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 IT業界で御堂王輔を知らぬ者はいない。  俺が初めて王輔を見たのは、情報技術を商売とする仲間の会合だった。  若干十五歳で政府からの仕事も請け負うハッカーとして活躍し、未だにその技術の躍進は止まらない。何より、業界をざわめかせたのは、その彼がΩだという事実。 「鷹春」  初対面の時からだった。  二十そこらの小僧のくせに、俺を呼び捨てにして親しげに近づいてきた。  だが、そうだ。あの瞬間から俺の人生は狂った。  王輔と出会ったせいで。  半年前、会社が潰れた。多額の借金が残り、婚約は破棄され、友人たちからも見放された。  俺はこの「あり得ない事態」の真相を知っている。会社のシステムにはわずかだがハッキングの痕跡が残っていた。それを探し当てた時にはすでに、事態は取り返しのつかないところまで来ていたが。  王輔だった。俺の会社を倒産まで追い込んだのは間違いなく、借金の清算と引き換えに婚約を突き付けてきたこの男だ。  王輔の屋敷で俺に与えられた部屋は、部屋と称するには広すぎる異様な空間だった。屋敷自体、城のような豪奢なつくりだったが、そのワンフロアを使った俺の部屋には書斎はもちろん、広い浴室があり、ジムのようなトレーニングルームや噴水、ガゼボ付きの室内庭園まである。下の階へ続く階段までは扉が二枚。生半可な知識ではピッキングなど不可能だろう。ただ、これは外部からの侵入者を防ぐというよりは、俺の脱走を阻止するものだとわかる。  これを異様と呼ばずに、どう表現すればいいのかわからない。  部屋全体がガラス張りで、唯一、外を見ることができる庭園には庭師の代わりをするAIロボットがいる。室温から湿度、土の乾燥度合いまでチェックし、助長した草木の選定まで行う。言葉を話したりはしないが、人型をしていて、俺はこのAntheia(アンテイア)と呼ばれる女型のAIが苦手だった。 「……っふ……」  植物の世話をするだけの、人形。だが、明るい茶の愛らしい瞳を撫でる瞼の動きや、時々意味もなく動く素朴な色の唇。関節の動きはもちろん、ハサミを握る指先まで、生きているかのように動いている。 「ぅ……っ」  Antheiaは今、鳥かごのような形をしたガゼボの周りを囲うオレンジや黄色のマリーゴールドの切り戻しをしている。  俺はと言えば。 「ぁ、うぐっ……」  ガゼボの中で、三メートルはあるだろう、巨大な犬のぬいぐるみの首に腕を回し、腰を押し付けている。ペニスは犬の膣か肛門かわからないが、その辺りに空いた穴に挿入していた。穴というのも、ただの虫食い穴のようなものではなく、女性器のような肉感のあるいわゆるオナホールだ。  素面の状態ならこんなジョークグッズ、話のネタにもならないが、今ばかりはそうも言っていられない。  背を焼く昼の日差し。  明るい庭園は、あたかも外であるかのような錯覚を起こす。それに、目の前には人形だが、どこからどう見ても人にしか見えないAntheiaがいる。彼女は俺などいないかのようにいつも通り、仕事に従事していた。 「鷹春、わんちゃんとエッチできて偉いなあ」 「はっ、ぁ……ぅっ」  後ろから聞こえてきた王輔の声に腹が立つ。だが、何も言い返せず額をぬいぐるみのふわりとした背に押し付ける。  もし、一言でも人語を話せば犬用マズルをつけると最初に忠告されている。ただの犬用マズルなら今の馬鹿らしい恰好――手には犬の足を模したようなふざけた形のグローブ。手首を縛る紐がぬいぐるみの首輪に通されていて、起き上がることができない。足は、足で、かかとが地面につけないようプレートが仕込まれたこれも犬の足を模したブーツが履かせられていた――に、付属品が足されるだけだと思えたが、王輔はロボット工学にも秀でている。  おかげで、俺の罰則用のマズルは声を犬語に変換する装置がついていた。罵りをこらえる方が、発情した犬になるよりマシだ。  俺が寝ている間にせっせと準備をすませたらしく、起きた時には自分ではどうすることもできなかった。グローブの中の手は握ったまま動かせず、立って動こうとしても、装飾をメインとした不安定なブーツではすぐ膝をついてしまう。そのため、四つん這いで動かねばならない上に、王輔は俺にΩ用の首輪をつけて、そこにリードを繋げた。  