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6話

 夜空に浮かんでいた満月が沈み、青空に太陽が顔を覗かせる時刻。大きな窓からは太陽の温かな光が射し込んできて、イツキの寝室の中を明るく照らしたのだった。  太陽の光を感じ取ったイツキは、体を動かしながらゆっくりと目を開ける。ふと、薔薇の甘い匂いが掠めて隣に目をやると、ぎゅっとイツキに抱き着いて、すやすやと眠り込んでいるユキの姿が見えたのだった。安心して眠り切っているユキの姿に微笑ましくなり、そっと手を伸ばす。柔らかな白色の髪を優しい手つきで撫でるのだった。  しばらく撫でているとユキは、もぞもぞと体を動かした。まだ眠たいであろう目を擦りながら、ゆっくりと開けると、瑠璃色の瞳と柘榴色の瞳が交わったのだった。ぱちぱちと瑠璃色の瞳は瞬きをするので、イツキは柔らかい笑みを浮かべて挨拶をしたのだった。 「おはよう、ユキ」  ユキは大きな瑠璃色の瞳を開けて、愛らしくにこっと笑って頷いた。そうして、小さな手を伸ばすと、イツキの身体にぎゅっと擦り寄ってきたのだった。ユキなりの挨拶なのだろうと思って、好きな様にさせた。やがて、イツキはユキに対しては声を掛けたのだった。 「そろそろ起きて、顔を洗うぞ」  イツキがベッドから起き上がり、ユキの小さく柔らかい手を握ると、身体を起こさせた。ぎゅっと手を繋ぐと、二人一緒に洗面台へと向かう。  洗面台に行き、蛇口を捻ると冷たく心地よい水がさらさら流れてくる。ユキが水で顔を洗い終わったので、柔らかい上質なタオルでイツキはユキの顔を丁寧に拭うと、気持ち良さそうにするのだった。顔を洗い終わった二人は、寝室に戻ると寝間着から私服に着替えるのだった。イツキはいつもの様に、黒色のズボンに白色の上着を着込み、黒色の長いコートを羽織る。ユキの方を見ると、既に自分で着替え終わっていた。紅色を基調としたエプロンドレスには薔薇の刺繍がされていて、花柄の白色のタイツを身に着け、兎のスリッパに履き終わると、瑠璃色の瞳でイツキの方をじっと見上げていたのだった。 「ユキ、とても似合っているぞ」  イツキが柔らかい表情で褒めると、ぱぁと表情を明るくさせてユキは笑うのだった。ユキは可愛らしい少女用の服装を着ているが、少年だ。イツキはユキの為に、少年用の服装も用意した。けれども、ユキが着たい服は少女用の服だったので、ユキの着たい服を着てもらうことにしたのだった。顔が可愛らしい為か、ユキは少女用の服もよく似合っている。  そうして、イツキはユキの手を引いて、椅子に座らせたのだった。ちょこんと椅子に座るユキの柔らかい白色の髪を、ガーネットの宝石がついた櫛で、丁寧に梳かしていく。太陽の日差しが窓から差し込んでくるので、ユキの髪は、ますます綺麗に艶が出てきらきらと輝きを放ち美しく見えたのだった。梳かし終わると、ユキは嬉しそうな表情を浮かべて、イツキに対してぎゅっと抱き着いた。今は喋る事の出来ないユキなりのお礼の仕方だと思い、そんなユキが愛らしく感じる。  そこへ起きだしたのか、飼い猫のノワールがやって来た。上機嫌に尻尾をぴんと立てて「にゃあ」と鳴くと、イツキとユキに対してすりすりと擦り寄って甘えてくるので、イツキとユキはノワールの頭を優しい手つきで撫でるのだった。  きちんと着替え終わり、ノワールと戯れた後、イツキとユキは台所へ向かうのだった。イツキは薔薇妖精用の紅茶の茶葉の蓋を開けながら、ちらりとユキの方を見てみると、ちょこんと椅子に座り行儀よく待っている姿が目に入る。ユキのお気に入りの赤薔薇の描かれた高級な白いティーカップに、温めた紅茶を注ぎ薔薇の花びらをちらす。出来上がった食事を、ユキの目の前にことりと置く。そわそわと待ちきれなかったのか、ユキは早速、手を伸ばすと赤薔薇の描かれたティーカップを手に取ったのだった。