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【理×翔】翔ちゃんのお悩み相談
俺は、理を抱きたいんだろうか。
理と付き合いはじめてから、もう何度目になるかわからない自問だ。
飲み干した珈琲の後味が、苦い。
たまらずチョコレートを開けて口に放り込むと、ズボンの裾を引っ張られた。
見下ろすと、ユウさんがキラキラ瞳を輝かせ、犬のようにお座りをしてこちらを見上げている。
いつものことなので、一つチョコレートを摘まんで目の前に差し出した。
すると手を使わずに、それに直接パクっと食らいつく。
まさに犬さながら、だ。
ユウさんは普通にしていればかなりのイケメンなのに、ホント残念だ、色々と。
幸せそうに目を細めて、口をもぐつかせているイケメンの成り損ないから視線をはずし、俺はため息をつく。
さっきの自問の答えは、また今回も出なそうだ。
「はあ……」
「ゆうべはおたのしみでしたね」
「……!?」
すると、突然某有名RPGの名台詞が彼から発せられたので驚いてまた見下ろす。
するとスルッとユウさんは立ち上がり、長い袖口で口許を隠しながらフフっと笑った。
そういえば暇をもて余した飼い主のカイさんと、ゲームをやり直してるって言ってたな。
つーか1からって、どんだけ暇なんだこの人たち。
「や、別に楽しんでないし」
「おくがキモチイイんだよねー、わかります」
「あの、ネットスラング使うのやめてもらえますか」
「やめろください」
「ほんとやめて」
「それな!」
最近、動画への出演だけでなく、編集などパパさんこと美世さんの仕事をよく手伝うようになったせいで、言葉遣いが"そっち"寄りになっているユウさんだ。
元々日本語があやふやなところがあるので、影響を受けやすいのだろうけど……。
「さとる、おちんちんおっきいし、えっちじょうずだもんね~」
いつの間にか俺の足に顎を置き、ユウさんが続ける。
や、そんなほっこりした顔でほのぼのと言う話題じゃないよ、それ。
ユウさんはアダルト動画の男優だ。
理もまた、パパさんに頼まれてたまに出演している、らしい。
特にこの二人の"絡み"は人気があるそうで、最近よく共演しているようだ。
パートナーが仕事とはいえ他と人間とセックスをするというのは、一般人の俺からしたら複雑なところがあるが、一方で理は「ビジネスですから」とあっさりしている。
だから俺も、そういうものなのかと理解はするが、なんとなく感情では納得できていない。
「しょう、いいなあ~。
ユウもまた、さとるとえっちしたい。
こんど、まぜてよ」
「まぜません」
「ちえー。
ヒロミツ、どうがしてくれないかなあー」
そんな俺の複雑な感情は露知らず、ユウさんは呑気にそう続ける。
「ユウさんには、カイさんがいるだろ」
彼に悪意が全くないことがわかっているからこそ、余計に面白くない。
だから、横を向いてわざとそっけなくそう返す。
「カイ、さいきん、あんまりたたないんだ」
ユウさんは頬をぷっくり膨らませた。
一方で俺は、その言葉にドキッとした。
"あまり勃たない"
その言葉は、少なからず俺の心を抉る。
「……そうなんだ」
「そうだよ、あいつのせいだ!」
ユウさんが"あいつ"と敵意を込めて呼ぶ人物は一人しかいない、誉さんだ。
誉さんはカイさんの彼氏で、ユウさんの元"飼い主"なんだそうだ。
いや、カイさんは頑なに"何の関係もない赤の他人、強いて言うなら元上司"と言い張っているけれど、そうではないのは明らかだ。
誉さんは全身からカイさん大好きオーラが出まくりだし、それを一身に受けるカイさんだって、なんだかんだ言っても最後は誉さんの好意に甘えている。
夜の方もまあ、かなりアレだ。
そういえばユウさんは、誉さんとカイさんの関係をどう思っているのだろうか。
以前、ユウさん本人が、自分はカイさんのパートナーではなく、飼い犬だと公言していたけど……。
この人、本当にカイさんのことが大好きなんだよな。
ちなみに、誉さんのことは心から嫌いみたいだけど。
その大好きな人が、大嫌いな人と付き合っていて、セックスまでしているのを傍らで見ているのって、どんな気持ちなんだろう。
「なあに?」
「あ、いや、なんでもないよ」
ユウさんはじっと見つめてくる俺を前に、不思議そうに小首を傾げたが、それ以上は何も言ってこない。
一方で、"そんなこと"を尋ねるのも無粋か。
何となくそう思って俺も会話を止めてしまった。
それにユウさんは実年齢に対して、頭の中は小さな子供と同じだ。
もしかしたら恋愛感情と言うもの自体を、ちゃんと理解できていないかも知れないし。
「あいつがカイのおしりばっかするから、カイのおちんちん、どんどんダメになる」
「……ほんと、ユウさんは突然、そして普通にすごいこと言うよね」
「ユウ、カイともっとエッチしたいのにー」
「欲求不満なんだね」
そう努めて普通に返したものの、内心はドキドキしている。
