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5話

 しばらくしてから、ユキはお風呂からあがると、薔薇屋で購入した寝間着に着替える。薔薇の花びらを浮かべたお風呂に、とても満足している様子が窺えた。お風呂に入って、綺麗になったユキに対して、イツキは手招きをした。 「ユキ、こっちに来い」  ユキは瑠璃色の瞳でイツキの事を見ると、こくりと頷いてイツキの元へ、とてとてと駆け寄ったのだった。イツキはユキに座る様に告げる。ユキはちょこんと小さな椅子に座ったのだった。  イツキは、最初に柔らかい上質なタオルで、ユキの濡れた髪を丁寧に拭いた。それから片手にドライヤーを持ちながら、ガーネットの宝石で作られた櫛を使い、優しい手つきで柔らかな白色の髪を梳かした。ガーネットの櫛で髪を梳かしていく度に、きらきらと白色の髪が輝きを増していき、薔薇と苺の匂いがより強くなっていく。薔薇妖精を育てる時には、質素で安いものよりも上質で高級なものを使用した方が、ますます美しく綺麗に健康的になり、肌の色や髪の艶が良くなるとコジロウに教えてもらったのだった。流石は、富裕層がこぞって買い求めたがるものだ。とても高価な買い物になってしまったが、これも全てはユキの為だと思い、イツキは必要なもの全てを購入したのだった。 (今度、ユキに似合う装飾品でも買うか)  ユキは少年だが、可愛らしい容姿をしているのだから、きっといろんな装飾品が似合うだろうと、密かにイツキは考えるのだった。 *****  家に来てからのユキは、特に手がかからず、何の問題も無く順調に過ごしていた。けれど、いざ眠る時になって少し問題が起きた。ユキの為に用意した寝室には、小さなベッドがあり、上質な絹のシーツが掛けられていた。いざ、寝室へ案内すると、ユキは途端に悲し気な表情を浮かべて、控えめにだがイツキの手をぎゅっと掴み俯くのだった。 「ユキ、どうした?」  初めて見せるユキの表情に、イツキは困惑した表情を浮かべながらも、怖がらせない様に柔らかい低音で名前を呼んだ。優しい手つきでユキの頭を撫でて宥めさせるのだった。ユキの為に購入した小さなベッドは、上質な絹のシーツが掛けられている。木綿のシーツでは、肌がかぶれてしまうからとコジロウに言われたからだ。  イツキは悩みながらも、ユキの行動を思い返してみる事にした。明確に意思表示を見せたのは、ユキが寝室に入ってからだ。イツキは「ここがユキの眠る場所だ」と告げて、部屋を出ようとした時に、ユキは悲し気な表情を浮かべ控えめに手を握り、落ち込んだように俯いた。一体、何が気に入らなかったのだろうかと考えて、ふと、イツキはある事に思い至った。まさかと思いながらもユキに対して、提案をするのだった。 「……俺と一緒に寝るか?」  イツキがそう告げると、俯いていたユキは顔を上げる。ユキの瑠璃色の瞳は、イツキの柘榴色の瞳を真っ直ぐに見つめた。そうして、ぱぁっと明るい表情でユキはこくこくと大きく頷いた。ユキの意思表示を見ながら、そういえばと、イツキは過去の自分を思い返していた。  かつてのイツキも、今の両親に引き取られた時に、一人だけで部屋の中で眠るのが嫌だった。よく両親の部屋を訪ねては、一緒に眠っていた。一緒に眠っていると、心の中がぽかぽかと温かくなって、安心して眠ることができて夜を過ごせた。一人だけになってしまうと、どうしても不安で、寂しい気持ちが押し寄せてくる。  薔薇妖精であるユキは、確かにイツキを持ち主として選んでくれた。けれど、目覚めたばかりのユキは、今までいた環境が違うことに対して、戸惑ったり、不安になってしまうのは、無理もないと思った。それなら、イツキの出来る範囲でユキの不安を取り除いていこうと考えた。イツキは羽毛で出来た柔らかい枕と、絹のシーツだけを持って、ユキの手をぎゅっと握りながら、自分の寝室へ連れていくのだった。  イツキの寝室は几帳面に整えられていて、余計なものが置かれていないシンプルな内装になっていた。初めて入るイツキの寝室に、ユキは興味津々に辺りをきょろきょろと見回していた。ベッドの方をちらりと見て、ユキと一緒に寝るのには丁度良いサイズで、一緒に横になって眠る事に問題は無いだろうと判断をする。  柔らかな羽毛の枕を置き、絹のシーツを敷いてユキを横に寝かせる。そうして、イツキもベッドの中に入ると、ユキの隣に横になった。二人が一緒に横になっても、大きなベッドは広く感じるのだった。ベッドに入ったユキは、安心したのだろうか、眠たげに目を擦りながら、うとうとし始める。イツキはユキの頭を優しい手つきで撫でると、声を掛けた。 「おやすみ、ユキ」  そうして、イツキは寝室の明かりを消した。ユキは、そっとイツキの身体に密着するように、ぎゅっと抱き着いた。ユキの体温は太陽の様に温かく、薔薇と苺の香りも漂ってくる。イツキはユキを抱きしめ返しながら、あやすように背中と頭を優しい手つきで撫でる。撫でる度に、ユキは気持ち良さそうにするので、懐かしい気持ちを覚えた。微笑ましいユキの様子を見つめながら、イツキは今日起きた出来事を振り返った。  引っ越してきたばかりの街で、散歩しに街へと出掛けた。運悪く雨にあたってしまい、前にいた街では見かけなかった『薔薇屋』で雨宿りをした。そこで、店内の奥にいた薔薇妖精のユキと出会いを果たした。ユキはイツキを持ち主として選んでくれた。イツキは自然と柔らかい表情になり、眠りに着いたユキの事を愛おしそうに見つめた。 「お前と過ごす日々は、楽しいものになりそうだな」  明日はユキと一緒にどんな事をして過ごそうか、ユキの知らないことをたくさん教えてあげたい。そう思いながら、イツキもユキと同じ様に柘榴色の瞳を閉じて、眠りに着くのだった。

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