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2話

 そう話し終えると、コジロウは薔薇妖精たちが宿っている魔法の薔薇を見つめた。コジロウの翡翠色の瞳は、とても優し気だ。薔薇妖精たちのことを、とても大切にして、とても大事にしているのだろうと、イツキは思った。コジロウの説明に、イツキは「なるほど」と頷きながら、紅茶を一口飲む。イツキも前に住んでいた街で、薔薇妖精の噂はインターネットや、また新聞の記事やテレビなどで知った。薔薇妖精は、富裕層がこぞって飼いたがり、手に入れたがる。薔薇妖精を持っている事は、富裕層にとって一種のステータスとされていた。 「ここにあるのは、魔法の薔薇だと言うのは分かった。……だが、蕾のままだな」  てっきり、魔法の薔薇というのは咲いているものだと、イツキは思っていた。けれど、この店にある魔法の薔薇は、全て蕾のままだった。疑問符を頭に浮かべたイツキに対して、コジロウは無邪気に笑いながら頷くと、さらに説明をするのだった。 「薔薇妖精たちはね、気難しくて気まぐれな性格って言われていてね。持ち主を選ぶ性質なんだ。自分の選んだ持ち主が現れるまでは、蕾のまま深く眠っているんだよ」 「持ち主を選ぶ?」  専門の魔術師たちが作り上げた妖精の宿った魔法の薔薇は、店に入荷される時は、花は咲いておらず蕾のままだ。自分の選んだ持ち主が現れるまでは、蕾のまま深い眠りに着いている。薔薇妖精の前に、自分の選んだ持ち主が現れた時に、魔法の薔薇は鮮やかに【咲く】。魔法の薔薇が咲くというのは、薔薇妖精が目覚める事を指していて、持ち主の前に姿を現す。また薔薇妖精は、目覚めた相手にしか懐かないとも言われていた。たまに、薔薇妖精が深く眠っている蕾状態の魔法の薔薇を、大金を払って無理やり連れて行き、自分のものにしようとする富豪の者もいる。けれど、その行為は薔薇妖精にとって、多大なストレスを与えてしまう。多大なストレスに耐え切れなくなった薔薇妖精は、植物と同じ様に色褪せていき、最後には【朽ちて】しまい、跡形も無く消滅してしまう。 「初めて聞いた」 「薔薇妖精には、まだまだ知られていない事が多いからね。だから、ここにいる薔薇妖精たちは、みんな、自分の選んだ持ち主に出会える事を願いながら、ずっと眠りに着いているんだよ」 「なるほどな……」  銀色の鳥籠の中にある蕾状態の魔法の薔薇を見つめながら、イツキは少しだけ冷めた紅茶を一口飲んだ。高級な茶葉を使っているからだろうか、少しだけ冷めても、味は変わらず美味しく感じるのだった。 「よかったら、店内をじっくり見て行ってよ」  コジロウは人懐っこそうな笑みを浮かべて、立ち上がる。手をひらひらとさせて、店の奥へと姿を消した。自由気ままなコジロウに対して、少しだけ呆気にとられながら、イツキはやれやれと溜息を吐いた。初めて見る魔法の薔薇というものを、じっくりと見られる機会ということもあり、イツキは店内を自由に見て歩き回る事にしたのだった。  先ほど見回していた通り、店の中は外で見たよりも広く感じて、いろいろと綺麗で可愛らしい小物が置かれている。見ているだけでも、十分に楽しめる内装になっていて感心したのだった。  銀色の鳥籠の中にある蕾状態である魔法の薔薇を眺めていると、薔薇の品種名が書かれた名札がかけられていた。『ブリランテ』や『ガブリエル』など、様々な薔薇の品種名が書かれていた。魔法の薔薇は一輪ずつ、色や形や香りや大きさが違うものだとイツキは思うのだった。  ふと、歩きながら見て回っていると、店内に置かれている他の魔法の薔薇とは違い、分厚いカーテンがあった。分厚いカーテンの隙間からは、アンティーク調の椅子の上に置かれた銀色の鳥籠に目が止まった。 (んっ? こんな所にも魔法の薔薇があるのか?)  何となく気になったイツキは、そっと傍まで歩いていく。銀色の鳥籠にある魔法の薔薇は、紅色と白色の絞り模様の蕾のままで、その色鮮やかさに思わず目を奪われてしまった。品種名は『ショートケーキ』と書かれていて、薔薇の香りの他に苺の甘酸っぱい香りを漂わせていた。 「綺麗だ」  ぽつりと、イツキは柔らかい笑みを浮かべて、感嘆の声をもらした。