきを放つ宝石のついた櫛や装飾品などが、数多に美しく並べられていたのだった。一番目を引いたのが、たくさんの銀色の鳥籠が、一つずつアンティーク調の椅子の上に置かれていたり、天井に吊り下げられたりしていた。その銀色の鳥籠の中には、一輪の薔薇があった。けれど、薔薇は完全に咲いておらず、どれもこれも蕾のままだった。薔薇の蕾は、彩り豊かでたくさんの色があり、甘い香りを漂わせていた。 （鳥籠の中に、蕾のままの薔薇が一輪だけ……？ここは花屋と違うのか？） 　普段、花屋で売られている薔薇の花を、イツキは頭の中に思い浮かべる。花屋で売られている薔薇の花は、蕾の状態ではなく花が完全に咲いていた。この店にある薔薇は蕾のままで、花屋で売られている薔薇の花と違うことに気付いた。一体、何が違うのだろうかと不思議そうに首を傾げる。そんなイツキに対して、青年が話しかけてきた。 「誰もいなくて、暇だったんだよね。よかったら、話し相手になってくれないかな？」 「別に構わないが……」 「嬉しいな、ありがとう！　僕は観月コジロウ。この薔薇屋の店主の息子なんだ」 「碓氷イツキだ」 「よろしくね、イツキくん！」 　コジロウと名乗った青年が、無邪気に笑いながら手を出して握手をする。イツキに対して「こっち、こっち」と手招きすると、空いているアンティーク調の椅子に座らせるのだった。 「ちょっと待ってね」 　そう告げてから、コジロウは店の奥へと入って行く。しばらくすると、ティーカップとクッキーをのせた皿を持って来て、イツキの前に差し出したのだった。ティーカップからは紅茶の香りがして、湯気がたっていた。コジロウに「どうぞ」と促されるままに、イツキは「いただきます」と丁寧に告げる。ティーカップを手に持って、一口だけ飲んだ。温かいミルクティーの味が口内に広がり、香りの良い紅茶とまろやかなミルクの香りが漂って、冷えた身体を温かくさせる。ほんのりと蜂蜜の甘い味がして、今まで飲んできた紅茶の中で、一番美味しいとイツキは感じた。 「美味いな」 「そうでしょ？　何たって良い茶葉を使っているからね！」 　素直に感想を告げると、コジロウは人懐っこそうに笑みを浮かべる。一口飲んだだけで分かったのだが、恐らく高級な茶葉を使っているだろうと、イツキは密かに驚いたのだった。ティーカップの近くに置いてあるクッキーにも、手を伸ばして食べてみる。全体的にさくさくとした食感で食べやすく、砂糖の様に甘い。口の中でほろりと消えていく。甘いお菓子が大好きなイツキは、ふっと柔らかな表情を浮かべた。 　紅茶とクッキーに舌鼓を打ちながら、イツキはコジロウの話を聞いていた。この薔薇屋は、両親と姉とコジロウの４人で経営をしている。今現在、両親と姉は隣街へ出かけている為、留守番を頼まれているとのことだった。両親と姉は忙しいせいか、よく店を開けるので、コジロウが実質的に、薔薇屋の店主みたいな役割をこなしているそうだ。人があまり来ないせいか、毎日が退屈で仕方が無いと言いながらも、何処か楽し気な表情をコジロウは浮かべていた。紅茶を飲みながら、ふと、店の看板に書いてあった薔薇屋という文字を見て、イツキは思い出したことがあった。 「薔薇屋……。ここで売られているのは、所謂、【薔薇妖精】の事か？」 「ご名答！　僕は【薔薇妖精】たちの世話係をやっているんだよ」 　そうして、コジロウは薔薇妖精について、詳しく教えてくれたのだった。