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花と憂鬱(有賀×桜介)
人生毎日楽しいだけじゃないってことを、この数日で実感した。
比較的俺は職場環境に恵まれてる方で、友人連中もたまに集まって騒げる良いやつらが多い。
問題は最悪すぎる男運だけじゃねーかなって長年鬱々と付き合って別れてを繰り返していて、もう面倒だから一人でいいよとか思い始めてたところに現れたのが有賀さんだった。
仕事もプライベートもそこそこ楽しく充実した一年だった。
そりゃ、小さいトラブルとか面倒な事とかあるにはあるけど、そんなものは日常の一コマレベルで流せるものだ。
毎日あくせく働いて時々有賀さんとだらっとして、なんかもう今年本当に楽しかったなーって締めくくろうとした年の瀬だったのに。
「…………めっちゃあったまいってえ……」
いつもの隙間風が寒いスワンハイツの一室で、ジンジャーティーを出してくれた有賀さんは、斜向かいで首を傾げたようだった。
「え。風邪? じゃないよね、サクラちゃん具合悪い時はウチ来ないもんねぇ。実家でなんかあったの? お正月やっぱり帰んなきゃ駄目になった?」
「いやそれは平気……毎年ろくに帰って無いし、どっちかって言ったら盆の方が大事だっつー家だから。正月だらだらする時間は確保してきたんだけどさ、あのさー……思いもよらず親族一同集まっててさー……」
年末進行でくそ程忙しそうな有賀デザイン事務所とは違い、従業員二名の里倉工務店はきっかりしっかり二十六日に仕事を収めた。
正直週明けまで仕事が終わらない気配がする、という有賀さんに土日なんかなくて、じゃあまあ暇だし正月帰るつもりもないしと、この週末久しぶりに実家に帰ることにしたわけだ。
俺の両親は結構静かな人達で、口うるさく顔を見せろと言うタイプじゃない。
それに甘えてここ数年は夏に顔を見せる程度だった。墓参りして、夕飯食べて帰るくらいで、あとは世間話をする程度だ。
今回もまあそんな感じだろうなーと思って軽い気持ちと軽い荷物で帰省した俺を待っていたのは、オカンの妹夫婦とその息子夫妻と親父の姉とその娘というなんかもう全力で会いたくない親戚コンボだった。
俺はうちの両親好きだけど、この両親の姉やら妹やらは非常に苦手だ。
寡黙な父と静かな母は、どうも、この口うるさい親戚に弱い。それでも一番でかい家に住んでいるのがうちの両親なもんで、結局なにかあると我が家に集う形になるらしい。
玄関に溢れる靴を見て、帰って一分で引き返したくなった。
それでもまあ、良い歳した男が親戚に挨拶もできないっていうのアレだろ、と自分を叱咤しそしてゆっくりと恋人と過ごす正月を確保するため気合いを入れて居間の扉を開いたわけなんだけど。
「もうだめ……俺のライフゼロだよ……どうせ俺は三十路にもなって結婚もしないぼんくら息子だよ……両親には悪いと思ってるよ…………」
有賀さんちの机に突っ伏しながらブツブツと弱音を吐けば、あったかい梅酒飲んでた家主が『あー……』とお察し的な声をあげた。
「……まあ、この年になるとね。親はともかく親類は、っていうの、わかんなくもないねぇ。僕はもうこの外見だから、親類一同諦めちゃってる感じあるけどさ」
「え、どういうことよ。イケメンすぎるから?」
「違う違う。一般的じゃないでしょ二十八歳で金髪だよ僕。しかも会社員とかでもないし。もうなんか、一生一人身か、いつか勝手に海外の女優と結婚しそう、とか言われたねぇ」
「……あー……しそう…………」
「しませんよ。海外の女優よりも好きな人が居ますんで。……ちょっとお酒入れようか? サクラちゃん別に明日予定ないでしょ?」
俺にでろ甘い有賀さんは、うだうだ言ってる俺のジンジャーティーにブランデーを垂らしてくれる。甘い匂いの酒が入ったそれは、一口含むとふわっと優しい味が広がった。
有賀さんは昨日仕事収めで、今日はずっと部屋の掃除をしていたらしい。