心の底から思った言葉が、自然と口から溢れていた。  じっと、見つめていた途端、風が吹いていないのにも関わらず、魔法の薔薇がゆらゆらと動き揺れだした。イツキは目を瞬かせた瞬間、魔法の薔薇はきらきらと強く光り輝いた。その眩しさに思わず、イツキは目を瞑った。目を閉じて、しばらくしてから強い光がおさまったと感じたイツキは、ゆっくりと目を開ける。先ほどまで、蕾のままだった魔法の薔薇は、鮮やかに美しく【咲いて】いた。そうして、一人の薔薇妖精が姿を現したのだった。  生クリームの様な白色の柔らかな髪を、紅色の薔薇の髪飾りで結ったツインテールに、紅色の薔薇があしらわれたヘッドドレスを身に着けていた。月の光を浴びたかの様な色白の肌。ふっくらとした頬に、小さな手足。紅色を基調としたエプロンドレスには薔薇の刺繍がされていて、花柄の白色のタイツを身に着け、こげ茶色のレースアップブーツを履いていた。何よりも薔薇妖精からは、薔薇と苺の甘い香りが漂ってきて、イツキの気分を和ませた。紅色のエプロンドレスを着込んだ薔薇妖精に、何処か心が惹かれてしまうのを感じるのだった。  そうして、薔薇妖精の瞼がふるりと震え、ゆっくりと瞳が開かれていく。ラピスラズリの様な宝石が埋め込まれた瑠璃色の透き通る瞳で、イツキの柘榴色の瞳を、じっと見つめていたのだった。  イツキは、自分の瞳とは違う煌めきを放つ瑠璃色の瞳に、感動を覚えていた。すると、薔薇妖精は瑠璃色の瞳をぱちぱちと瞬かせると、イツキに対して、はにかむように笑み見せる。そして、覚束ない足取りでイツキの元にゆっくりと歩いていく。イツキの事を見上げながら、小さな手でイツキの服の裾を掴むと、ぎゅっと抱き着いたのだった。薔薇妖精の体温はとても温かく、まるで、小さな太陽を連想させた。甘い薔薇と苺の匂いが強くなる。イツキは、目の前に姿を現した薔薇妖精に驚きながらも、そっと抱きしめ返した。薔薇妖精の頭をなるべく、怖がらせない様に優しい手つきで撫でると、薔薇妖精は、ぱぁっと顔を明るくさせるのだった。その笑顔が、とても可愛らしいとイツキは思った。 「えっ、嘘っ!? ユキくん目覚めちゃったの!?」  薔薇妖精の愛らしい笑みを見つめながら、イツキが和やかな気分でいると、店内の奥にいたはずのコジロウが、慌てて駆けつけてきたのだった。コジロウは驚いた表情を浮かべながら「ちょっとごめんね」とイツキに対して一言だけ告げる。イツキに抱き着いていたユキと呼ばれた薔薇妖精を、そっと引き離そうとコジロウは試みる。けれど、薔薇妖精は意思を持ったかのように、いやいやと駄々をこねるように首を横に振って、イツキに抱き着いたまま離れようとしなかった。その様子を見たコジロウは、ショックを受けつつも現状を受け入れたのか諦めて、イツキに対して顔を向ける。先ほどの無邪気な表情とは違う真面目な表情を浮かべて、告げるのだった。 「イツキくん……。この子に、すごく気に入られちゃったみたいだね」 「待て。俺は何もしていないぞ」 「さっきも言った通り、この子が君を持ち主として選んだんだよ。イツキくんって、子供から怖い印象持たれそうなのに、すごいね」 「おい、馬鹿にしているのか」  確かにコジロウの言う通りイツキは、他の人に比べて鋭い目つきをしているせいか、子供に怖がられる事が多々あった。先ほどと違い様子の変わったコジロウに対して、イツキは困惑の表情を浮かべていた。ずけずけと辛辣な言葉を言い放ちながらも、コジロウは溜息を吐きながら説明をするのだった。 「この子は【ユキ】って言う名前だけど、珍しい少年の薔薇妖精なんだよ。あまりにも珍しいから、父さんと話して、その存在を隠す為に女装させているんだ」 「…お前、男だったのか」  コジロウの言葉を聞いたイツキは目を見開いて、抱き着いて離れようとしない薔薇妖精のユキに対して、そっと声を掛ける。ユキはイツキの柘榴色の瞳を、じっと見つめては、こてりと首を傾げて見せる姿は、可愛らしく感じる。ユキが男か女かという性別は、些細な事に思えた。

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