そのままガゼボまで引きずられるだけで十分、屈辱的なのに、頭には脳波を感知して動く犬耳、そして尻尾に見立てた犬耳と連動するディルドが穿ちこまれている。 「ぁ……あ、ぅん……っ」  こんな馬鹿みたいな恰好でぬいぐるみに向かって腰を振るなんて間抜けなことだけはしたくない。  ここに縛られてどれくらい時間が経過したかわからないが、とにかくまだ日は高く、全裸に馬鹿みたいな恰好でぬいぐるみに抱きついている、その目の前に事務的に仕事をこなすAntheiaがいるという倒錯的な状況に眩暈がする。  王輔が俺の横に来て、膝をつく。今日は手袋をしていない。ということは、今日の王輔の中には直接俺の後ろを触るという予定がないのだろう。  爪の先まで整えられた指先が俺の唇に触れる。  それがぬるりと唇の上を滑ったことで、だらしなく唾液を垂らしていたことに気づいてぐっと体の芯が燃えるような羞恥に襲われる。  歯を食いしばるが王輔はもう片方の手で俺の耳裏をくすぐった。 「ふ……ぅっ」 「ほら、鷹春。ここ、好きだろう? こちょこちょされると力抜けちゃうんだよな?」  首を振り、肩を竦めて逃げようとしたが、そんな抵抗では全く意味をなさない。  王輔の指先に耳の裏や首筋をくすぐられて、むず痒いような刺激に口元が緩みかける。 「ん、っく……ふ、ぅっ……ぅんンっ……!」  この男に体をいいように操られる屈辱に意識は苛まれる。だが、体だけはどうすることもできない。  王輔の与えられる刺激を快感として頭が処理をする。 「鷹春、犬耳が後ろに寝てるぞ。交尾しながら飼い主によしよしされて嬉しいんだな」 「ふっ……ん、んっ……!」  違う! 断じて違う!  頭の中を誤魔化すように必死で否定するが、自力で脳波を操るなんて人間になんてできやしない。  耳が動いたことにより、尻尾まで左右に揺れ始める。途端、目の前がカァッと赤くなった。ディルドが性感で膨らんだ前立腺をぐりぐりと刺激し始める。 「ぅうあっ――」  強烈に、それも機械的に与えられる刺激に声を殺し、唇を噛みしめていた理由を忘れ口を開く。  今まで唇を撫でていた王輔の指が、俺が口を開いた途端に中へ入ってきた。反射的に歯を立てようとした時、王輔に名前を呼ばれた。 「鷹春、stay(待て)」 「っ……ぁ」  どうしてかわからない。  それこそ、反射的に、俺は噛むのを止め、ただ口を開いていた。  その自分の意志とは全く関係ない体の動きに戸惑った一瞬に、王輔と目が合う。王輔は満足そうに微笑み、ご褒美だというように、口の中に入れていた指を動かし、甘く俺の上あごを撫でた。 「は、ふっ……ぁ、んふっ……」  痺れるようなくすぐったさに、濃厚なキスをした時のような緩やかな快感。脊髄を走り抜けるもどかしさに足をこすり合わせたくなる。 「great(いい子)、鷹春」  王輔は本物の犬に言うように俺をほめると、指を抜き去った。  相変わらずディルドが左右に揺れ動いているせいで、咥えるものがなくなった口からは耳をふさぎたくなるような下品な声が漏れる。 「ぅあっ、ぁ、あっ、ひ……あっ、あ……」  ぬいぐるみに挿入したペニスにグンと血が送られるような気がした。根本が膨らみ、体が勝手に着床させようと動く。 「はっ……ゃ、あぁっ……ん、んっ……」  腰が動く。犬が交尾するようにカクカクと腰を振る自分の間抜けさに全身が火を吹きそうなほど熱くなった。だが、本能的に穴の奥の子宮めがけて胤を撒こうという衝動からは逃げられない。  嫌だ。こんなの、屈辱や、恥ずかしいなんて生易しいものではない。  だが、したくないと思っても体は勝手に動く。勝手にぬいぐるみ相手に腰を振ってしまう。またその穴から漏れる水音がやけに生々しく、昼間である事実が拷問のように俺を苛む。 「あぁ、うっ、あー……っ」 「鷹春」  両頬を包み込む王輔の手。華奢だった。間違いなくΩの手だった。  生理的な涙で視界が歪む。  王輔はキスをするわけでもなく、ただ鼻先をこすり合わせてきた。それは俺の火照った体を一瞬、正気づかせるほど冷たかった。  自分の喘ぎ声に紛れて聞こえてきたのは、この荒唐無稽に命を吹き込んだような男の、おそらく、心からのつぶやきだった。 「僕の、僕だけのα……」

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