週末親族に拘束されて今帰って来たばっかりの俺は、ちょっと奇麗になったスワンハイツで恋人にうだうだ親類の愚痴をこぼしているわけだ。
折角二人とも年末年始がっつり休みなのに。
有賀さん、結構うきうき待っててくれた筈なのに。
そう思うと申し訳なさもこみ上げて来てもう駄目で、久しぶりに全力で鬱気分が襲ってきた。
ここんとこ、縁のなかった感情だ。
憂鬱って奴はいきなり襲ってきて、そんで暫く滞在するけど、俺の場合は大概寝て起きたら前向きになれる。でも寝て起きるまでの時間がもったいなくて、だって今そこに有賀さん居るのに俺だけこんな鬱々してんのすごく申し訳なくて、微笑んで俺の愚痴聞いてくれるのが申し訳なくて、でもそんな有賀さんがすんごい好きでちょっと泣きそうになってしまった。
「……ごめん。こんな話するつもりじゃなかったっていうかうだうだするつもりもなくて、折角休みなのに、もーごめ……」
ブランデーを垂らすついでに隣に座った有賀さんの肩に額を押し付ける。
有賀さんの低めの体温が気持ち良くてまた泣きそうになって、深呼吸したらちょっと生姜の匂いがして涙腺がやばくなった。
それなのに甘ったるい有賀さんは俺の頭を優しく撫でてくれる。
「え。別に僕は構わないし、僕でよければいくらでも話聞くし、正直ね、そうやってうだうだしてくれるの、すごくうれしいです」
「……あー。有賀さんってそうだよなぁ。なんかもう、そこまで含めて申し訳ない。俺多分、甘えたいだけだもんこれ……」
「甘えたらいいでしょ。だって別に誰が見てるわけでもないし、僕ほら金髪で駄目な社長だけどさ、一応恋人なわけじゃない。ご飯作っていちゃいちゃする以外にも恋人らしいことさせてもらって今すごくうれしいよ。……愚痴とかそういうの、サクラちゃんあんまり言わないでしょ?」
「言わない。有賀さんにしか言わない」
「……サクラちゃんの言葉はいつだって僕に甘い」
そういう風に、俺の馬鹿正直な言葉を甘いって言ってくれるのは、それを受け取るのが有賀さんだからだ。
やっぱり俺はこの人が好きで、他の人とか今のところ考えられなくて、毎日隣に居るのが当たり前になって来てて、別れて誰かと結婚しろとか言われても絶対無理だな、それで両親泣かせても無理だなって思ってしまって胃がぎゅっとした。
家庭を持って、子供を育てるのが親への恩返しだと言われた。
それが社会の義務だと言われた。
自分が楽しければそれでいいなんて甘えだと言われた。
そんな端的な言葉じゃなかったけど、まあ、概ねこんなところだ。
まあ、そうだよなーって思って、反論できなくて、でも俺はゲイだし絶対に結婚はできないし、そう思ったら急に両親に申し訳なくなって、じゃあカミングアウトするかと言えばそんな勇気もなくて、結婚できる未来がない恋人と付き合ってんのってなんでだろうなーとかそんなとこまで思考が飛んじゃって、もうだめだ。
でもさ、俺やっぱり有賀さんが好きだよ。
結婚できなくても、子供ができなくても、有賀さんがふんわり笑ってお帰りって言ってくれるスワンハイツが好きだし、この人が居ない生活なんてもう思い出せない。
鬱々とそんな事を吐きだすと、頭をぎゅっと抱きこめられて、サクラちゃんは真面目だよね、と優しく背中を撫でられた。
やめろまじで泣きそうだからもう、ばか、やめろ。
「その真面目なところがすごく好きなんだけどね、真面目すぎてたぶん、いろいろ考えちゃうんだよねぇ……」
「いやでも、ぶっちゃけしゃーないもんはしゃーない、って一応納得はしてるから多分寝たらすっきり気持ち切り替わるんだよ知ってんだよそれは……だからなんか、今この、あーあーって鬱ってる時間が勿体無いっていうか申し訳ないっていうか……でも鬱ってるから今日は帰るね、とかそんな殊勝なこと言えない俺っていうか……」
「え。嫌だよ帰さないよ僕がどんだけうきうきしながら大掃除こなしたと思ってるの。今日から年明けまでサクラちゃん帰す気なんか一切ないよ。この部屋から一人で出る時は僕を倒してからじゃないと許さない」
