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7話

 ふと、イツキは一つの硝子の小瓶に目が止まる。硝子の小瓶の中には、星の形をした桃色や黄色、水色や白色などの色とりどりの星の様に綺麗にきらきらと輝くものが、たくさん散りばめられていた。 「金平糖か……」  イツキは、ぽつりと呟きながら金平糖が詰まった硝子の小瓶を手に取った。そうして、自分の過去を思い返していた。  今の両親に引き取られる前の幼いイツキは孤児院にいた。本当の両親は、交通事故でこの世を去ってしまった。孤児院では甘いものを滅多に食べられないくらいに、貧しい生活をしていた。同い年くらいの子供達は、みんな甘いものを食べているのが当たり前だった。それに対して、特に羨ましいと言った気持ちは無かったが、仲間はずれにされる事は多々あった。  今の両親に引き取られて、間もなくしてからのことだった。両親が幼いイツキに対して、手招きをして「両手を差し出してごらん」と優しく告げてくれた。幼いイツキは言われた通りにすると、両親は幼いイツキの両手の中に、彩り豊かな星の形をしたきらきらとしたものを渡してくれた。初めて見るきらきらとしたものに、幼いイツキは目を瞬かせた。まるで夜空に浮かぶ星を手にしたかの様に、とても気分が高揚した。両親は「そのお星様はね、食べられるんだよ」と穏やかに告げて、食べる様に促してきた。幼いイツキは言われた通りに、手の中にあった黄色に彩られた星を一つだけ掴むと、ぱくりと食べた。初めて食べる砂糖の甘さが口の中に広がって、とても美味しくて幼いイツキは顔を綻ばせた。そんな幼いイツキの様子を見ながら、両親はにこにこと微笑んでくれて、イツキに対して、たくさんの愛情を注いで育ててくれた。イツキの幼心に、星というものは甘い味がするものだと思った。  金平糖を見つめながら、イツキはどこか懐かしい気持ちに浸っていた。すると、ぐいぐいと服の裾を引っ張られたので、視線を下すとそこにはユキの姿があった。ユキは興味津々に、イツキの手に持っている硝子の小瓶をじっと見つめていた。 「金平糖、買ってみるか?」  そう告げるとユキの表情が、ぱぁっと明るくなってこくこくと頷いた。イツキはふっと柔らかい表情を浮かべながら、ユキの頭を優しい手つきで撫でた。イツキは、いろいろな種類の味のある金平糖を指差した。 「どれがいいんだ?好きなのを選んでいいぞ」  イツキがそう訪ねると、ユキは視線をあちこちに彷徨わせて、いろいろな種類の味のある金平糖を選ぶのに、しばらく悩んだ素振りを見せる。そうして、ユキが指差したのは、薄紅色に色付いた苺味の金平糖が詰まっている硝子の小瓶だった。イツキは、ユキが指差した金平糖の詰まった小瓶を一つだけ購入する事にした。コジロウは「毎度あり」と告げると、硝子の小瓶を綺麗にラッピングして渡してくれた。ユキはそわそわと今から待ちきれないと言った感じで、イツキの事を見上げては笑顔を浮かべていた。イツキは幼い頃に自分が食べた思い出の味を、出来たらユキにも味わってほしいと密かに思うのだった。 *****  薔薇屋から、苺味の金平糖を購入したしばらく経ったある日。温かな日差しが、部屋の中に差し込んでくる。時計の針が午後3時を差していた。イツキはちらりとユキを見ると、飼い猫のノワールと仲良く遊んでいたり、一緒になって日向ぼっこしている姿が目に入った。そんな微笑ましい光景に、柔らかい表情を浮かべながらイツキは声を掛ける。 「ユキ、おやつの時間にするぞ」  その言葉を聞いたユキは、ぱぁと顔を明るくさせてこくこくと頷いたのだった。ふかふかの柔らかいソファーにちょこんと行儀よく座り込んで、ユキはどこかそわそわと落ち着かない様子で、イツキの事をじっと見つめていたのだった。コジロウの店で購入した苺味の金平糖が詰まった硝子の小瓶を、イツキは持ち出した。蓋を開けると、中からは苺の甘酸っぱい香りが広がる。苺味の金平糖を一粒だけ手に取ると、イツキはユキの口元に持っていく。 「ユキ、召し上がれ」  イツキの言葉を聞いて、ユキはこくりと頷いた。あーんと口を大きく開けて、一粒だけ薄紅色に色付いた金平糖を一粒だけ、ぱくりとユキがもぐもぐと咀嚼していく。すると、花の咲く様な笑顔を浮かべて、瑠璃色の瞳をきらきらと輝かせた。 「美味しいか?」  ユキにそう訊ねると、こくこくと大きく首を縦に振って「美味しい」と身体や表情で表現をするのだった。イツキはユキに昔懐かしんだ味を味わってもらう事が出来て、とても嬉しく思った。ユキも金平糖を気に入ってくれることを願いながら、一粒ずつ手に取って、ユキの口の中に運んでいく。苺味の金平糖を一粒ずつ食べる度に、ユキは顔を綻ばしていく。  ふと、ユキは食べるのを止める。苺味の金平糖を一粒だけ手に取ると、イツキの口元にずいっと運んだのだった。その行動に疑問に思い首を傾げていたが、やがて理解したイツキはふっと柔らかい表情でユキに聞いた。 「俺にもくれるのか?」  そう訊ねると、ユキは明るい表情でこくこくと頷いたのだった。イツキは「いただきます」と行儀良く告げてから、苺味の金平糖をぱくりと丁寧に咀嚼する。口の中に、甘酸っぱい苺の味と砂糖の甘ったるい味が広がり、幼い頃に両親から貰って食べた懐かしい金平糖の味が口内に広がった。 「美味しいな、ユキ」  自然と笑みが零れたイツキがそう告げると、ユキは花の咲く様な笑顔でこくこくと頷いたのだった。誰かと一緒に好きな味を共有できる喜びを、イツキは密かに噛み締めるのだった。 *****  満月が沈み太陽が昇り、太陽が沈み満月が昇る日々を繰り返し過ごしていた。ユキはイツキの家にやって来てから、数週間の時が経とうとしていた。イツキとユキの生活は、毎日が平穏で順調そのものだ。一日に三回の薔薇の花びらを浮かべた紅茶と時々、苺味の金平糖を与えると、いつも美味しいと花の咲く様な笑顔でイツキに伝えてくる。嬉しい気持ちになり、ユキに対して愛しさが増してくる。また太陽と満月の光が射し込む部屋で、ガーネットの宝石がついた櫛でユキの柔らかな白色の髪を梳かすと、きらきらと光り輝いてより一層と綺麗になっていく。  イツキが仕事をしている間のユキは、基本的に大人しく過ごしている。我儘をあまり言わないので、手が掛からなかった。居間でテレビを見たり、飼い猫のノワールと一緒に戯れて遊んだり、イツキが購入した絵本を眺めていたり、窓から差し込む太陽の光を浴びて日光浴したり、すやすやと眠ったりしていた。イツキの仕事は、基本的に自宅で出来るものが多い。パソコン画面と睨めっこしながら、本日分の仕事を終わらせていく。ユキに対して「終わったぞ」と声を掛ける。大人しく待っていたユキは、ぱぁと明るい笑顔を浮かべる。イツキに対して、まるで労わるように「お疲れ様」と伝えるように、ぎゅっと抱き着いてくる。ユキがとても可愛らしくて、癒されて仕事の疲れも忘れるのだった。  そんないつも良い子で待ってくれているユキの為に、イツキは何かプレゼントをしようと考えたのだった。

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