この家に来た頃、カイさんは完全に"抱く"側だった。
それが誉さんが入り浸るようになって、いつの間にか"そうじゃなくなった"。
勿論、ユウさんの口ぶりからすると全くなくなった訳ではないみたいだけど……。
後ろに慣れると前が使えなくなるというのは、やっぱりそうなんだろうか。
俺ももう、ここ数年来、そうだ。
元々不能だった訳ではなくて、いつの間にかそうなっていた。
何がきっかけだったのか思い出そうとしても、そこだけ記憶に靄がかかっていて、よく思い出せない。
しかし現実として、俺は理を抱けない。
でも心のどこかで、その事実に諦めがついていないんだ。
ここで、冒頭の自問に戻る。
諦めがつかない理由について、だ。
俺は、理を抱きたいんだろうか。
それとも単純に、自分が"抱かれる"しかないことに対して、男としてのプライドが許せないだけなのだろうか。
「ユウさんは、その、カイさんと、"逆転"したいとは思わないの?」
「ぎゃくてん??」
「だから、されるんじゃなくて、する方ってことだよ」
「される?する?」
「あー、もう、いいです」
「??」
そうだよな、この人に聞いた俺がバカだった。
ユウさんに、そんな発想があるはずが……。
「ユウ、どっちでもいいかな」
ため息と共に席を立とうとした時、ユウさんがいつもの調子で、いきなりそう言った。
「だって、どっちでもエッチしたらきもちい!しあわせ!すき!て、なるし。
どっちでも、いっしょでしょ?」
「……」
その言葉は、ちょっとだけ、目から鱗だった。
ああ、そういう意味では。
もしかしたら、この人の方が"大人"だし、つまらないプライドがない分幸せなのかなあと思った。
「てか、ユウさんはどっちもできるんですね」
「ユウ、できるよ。
このまえ、さとるともしたよ」
「え?」
ちょっと待て、それは初耳だ。
てっきり、てっきり、理はする方しかしないと思っていた。
いや、確かに子供の頃は小さくて可愛かったし、「この世界には最初、ネコから入ったんです」なんて言ってた気もするけど……。
「さとる、ナカのほうがかんじやすいよね」
ーー……にわかに動揺する俺に、無神経なユウさんが悪気なく追い討ちをかけてくる。
「だから、しょうにしてもらったら、さとる、うんとよろこぶとおもうよ!」
……ですよね。
つーか、出来たらとっくにしてるし。
ユウさんは全然悪くないんだけど、でも、ユウさんのせいで何だかメチャクチャ凹んできた。
もうやだ、部屋に帰ろう。
そう思って改めて立ち上がろうとしたその時、
向こうからかなりの勢いで渋い表紙の雑誌が飛んできた。
「ぎゃんっ」
もれなく側頭部にそれがクリーンヒットしたユウさんが、漫画みたいに横に飛ぶ。
「翔さんの膝に触れるのは許さないって何度言ったらわかるんですか」
「うう……」
次いで、思い切り不機嫌な声が響く。
顔をあげると、声以上に不快感を露にした理が居た。
「翔さん、大丈夫?変なことされてない?」
「平気だよ、いちいち抱き上げるな、下ろせ」
「翔さん酷いです、俺と言うパートナーがいるのに、他の男に膝を許すなんて!」
「ちょっと顎乗せさせてただけだろ、別にどうってこと」
「そんなの羨ましいし許せない」
「あのな」
「第一、翔さんの膝枕は俺だけのものです」
「……」
あー、もうダメだこりゃ。
完全に嫉妬の鬼と化した理は、ユウさんを睨み下ろしている。
完全に怯えたユウさんは、半ベソでそれを見上げた後、
「ふええ、カイー」
と、大泣きをしながら向こうへ這っていってしまった。
流石にちょっと可哀想だ、悪いことをしたな。
後でチョコレートをもう何個かあげよう。
勿論、理がいないときに。
俺は理に抱き抱えられ、反対側に向かって運ばれながら、小さくなっていくユウさんの背中にこっそり謝った。
「理、もう怒るなよ」
「翔さん、そうやっていつもユウさんにばっかり優しくする」
「そんなことないし。
少し、その、相談にのってもらってただけだ」
「相談?!あのユウさんに?!
それ一番相談しちゃダメな人ですよ」
「……お前、流石に失礼だぞ」
「ユウさんなんかに相談するくらいなら、俺に相談してくださいよう」
「泣くな、あと胸に頬擦りをするな」
「ふふっ、感じちゃう?」
「怒るぞ」
「怒りたいのはこっちです。
よりによって、ユウさんなんかに」
「根に持つなあ」
「まあ、いいですけど。
これから、ゆっくり聞かせてもらいますから」
「……」
かちゃり、と音をたてて開いたのは俺たちの部屋のドアだ。
「あー、やっぱそうなっちゃう?」
「はい、そうなっちゃいます」
そう言ってにっこり微笑む理だが、目は完全に座っている。
それを見てひゅんと冷たくなった背中をベッドに下ろされながら、俺は理に苦笑いを返すのが精一杯だった。
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