イツキが見守る中で、薔薇の花びらを浮かべた紅茶を飲む度に、ユキの瑠璃色の瞳をきらきらと輝かせる。花の咲く様な笑顔を浮かべて、また紅茶を飲み始めたのだった。今日もユキが薔薇の花びらを浮かべた紅茶を飲んでくれたことが、イツキにとって嬉しく思えた。不思議なことに、ユキが見せる花の咲く様な笑顔を見ていると、和やかな気分になり、心の中が温かくなり、自然と癒されて心が穏やかになる。 「お前の笑う顔が、好きだ」  イツキもユキの笑顔につられて、柔らかい表情を浮かべながら、ユキの事を見つめるのだった。かつての自分が今の両親にたくさんの愛情を貰った様に、ユキに対して、たくさんの愛情を与えよう。ユキの幸せそうに食べる表情を見つめながら、イツキは心に誓うのだった。 *****  ユキが来てから数日が経った。仕事が終わったイツキは時間があったので、ユキを連れて薔薇屋に顔を出した。すると、コジロウは無邪気に笑いながらイツキとユキを歓迎するのだった。甘いミルクと高級な茶葉を使用した温かなミルクティーと、さくさくとした食感が美味しいクッキーを用意して出してくれたのだった。ユキと一緒に椅子に座りながら、イツキが紅茶を飲んでいると、ユキの事をじっと見ていたコジロウは告げるのだった。 「どうやら、ユキくんとは順調に過ごしているようだね」 「分かるのか?」 「うん、見れば分かるよ。ユキくんの肌も髪の艶も店にいる前よりも、随分と良くなっているからね。本ッ当、悔しいくらいにね。さすが、ユキくんが選んだけあるな」  人懐っこそうに笑みを浮かべながらも、本音を隠さずに頬を膨らませて話すコジロウに対して、やれやれと溜息を吐きながらイツキは苦笑を浮かべるのだった。コジロウがそっと手を伸ばし、優しい手つきでユキの頭を撫でた。大人しくしているが、ユキはコジロウに対して、特に嫌がる素振りは見せず、むしろ嬉しそうにしていた。流石は、ユキの面倒を見ていただけあり、扱い方には慣れているとイツキは密かに思うのだった。  ふと、イツキは店内を見回してみて、たくさんの美味しそうな砂糖菓子が売られている事に気付いた。イツキの見ているものに気付いたコジロウは、イツキに説明をするのだった。 「薔薇妖精たちは、甘いものが大好きなんだ。だから、薔薇妖精たちの為にね、多種多様に用意してあるんだ」 「この店に置いてある砂糖菓子は、全て手作りか?」 「うん。母さんと姉さんの手作りのもあれば、薔薇妖精専用の砂糖菓子も売っているんだよ。もちろん、人間が食べたって良い代物でとっても美味しいって評判だよ」  コジロウの説明を聞いて納得したイツキは、改めて店内に置いてある砂糖菓子を見回した。彩り鮮やかな色をしていて、繊細に作られた砂糖菓子からは、甘ったるい香りが漂ってくる。砂糖菓子を見つめながら、イツキはぽつりと呟いた。 「薔薇妖精の食事は、薔薇の花びらを浮かべた紅茶と砂糖菓子だけでいいって言うのも、不思議なものだな」 「そうかな? ほら、女の子は砂糖菓子で出来ているって言うじゃない? きっと、薔薇妖精も、紅茶と砂糖菓子と薔薇で出来ているんだよ」 「そういうものか……?」  まだ薔薇妖精に対して分からない事がたくさんあるものだと、頭に疑問符を浮かべながら言うイツキに対して、コジロウは無邪気に笑いながら答え話題を変えた。 「それよりもさ。ユキくんの為にも、砂糖菓子を買ってみたらどうかな?」 「ああ、そうだな」  もうじきユキが来てから一週間が経とうとしていた。イツキが薔薇屋に訪れたのも、ユキの為に砂糖菓子を購入する目的もあったのだった。砂糖菓子が置かれている棚を見ると、メレンゲからキャラメルからチョコレートに、和三盆から琥珀糖から落雁、有平糖から生砂糖まで、洋風なものから和風なもので多種多様に置かれていた。

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