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4話

 どんよりとした灰色の空からすっかり雨が上がり、からりとした茜色の空に変わる夕方頃。イツキはユキを連れて、自宅に戻っていたのだった。 「ここが今日からお前の家だ」  イツキはユキの小さな手をぎゅっと握りながら、声を掛けるとユキは嬉しそうにこくりと頷くのだった。イツキの自宅は、とあるマンションの一室だ。玄関のドアを開けると、飼い猫のノワールが「にゃあ」と上機嫌に鳴いて、イツキたちを歓迎するかの様に出迎えた。そして、ノワールは初めて見るユキの存在に興味津々で、くんくんとユキの匂いを嗅いで回った。 「ノワール、今日からユキが家族になる。仲良くするんだぞ」  柔らかい表情を浮かべながら、イツキは飼い猫のノワールの頭を優しい手つきで撫でる。ノワールの黒色の毛並みは艶やかで、触り心地が良い。飼い猫のノワールは返事をするかのように「にゃあ!」と一声鳴くと、尻尾をぴんと立てた。 「ユキ、こいつはノワールって言うんだ。仲良くしてやってくれ」  黒猫を始めて見るのだろうか、興味深げに目をぱちぱちと瞬かせるユキに対して、イツキは声を掛けた。ユキはこくこくと頷いて、ゆっくりとしゃがみ込むとノワールと視線を合わせる。おずおずとしながらもユキは、そっと手を伸ばして、ノワールの頭をイツキと同じ様に優しい手つきで撫でる。ノワールは嬉しそうに「にゃあ」と鳴くと、すりすりとユキに擦り寄ったのだった。ユキとノワールの様子を見ていたイツキは、お互いにすぐ仲良くなれそうだと安心したのだった。  しばらくしてから、薔薇屋で購入した品物が無事にイツキの家に届けられた。イツキは購入した品物を丁寧に仕分けていく。その様子を、ユキは大人しくしながらも、じっと興味深げに見つめていたのだった。ふと、片付けをしていたイツキは時計を確認すると、そろそろユキの食事の時間だと言う事に気付いた。 「ユキ。ノワールと一緒にソファーに座って待っていてくれ」  イツキは傍にいたユキの頭を、優しい手つきで撫でる。ユキはこくこくと可愛らしく頷いて、ちょこんと、ふかふかのソファーに座るのだった。その隣にはノワールも一緒に座って、お互いに戯れるのだった。そんな微笑ましい光景を見ながら、イツキは台所へと向かった。  薔薇妖精の食事は、一日に三回の温かな紅茶に薔薇の花びらを浮かべたものを与えるといいとの事だった。早速、イツキは温かな紅茶を作る事にした。市販で売られている紅茶の茶葉を使ってもいいのだが、人間でも飲む事の出来る薔薇妖精用の紅茶というものが売られている。他の紅茶と違い薔薇妖精用の紅茶は、とても高価なものであるが栄養価が高く、薔薇妖精の肌や髪の艶がとても良くなるそうだ。コジロウの説明を聞いたイツキは、必要だと思い購入したのだった。  薬缶に水を入れて、火にかける。沸騰するまで、イツキは購入した薔薇妖精用の紅茶の茶葉を、ティーポットの中に量りながら入れていく。しばらくすると、お湯が沸いた。茶葉の入ったティーポットの中にお湯を注いで、砂時計を使い計りながら蒸らしていく。そして、大事な事の一つに、薔薇妖精はお気に入りのマグカップかティーカップでしか、薔薇の花びらを浮かべた紅茶を飲まない。薔薇屋なのに、数多くのマグカップやティーカップなどの綺麗な小物や食器などが並べられているのを見て、その理由をイツキは初めて知ったのだった。  赤薔薇の描かれた高級なティーカップに、温かい紅茶を注いでいく。このティーカップは、薔薇屋でユキと一緒に選んだものだった。