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花と告白(有賀×桜介)

「……すっごい。すっごいうっすい。俺これ初めて見た」 でっかい青い模様が描いてある皿に花みたいに盛りつけられているフグのお造りはよくテレビで出てくるあのアレ、そのままで、思わず子供みたいな感嘆をあげてしまった。 三十路超えてるのに恥ずかしい、と思ったのは一瞬だ。 これが友人や仕事の付き合いだったらもうちょっと自重するけど、今は個室の座敷に有賀さんと二人きりだ。なんかもう、今更恥ずかしいとか無い。 むしろ格好つけて冷静を装うよりも、素直に感動した方が有賀さんは喜んでくれる。何といっても今日は俺のあんまり数えたくない誕生日だった。 年越し前からスワンハイツに上がり込んで、だらだら飯食ったり飯作ったりミカン食べたりDVD見たりちょっとアレなことしちゃったりしつつ、甘ったるく年越しをした。そんで今日になった瞬間にめっちゃ甘ったるく祝われた。 まあ有賀さんのことだから、きっとなんか用意してるんだろうなーと思っていたら、夕方連れ出されてちょっと見たこと無いような高級っぽい料亭に連れ込まれ、あれよあれよと言う間に酒とフグ料理を並べられた。 良く見るあのうっすいお造りに、フグの唐揚げに、煮こごりに、白子焼き、そんで中央の鍋にはふぐちりが控えている。 普段ならこれいくらかかったの何トチ狂ってんのって一回呆れるところだけど、まあ、今日くらいは全力で金使われてもいいかなぁって思ってしまって、痒い気分を押し込めつつありがとうって笑った。 「なにこれめっちゃうまい。やばい。唐揚げやばい。……有賀さんフグ好きなん?」 「え。えー、まあ、嫌いじゃないけどあんまり個人的に食べようって思ってこういうところに来ることはないかなぁ。誰かに連れていかれて接待半分とかで食べてばっかりでね。まあ、おいしいんだけど酔えないし面倒だし」 「なんかさー俺今日外でご飯だからって言われた時にやべえレストランか!? ってちょっと身構えちゃったんだけど、違った。まさかのフグだった」 「一回サクラちゃんと来たいなぁって思ってたのもあるけど、この前テレビか旅行雑誌か何か見てた時にフグづくしいいなーって言ってたよね?」 「……言ったかも。あの刺身食べたこと無いわーって、言ったかも」 「ほら。ね? じゃあ食べさせてあげなきゃって思うじゃない。でもサクラちゃん普通にこういうとこ来るとおごらせてくれないじゃない。じゃあもう、誕生日しかないなーって。……おいしい?」 そんな風にとろっとろの笑顔で首傾げて聞いてくる有賀さんはなんかもう本当に幸せ溢れてるのが目に見えていて、あーもうそんな面惜しげもなく晒してこのやろう店の人に関係性を疑われるだろうがってそんなどうでもいい事を考えてしまうくらいかわいい。 一瞬フグとかどうでも良くなるほど幸せ気分になってしまう。 年末からずっと甘ったるかったお陰さまで、どうも、外に出た時の対応を忘れているみたいだ。有賀さんはまあ、あれだ、結構何処でもフラットに痒いけど、俺の方が駄目。もう全然ダメ。どう見てもお付き合い良好なゲイカップルだったと思う。 だってこんなの嬉しいし楽しいし美味しいし、どう頑張っても顔が綻ぶ。 甘く冷えた日本酒まで美味しくて、珍しく結構ちゃんと飲んでしまった。有賀さんは気が付いたら途中から白ワインになってたけど。ちょっとだけ舐めさせてもらったそれも、案外フグに合って美味しい。 こんなうまいもの食べたらもう家でうどんとか食えないかもしれない、ってくらい満腹になるまで堪能し、出汁の効いた雑炊まできっちり食べきった。 フグの匂いってすごく甘くて不思議だ。魚ってこんなに良い匂いするの? ってびっくりした。そこらへんに売ってる干物とはやっぱりわけが違うらしい。 伝票見るのはマナー違反だろうから見なかったし、カードで払ってたからちょっとよくわかんないけど、やっぱり高いんだろうなぁ、って、お店出てからふわふわ歩きながら思った。 嬉しいなーって思う。すごく単純に嬉しい。別に、そこらへんに売ってるチョコとかでも俺はもらえば嬉しいし、普段の有賀さんの料理もめっちゃうまいし嬉しいけど、きちんと席を設けてくれて、美味しいものをゆっくり食べるっていう場を作ってくれることが嬉しかった。 正直三十も過ぎると、誕生日って言っても大してわくわくしたりはしない。 でも、なんかこう、こんなに嬉しいの久しぶりだ。 来年も有賀さんに祝われたいなーなんて、ちょっとおこがましい上に珍しい事を言ったのは、多分酔ってたからだと思う。 「……今日はサクラちゃんのお祝いの日なのに、僕が嬉しくなっちゃうね。そうだね、何があるかなんてわからないけどさ、僕的にはとりあえず暫くは祝わせてもらう気でいるよ。食べたいものもたくさんあるし、行きたいところもたくさんあるし」 「あ、俺牡蠣食べたい、牡蠣。海のものにあんまり縁がなくてさー、好きなんだけどね? なんかどっかで生牡蠣食べ放題みたいなのやってたよなーちょう行きたい。あと飛騨高山行きたい。さるぼぼほしい」 「サクラちゃんちょっと変なもの好きだよね……? まあ、さるぼぼは僕もちょっとほしいけど、飛騨牛もいいよねぇ。