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うしくびまがい 04

 それからの俺はもうなんていうか散々だった。  とりあえずくろゆりさんが簡単なお祓いというか解呪をしてくれて、三人でそれを受けて気がつけば三時で、これもう寝ないで朝を迎えた方がいいよなって事になって髪の毛片づけてからファミレスに移動した。  メイク崩れかけのふわふわ巨乳の美少女オカマと、アバンギャルドなおにーさんと、ヤンキーくずれの俺とイケメンくろゆりさんってもう、どんな関係だよって思うけれど。  深夜のファミレスは誰に対しても寛容で無関心で、じろじろ見られる事もないから良い。都会の無関心さに感謝するのはこういう時だ。  ファミレスのドリンクバーの紅茶でも、イケメンが飲むとなぜか絵になる。最初は俺たちの事を不審な目で見つつ一歩離れていたフユちゃんも、今はココア飲みながら目をハートにしている。完全に恋煩いの目だ。怖い。  そんなフユちゃんに呆れた様子の蓼丸サンは、ぐったりとした表情でジンジャーエールを啜っている。もう本当に申し訳ないし、頼りになるし、蓼丸サンには暫く頭が上がらない。  しかしどっから話したらいいのこれ。  たぶん端的に言うと、くろゆりさんが呪い屋で、やたらいろんな人から恨まれてて、今回そのとばっちりを俺が受けましたっていうことなんだろうけれど。どっから喋ったら笑われずに怒られずに聞いてもらえるのかわっかんねーなうははと思っているうちに、そこらへんのことはさらりとくろゆりさんが説明してしまっていた。  いつもながら、日本語がうまい男だ。するすると入ってくる言葉は不思議で、突拍子もない話も飲みこんでしまう。俺はもうそれを聞きながらいつこのアホイケメンが『春日くんには除霊代金を身体で支払っていただいています』とかそういうアレないらん事言いだしたらどうしようとハラハラしていたが、そんな言葉は最後まで出なかった。  今回の事柄に関する事実だけを淡々と説明したくろゆりさんは、明日一日、念のため蓼丸サンの部屋で解呪をすると申し出た。 「ぼく的には、そうていただけるとありがたいですけど」 「大変助かります。ありがとうございます」 「いや……多分、お礼を言うのはこちらの方なんで。理由がどうあれ、助けていただいたのはぼくたちです。そもそも、椿くんはわりと、そういうの引き連れてくる人っぽかったし。ちゃんとした人が傍に居てくれた方が、友人としても安心できるかなって」  そんな風に表情を崩す蓼丸サンがイケメンすぎてほんと惚れると思う。俺は女の子の方が好きだしくろゆりさんとあれこれ致しているのも不可抗力だけど、でも蓼丸サンはこうなんか、抱いて! って感じだ。  例の薊という人物の行った呪いについて、くろゆりさんは結構色々調べたらしい。  ネット検索で『牛の首』と入れると、ある都市伝説に行きあたる。それは、牛の首という話を聞いたものはその恐ろしさに三日以内に死んでしまう、というものだ。  ただし、牛の首という話自体は存在していないらしい。要するに、そういう怖い話がある、という架空の事実が独り歩きし、実態が無い怪談話に怖がるという都市伝説のようなものだ、ということだ。 「どこまで調べたかわかりませんが……牛の首、という話は実態が無い、と今ははっきり明記されています。そういう都市伝説だとね。しかしこれを題材にしたのは、死ねという意思表示でしょうね。実際に、牛の首の呪いなどというものは存在しません。やろうと思えば何でも呪いになってはしまうのですが……素人さんでは、紛い物が精一杯でしょう。そもそも存在する術式でないものならば、紛い物を作ったところで何の効果もない。あの頭蓋骨自体には、何の効果も無い筈です。ただ、重ねて様々な術を施しているようでした。あの、段ボールの札もそうです」  頭蓋骨が入っていた段ボールの内側に貼られていたお札は、それなりに有名な呪殺の札だったらしい。ただし、強い効果を持つ呪術は、跳ね返された時にもリスクを負う。それは、素人が作った紛い物でも同じだとくろゆりさんは言った。 「とても強力な呪符です。僕も本物を見た事は無い。知識でしか知らないものです。なので、どこまで本気で呪術を行ったのかはわかりませんし、どこまで成功しているのかもわかりませんが、とりあえずは春日くんを巻き込むレベルで成功している。どのくらいの効力かわからないせいで手加減せずに破りましたが。紛い物でも、様々な偶然が重なればきちんと発動してしまう。――自動車を作ったことが無い素人でも、見よう見まねで適当に部品を配置することをくりかえせば、いつかエンジンが稼働してもおかしくはないですからね」  確かにその通りだ。