そして、最後に薔薇の花びらをティーカップの中にいれるのだった。ティーカップからは紅茶と薔薇の香りが漂ってきて、穏やかな気分にさせる。 出来上がったユキの食事を、イツキはお盆にのせて持って行く。相変わらず、ノワールと仲良さげに戯れているユキの姿が目に入った。 「ユキ、出来たぞ」  そう声を掛けてからテーブルの上に、赤薔薇の描かれたティーカップをことりと置いた。ティーカップからは、紅茶と薔薇の香りが漂ってきた。ユキは大きな瑠璃色の瞳で、イツキと紅茶と薔薇の花びらが入ったティーカップを、じっと見つめた。  薔薇屋のコジロウに注意をされたことだが、薔薇妖精にとって何よりも大切なのは、持ち主から与えられる愛情が、一番の栄養源だ。もしも、持ち主からの愛情が無いと感じた途端に、薔薇妖精は薔薇の花びらを浮かべた紅茶を飲む事はしない。食事を拒否し続けると、髪の艶も良くなくなり、肌も荒れていき、色褪せていき、徐々に身体が透けて消えかかり、最後には【朽ちて】しまう繊細な妖精だ。  イツキは「召し上がれ」と告げて、ユキの様子を窺ったのだった。心の中でユキが飲んでくれるようにと祈りながら。しばらくすると、おずおずとした様子でユキは手を伸ばした。赤薔薇の描かれたティーカップを手に取り、そっと口をつけて紅茶を少しだけ飲む。すると、瑠璃色の瞳をきらきらと輝かせながら、イツキに対して花の咲く様な笑顔を見せて、またゆっくりと紅茶を飲んでいくのだった。その様子を見たイツキは安心した様に、胸をなでおろすのだった。まるで、ユキが自分の事を受け入れてくれたように思えて、嬉しい感情が沸き上がる。 「美味しいか、ユキ」  ユキに対してイツキは話しかけると、ユキはこくこくと頷いて「美味しい」と言いたげな笑顔を浮かべて、イツキに伝えるのであった。しばらくの間、そっと見守っていると、あっという間に、赤薔薇が描かれたティーカップの中にあった紅茶を、全て飲み終えていたのだった。紅茶を飲み終えて、満足そうに笑うユキを見て、何処かイツキの心の中が、和らいで温かく感じた。  初めてのユキの食事を終えて、イツキもノワールも夕食を済ませた。そうして、イツキはお風呂の準備に取り掛かる。薔薇妖精のお風呂は、薔薇妖精用の入浴剤をいれて、薔薇の花びらをお湯に浮かべるとの事だった。イツキは、薔薇屋で購入した薔薇妖精用の入浴剤をお湯とかき混ぜて、薔薇の花びらをそっと湯の張ったお風呂の中にちらしていく。薔薇の花びらは、赤色や白色や黄色や青色など様々な色があって、彩り豊かに魅せる。ぷかぷかと浮かぶ薔薇の花びらから、甘い薔薇の香りが匂った。お風呂の中に手を突っ込んで、湯加減を確認する。冷たすぎず熱すぎず、丁度良い湯加減だと分かると、イツキは傍に置いてあったタオルで手を拭きながら、ユキに声を掛けた。 「ユキ、お風呂の準備ができたぞ」  そう告げると、ユキはぱぁと顔を輝かせると、浴室までとてとてと歩いていく。ユキが脱衣所まで来ると、手慣れた様子で自分の着ている服をはらり、はらりと脱いでいく。ちらりと、イツキはユキの身体を盗み見る。月の光を浴びたかの様な色白の肌には、傷の類が全く無くて、大理石の如く綺麗だった。そして、ユキの下半身を見て、可愛らしいサイズだが男の象徴がついていたので、改めて、ユキは少年だと言う事を実感する。美少女のように可愛らしい顔をしている美少年なのだと、イツキはユキの事を感慨深げに思うのだった。

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