3 / 11

3話

ユキという名前の薔薇妖精は、名高い専門の魔術師が、丹精を込めて作り上げて世に遺した魔法の薔薇だと言われてきた。それ故にユキの価値と人気共に高く、ユキの噂を聞きつけた富裕層がこぞって目覚めさせようとしたのだが、どれも全てが失敗に終わったのだった。原因は不明だが、中々目覚めさせることが出来なかったそうだ。さらに、ユキは人が多く行き交う店頭に置かれる事が苦手で、店内の奥に隠されるようにして置かれていたのだそうだ。 「正直ね。僕が生きている間に、ユキくんが目覚めるかどうか、心配だったんだよね……」  真剣な表情で、ユキの事をコジロウはじっと見据える。その姿を見て、イツキは腕の中にいるユキがそれほどまでに、貴重であり、目覚めさせることがとても難しい存在だと、改めて実感したのだった。 「薔薇妖精にも、人間との間に相性の良し悪しというものがあるんだけど、たまに薔薇妖精に好かれやすい波長の合う人間がいるんだ。君がそうだったんだね」 「俺とユキが…?」  疑問符を頭に浮かべ困惑しながらイツキは、ちらりとユキの方を見やる。ユキはイツキに見られて嬉しいのか、照れたように、はにかむように笑みを浮かべると、ぎゅっと強く抱き着くのだった。そのユキの笑みにつられて、イツキはふっと柔らかい表情を浮かべてしまう。何故だが、ユキには人の心を癒す力があるように思えてならなかった。これも薔薇妖精の力なのだろうかと、イツキは考えるのだった。 「それでね、ここからが重要なんだけれども……。一度、目覚めた薔薇妖精は、その人間にしか懐かないし、その人間にしか目を向けないんだ」 「なるほどな……。つまり、ユキを連れて帰れと言う事だな」 「話が早くて助かるよ。もしも、連れて帰られないって言われちゃったら、ユキは【朽ちて】しまうしかないからね」  正直、イツキのどこにユキは惹かれて、懐いたのだろうかと疑問符を浮かべた。けれども、薔薇妖精のユキが自らの意思で、イツキを持ち主として選んでくれた事に対して、悪い気持ちはしなかった。むしろ、何処か嬉しく思い、歓喜している自分がいることに気付いた。 イツキはしゃがみ込んで、ユキの目線に合わせる。小さな両手をぎゅっと包み込むように握り締めると、イツキは自信に満ちた笑みを浮かべながら、ユキに告げるのだった。 「俺の所に来い、ユキ」  その言葉を聞いたユキの表情は、花が咲く様な笑顔を浮かべた。こくこくと大きく頷くと、イツキに対してまた強く抱き着くので、優しく抱きしめ返したのだった。そんな様子を溜息吐きながら見ていたコジロウは、やがて、無邪気な笑みを浮かべる。イツキに対して、ひらひらとした紙切れを見せてきたのだった。 「早速だけれど、ユキくんの金額はこのくらいになるかな」 「噂に聞いていたが値段がすごいな……。まぁ、払えなくはないが」 「えっ。こんな大金を払えるなんて、イツキくんって何の仕事をしているの!?」 「……金には、困ってない。それで、何が必要なんだ」  目を見開いて驚くコジロウに対して、頭を掻きながらイツキは言い淀んだが、すぐに話題を変えるのだった。 「そうだね、ユキくんに必要な一式を教えるね」  イツキの言葉に首を傾げながらも、コジロウは人懐っこく笑いながら説明を始めるのだった。 「まずは購入した薔薇妖精の首に、チョーカーかペンダント等の装飾品を、首に身に着ける決まりになっているんだよね」  チョーカーやペンダント等の首に身に着ける装飾品は、所謂、ペットで言う所の首輪代わりになるのだとコジロウは教えてくれた。チョーカーやペンダント等の装飾品を、首に身に着けていない薔薇妖精は『野良妖精』扱いされてしまい、とある団体に回収されてしまうそうだ。  コジロウは棚の中に置いてあった硝子で作られた箱から、様々な種類のチョーカーからペンダント等、首に身に着ける装飾品を取り出してきたのだった。あまりの装飾品の多さにイツキの目は丸く見開き、思わず凝視してしまったのだった。 「さぁ、好きなものを選びなよ」  イツキは悩みながら、ちらりとユキの顔を見てみる。ユキはそわそわと何処か落ち着かない様子で、イツキの事をじっと見上げていたのだった。どうやら、イツキに選んでもらえるのを楽しみにしている様子が、強く伝わって来たのだった。 (あまりセンスは無い方だが……)  頭を掻きながらイツキは、硝子で作られた箱の中から装飾品を吟味するのだった。しばらく見ていると、白色のチョーカーに苺の飾りがついたものが目に入る。ユキが宿っていた薔薇の品種名が『ショートケーキ』だったことを思い出した。イツキはユキの顔と苺のチョーカーを見比べて決心する。 「コジロウ、これにする」 「へぇ。イツキくんにしては良いもの選ぶじゃない」  コジロウが感心しながら頷くと、イツキは苺のチョーカーの裏側に、ユキの名前とイツキの名前と住所を記した。そして、苺のチョーカーをユキの首にゆっくりと着けるのだった。じっとしていたユキは、苺のチョーカーを身に着けた途端、瑠璃色の瞳をきらきらと輝かせて、花の咲く様な笑みを浮かべて、イツキにぎゅっと強く抱き着いたのだった。 「気に入ってくれたようだな、ユキ」  イツキの言葉に反応するかのように、こくこくとユキは頷いた。イツキの胸元に顔を埋めては、ふっくらとした頬っぺたをすりすりと摺り寄せるのだった。そんな二人の様子を、コジロウは溜息を吐きながらも、どこか優し気に温かく見守っているのだった。  それからイツキは、コジロウの説明の数々を慎重に聞いた。または分からない事があるといろいろと質問したりして、たくさんの書類に丁寧な文字でサインをしていったのだった。その間、ユキはイツキの隣にちょこんといて、時々、イツキの手をぎゅっと触れたりして、大人しくしていたのだった。 「……っと。これで全部終わりだよ。荷物は、すぐにイツキくんの家に届く様に手配するから」 「そうしてもらえると、助かる」 「まぁ、すべてはユキくんの為だからね」  無邪気に笑いながらも、ずけずけと本音を言い放つコジロウに、イツキはやれやれと溜息を吐くのだった。恐らくコジロウは、ユキの事をとても気に入っていて、ずっと大事に大切にしてきたのだろうと、イツキは感じ取った。そんなイツキの心情を読み取ったのか、むっとした表情を浮かべたコジロウは、思い出したかのように告げるのだった。 「イツキくん、たまにユキくんを連れて店に来るんだよ! ユキくんのこと、ちゃんと大事にしているかチェックするからね!」 「ああ。連れて来ないと、お前はうるさそうだからな」 「ユキくんも、イツキくんにいじめられたら、すぐに言うんだよ?」  心配そうな表情を浮かべながら告げるコジロウの言葉を聞いたユキは、不思議そうな表情を浮かべて、こてりと首を傾げて見せる。そんなユキの様子をコジロウは「可愛い」と呟いて、身悶えるのだった。ふと、窓の外を見てみると、すっかりと雨は止んで綺麗な夕焼け空が広がっていた。  こうして、イツキは薔薇妖精のユキを家へと連れて帰るのだった。

ともだちにシェアしよう!