昼間説明された料理の例えが頭をよぎる。  プロの料理人じゃなくたって、なんとなく適当に滅茶苦茶にやっていても、うっかりうまい料理ができてしまうことだってある。  ただしプロじゃないから、下処理も適当だし後片付けもうまくできない。何か想定外のことが起こった時に理由もわからない。今ごろその薊という人物は、紛い物の呪いの影響で、どんな状態になっているのか。考えたくもなかった。 「つか、牛の首関係無いし……完全にただのとばっちりじゃん……」 「牛の首ももしかしたら作用していたのかもしれませんが、とばっちりなのは事実です。……すいません。僕は今まで、身近に他人を置いたことがあまりないので、このようなケースを想定できなかった」  素直に謝られてしまうと、どうも、座りが悪くなる。  まあ、俺個人はいつもくろゆりさんに助けてもらってるし、色々お世話になって無いとは言わないし、出会って悪かったとも言いきれないからもごもごするしかないけど、蓼丸サンとフユちゃんに関しては完全にもうどっからどうみても完全なるとばっちりだった。他に言いようがない。  申し訳なくて小さくスイマセンと呟くと、イケメン蓼丸サンが何で謝るのと笑う。向かいの席でなかったら、きっと肩を叩かれていたと思う。 「別に、椿くん悪くないでしょ。人生不可抗力ってわりとあるし。一応実害ないし。ちゃんとプロ召喚してくれたし。まあ、謝るとしたらイケメン彼氏の存在を隠してたことくらい?」  冗談っぽく笑う蓼丸サンに返す言葉もなく、肯定も否定もできずにずるずる珈琲啜っていたら、フユちゃんがときめき少女状態から復活した。 「そうだった……! このイケメンお手付きだった……!」 「そうだよフユ。だからキラキラビーム送ってもダメだよ。イケメンは椿くんのだから」 「ひどい! フユは! おっぱいが偽物だからって! フられたばっかりなのに! 椿ちゃんは! おっぱいないのにイケメンなおにーさんのお手付きだなんてぇ!」 「はいはい泣かない。泣かない。またイケメン探そう、フユ。あと椿くんに肉奢ってもらおう?」  そのくらいはもちろん奢る。ていうかそのくらいで許してもらえるくらい俺たちってトモダチだったんだって思って、なんか妙に感動してしまった。  すっかり明るくなった街中で、帰り際、蓼丸さんは気にしてないよと笑って、俺の頭をくしゃりと撫でた。 「ホラー体験初めてだった。明日からのネタになるよ。また遊びに来てね。彼氏さんも一緒でもいいよ。全力でからかうけどね」  あははと笑う顔がイケメンすぎて泣きそうになる。ぐっと涙を堪えてアリガト蓼サンダイスキって言ったらおでこにちゅーされた。 「おしいなァ。男も大丈夫だって知ってたら、ぼく、椿くん口説いてたのに」 「え。蓼サンってゲイの人だっけ……?」 「んー。どっちでも別に、気にしない。ぼくが好きなのは身体じゃなくて精神だから、なんて建前で無節操なだけかな。彼氏と喧嘩したらうちにきてもいいよ」  益々男前で惚れる以外の選択肢が見当たらない。  裏切り者裏切り者と連呼するフユちゃんをとりあえず家に送っていくから、と、蓼丸さんはひとまず別れた。これからくろゆりさんは蓼丸サンの新居でくろゆりさん式解呪の儀式を執り行う。  俺も同席を願い出た。また数時間後に合流するまで、ちょっとでも寝ようとくろゆりさんの事務所に向かう。幸いというかなんというか、くろゆりさんの事務所と蓼丸サンの新居は二駅程しか離れていない。  欠伸をしながら駅まで歩いていたら、急に引っ張られてぎゅっとされて道端でちゅーされた。勿論、隣を歩いていた筈のくろゆりさんにだ。  人もまばらな早朝とはいえ、男二人がいきなりキスかましたらまずい。でもくろゆりさんのキスにはキス以外の別の意味があったから、俺はびっくりして真っ青になって周りを見渡した。 「……何? なんかいた? まだ俺呪われてる?」 「いえ、別に。どうぞ気にしないでください。僕も非常に驚いているのですが、どうやらただの嫉妬のようです」 「…………」  え、ナニソレ。どういうこと。誰が誰に何だって?  なんて聞きかえせずにうっかり真っ赤になってしまった俺も悪くて、あーあーもう何なのホントこの人どういうことなの結局アンタ俺に対してどういうアレなのラブなのどうなのそこんとこ、なんて。  訊く勇気もない事でぐるぐると頭の中がいっぱいになった。  幽霊やら呪いやら、そんなもんに対抗するにはやっぱりこういう暑苦しい感情が最善らしい。だって俺は、もう恐怖なんかどうでもよくて、とにかく熱い頬を隠そうという気持ちでいっぱいだった。 うしくびまがい/終

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