朴葉味噌好きだなー」 「土産でもらったことあるけど実際その場で食ったことないんだわそれ」 「じゃあ次に旅行に行くのは高山かな。日光とかも好きだけど。紅葉の時期にドライブがてら行くのもいいよね。僕はそのー、助手席なんですけどね」 「ふはは、いいよ俺運転するよ。運転好きだし、車の旅行っていいじゃん。ずっと二人きりだよ」 コンビニに寄りたかったから、タクシーを途中で降りて、暗くて寒い道をだらだらと二人で歩いた。 スワンハイツへの道は、もうすっかり慣れ親しんだ道になってしまった。 桜が咲いたら今年こそは花見しようなって言って笑ったら、有賀さんに袖を引かれて立ち止った。 どうしたの? って見上げると、夜に慣れた視界の中で、ふんわりと有賀さんが笑う。 「……桜の季節まで、待とうと思ったんだけどね。だめだね、僕は本当に我慢が出来ないなぁって、ちょっと自分でも、恥ずかしいって思うよ」 手を掴まれて、なんか妙に気恥ずかしそうな有賀さんに見惚れてたら、左手の薬指にあったかい何かを嵌められた。 あ。これ、指輪だ。 って、わかったのは数秒後で、それがわかったら今度はもうなんか、どうしていいかわかんなくなって心臓の音ばっかり聞いてた。 なにこれ。なんだこれ。なんでこんなに泣きそうなんだろ俺、あはは。 俺だって、有賀さんにシルバーリング贈ってるのに。 いやあれは、その、あまりにもいろんなところで求婚されたりなんだりと、オンナノコにモテまくる妙齢のイケメンの厄払いに、と思っただけでたいしたソレでも、ないんだけど。 ……やめてよなんだこれ泣くだろ馬鹿。 「普段はね、仕事中はつけれないと思うし、多分、お得意さんとか目ざといだろうし。だからチェーンも一緒に買ったんだけど。いや別にあの、ずっと身につけててよとかそんな重いことは言わないつもりだけど、ええと、あー……うん、……ごめん、本音はね、ずっと、つけててほしいかなって」 「…………えっと。……あー……はは、なんか、あの、プロポーズみたいっすね……」 「していいならするけどさ。それはもうちょっと後じゃないと、サクラちゃん了解してくれないでしょ。だから、なんていうか、これは恋人のちょっと気障な我儘かな」 もらってくれる? なんて、視線を落として結構真剣に見つめられて、笑って誤魔化せるわけがない。 こんなのさ、ドラマか映画かよって思うし、流石に気障すぎるだろって思うのに、本当に泣きそうで涙こらえるのに必死だった。 ずるいなぁ有賀さんって本当にずるい。 イケメンなのにちょっと駄目で、頭いいのにちょっと残念で、そんで、気障なのに正直で、ずるい。こんなの感動しちゃうって話だ。べったべたなプレゼントなのに、有賀さんの言葉はいつも通り柔らかくて正直すぎて、だから俺も冗談っぽく誤魔化せない。 「……ありがとう。……どうしよう、やばい、泣く」 「え。え? うそ、うわぁ、嬉しい。ほんと? ちょっと、流石に引かれるかなぁって、結構ドキドキしてたんだけど。いや流石に別れるとかそういう話にはならないとは思ってたけどなんていうか、有賀さん大げさだよなーとか、苦笑いで受け取ってもらえるシュミレーションしかしてなくて」 「なんでだよ。こんなんめっちゃうれしいに決まってんじゃん馬鹿。だってこれ有賀さんにあげた奴とペアじゃん……」 「あ、うん、結構さっくりバレたねぇ……同じ奴探すの大変だったし、思ってたより高くてちょっと嬉しかったりしたんだよね。僕あんまりアクセ系には詳しくなくてね。事務所一同巻き込んじゃったよ」 「……後で椎葉さんとかに愚痴られる気がするけどまあいいや今幸せだからとりあえず考えない事にするわ……あーあーもう、ばか。ばか。すき。なんだよーもーどんだけたらしこむ気だよ……もうこれ以上絶対好きになる余裕なんかないくらいさ、普通に有賀さん一生ものの人だって思ってるのに。どうすんのこれ。死んでも枕元に立ちそうだよ」 「わぁ。幽霊とかはちょっと、好きなお話じゃないけど、サクラちゃんなら考えるかな」 寒いから帰ろうかって、指輪した方の左手を握られて、ぎゅっと握り返して肩口にすり寄った。 あんまり普段、外でこういうことしない。 だから一瞬有賀さんビクッとしてたけど、すぐにふんわり笑った気配がして、ちょっとだけかすめるようなキスをされた。 「……お誕生日おめでとうございます。いつまでも僕のこと好きなサクラちゃんでありますように」 「それ、お祝いじゃなくてお願いじゃん……やめろよもーかわいいから……腰抜けそうなんだから」 「そしたらうーん、お姫様だっこはちょっと僕無理そうだからおんぶになるかなぁ。ここからだと何メートルだろ。途中で力尽きたりはしない、と、思うけど」 「普通にその口噤んどきゃいいんだよばーかばーか」 「照れてる時のサクラちゃん、なんていうか、男子高校生っぽくてすっごいかわいいよねー」 アンタの方がかわいいよなんて、もう言い飽きた台詞また吐いて、胸の中にたまった感動とかそういうの、ゆっくりじんわりと深呼吸で吐きだした。 ……ああ、うれしいな、どうしよう。 俺明日から、指輪見る度に心臓煩くなるんだろうなって思って、もうもうほんと、どんな顔していいかわからなかった。 冷たい指先が絡んだこの瞬間が、とんでもなく愛おしかった。 End

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