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第1話
いかつい、というのが初めて滝を見た時の印象だった。
右手に持つドラッグストアの袋の中は、キャットフードと弁当とペットボトルだろうか。重たそうに揺れている。
色を抜きすぎて痛んだ髪をツンツン立て、片手をポケットに突っこんだままカーゴパンツを腰骨に引っ掛けて歩いている。曲げた肘から肩に向かって上腕の裏側の筋が盛り上がっている。
先々週お気に入りのパンツだと言っていたのを思い出しながら佐治は歩を早め、距離が縮まったところで声をかけた。
「滝くん。」
「佐治さん、久しぶりっすね!」
横並びになって歩き出す。毎日の肉体労働でついた筋肉が肩や腕に隆起している滝に比べると細く見えるが、デスクワークの多い佐治も、趣味のロッククライミングでしなやかな身体を維持していた。
佐治は滝と会うのを楽しみに、月に二、三回仕事のついでに時間を見計らって公園に寄っていた。職種も年齢も大きく異なる二人には何の接点もない。
ただ一つ、猫好きという点を除いては。
帰宅途中の子供達が二人を見つけて大きく手を振った。
「滝くーん、いるー?」
「三匹いるよー。」
その答えにわらわらと数人が駆け寄ってきた。子供達は内緒で滝のことを猫のお兄さんと呼んでいたが、声が大きいから二人にも筒抜けだった。
「ヨーダ、今日も生きてるな。」
最長老の猫に話しかける滝の表情は優しい。日に焼けた精悍な顔、くっきりした目鼻立ちにグレーのカラーコンタクトを入れた瞳が際立っている。
餌を食べ終えた老猫はよたよたした足取りで佐治の足元に身体を擦り寄せてきた。頭をなでてやると、嬉しそうに喉を鳴らして膝に飛びのってきた。
「あっ、ヨーダ可愛がってもらえていーなー。俺も猫になりてぇ。」
弟のようになついているこの若獅子みたいな青年の無防備さは、無自覚なのかアピールなのか、佐治は計りかねていた。
話しながら、ふと手のひらに違和感を感じた。膝の上のゴツゴツした背中が蠕動し、ヨーダが苦しそうにえずいている。
「やべ、佐治さん、吐くよ。」
と言われても苦しそうな猫を押し遣るわけにもいかず、腹側に手を差し込んだところで膝に生暖かいものが広がった。さっき食べたエサが毛玉と共にズボンに染みを作ってゆく。
「うわ、やられた。ヨーダ、大丈夫か?」
佐治の心配そうな声に耳を傾ける気配もなく、老猫は痰を吐くようにむせて膝から下り、すたすたと茂みにもぐりこんでいった。
後ろ姿を目で追い、視線を戻すと滝が眉を上げてからにっと笑った。
「餌もらって、膝で吐いても心配されるとか、猫って最強っすね。」
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