「ふは、弱そ……っ」
「……強さは腕力だけじゃないんですよ」
そう言って有賀さんは流れる動作で俺の顎に手を掛けて、ゆっくりと甘ったるいキスをしかけてきた。
あー……もう、このタイミングとか、最高に好きだ。甘いし、痒いし、その上優しい。
とろっとろのキスを堪能しながら腰を抱かれて、俺の方もなんか胸いっぱいになっちゃって首に手を回して縋りついた。
いつも好きだな好きだなーって結構隠さず思ってるけど、今日は特に依存しちゃってる気がする。でも、好きなもんはしゃーないよ。だって俺、有賀さんが好きだもん。
「…………サクラちゃんが僕を捨てて結婚しますって言ったら、僕ストーカーになるかもしれない」
唇を離してそんな事を至近距離で言うもんだから、おいやめろかわいいし泣きそうになるだろうがって耳を引っ掻いた。
「しないよ。俺結婚するなら有賀さんがいいよ」
「……いますごく嬉しくなってこのまま押し倒しそうになった」
「あれ、珍しく即物的ですね」
「即物的にもなりますよ何日我慢したと思ってるの。別にねぇ、お付き合いの全てが性的なことじゃないですけどね、好きな人が腕の中に居てこんなに密着してればそりゃあ、そういうアレに僕だってなります」
「しれっとした顔で欲情しちゃう有賀さん好き」
ちょっと気分が浮上してきた俺だって即物的だ。話を聞いてくれて、呑み込んでくれて、そんで抱きしめてくれる有賀さんはやっぱり貴重な恋人だと思う。
だらだらとキスを繰り返す合間に、ちょっと甘えるように首筋に頬をすり寄せた。
「もうあれだ、有賀さん三浦将人になったらいいじゃん……」
「あ、僕がお嫁さんの方なんだ?」
「いやどっちでもいいけど有賀さんちの戸籍になんかこんなどこの骨かもわかんないゲイ男突っ込むのもアレかなって思って。あーいやでも一人息子かっさらうのもアレかー……あーあーでもだめ結婚して幸せになってねとか言えねーもん俺と一緒じゃなきゃ嫌」
「……耳が幸せで顔が崩れそうだよ。弱ってるサクラちゃんってさ、僕にでろ甘いよねぇ。ていうか存外に愛されてるなぁって実感する。弱ってる状態のサクラちゃんはすごく可哀想なんだけど、ちょっと、かわいいなって思っちゃうなー……」
「わかるわかる。仕事で疲れてへろへろしながらサクラちゃんぎゅっとして、って手―伸ばしてくる有賀さん死ぬほどかわいいもん」
「疲れてると好きな人に抱きしめられたくなるんですよ」
「わかりますよ。俺だってそうですよ」
「抱きしめるだけで満足?」
「……キスしてくれると尚嬉しい」
えへへと笑った有賀さんは、もうこの一年で一番なんじゃないかってくらい甘くて優しくてとろとろした顔で笑って、俺の鼻先にリップ音を残した。
「…………だめな大人だなー。今幸せでなんか、どうでもよくなっちゃうわこれ……」
「だめだねぇ。駄目だけど、僕もそうだから弁解も擁護もできないねぇ」
「来世できっと業を背負うわこれ」
「輪廻転生って仏教?」
「わっかんねー。カルマ? インド? 仏教? わっかんねーけど今幸せな分後で泣いても構わないってくらいにはアンタのこと離す気ないよ」
「奇遇だね、僕もだよ」
駄目な大人で世界中の人に申し訳ないけどさ。
今だけは好きな人と二人きりの幸せな年末を満喫させてよって、鬱な理性を押しやって、有賀さんのあったかい首筋に抱きついて何度目かわからないキスをした。
三浦将人も、有賀桜介も舌がちょっともだもだする。
俺は断然三浦将人派だけど。そう笑ったら、有賀さんは『ふつつか者ですが』と笑った。
たぶん、本当に姓が一緒になることはないんだけどさ。でもなんか、とりあえずこの先オッサンになってもじいさんになっても、有賀さんと一緒に居たいなぁって思うから、一生ものの人なんだと実感した。
世界全部を敵にしても、俺、この人が好きだなぁ。
end
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