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寝癖が直らない(唯川×壱)
だから天パって嫌なのよ、って。
「……言ったところで直らないわけなんだよねーねー」
絶望的な気分で職場のでっかい鏡に映る自分を覗きこみつつ、がっつり出てるデコを眺めては溜息を洩らす作業ももう何回目か。憂鬱すぎて逆に笑いがでるレベルだ。
「ゆげちゃん溜息つくのためてって何度言ったらわかんの。しまいにゃ怒るよ」
「だーってぇー見てくださいよーもうほんとおれってばでこっぱちにあわないーめちゃくちゃ似合わないーやだーやだーもう一刻も早く帰りたいー」
「帰りたいってアンタ遅番でしょ……六時から安藤くんの予約も入ってるんでしょ?」
「うう……帰りたいけど壱さん来るたのしみ……でもこんなでこっぱちで会いたくない……」
「どうせ毎日会ってんでしょ……」
「一昨日から会ってませんもんー! なんか壱さん月末処理が終わんないとかでめっちゃ忙しそうでまたサー残の嵐だったんですよー。だから一昨日ぶりなのにおれってばでこっぱち……」
こういう時に鏡だらけの職場で嫌だわーって思っちゃう。
お客様がいつもにこにこ笑って眺めて帰ってくれる大事な姿見だけど、自分が映る瞬間だけはどうも落ち着かない。未だに落ち着かない。そうそう性格とかコンプレックスとかって直らないもんだよねほんと、って呆れてしまうのは常のことだ。
おれは自分の顔があんまり好きじゃなくて、結構無理やり髪の毛明るく染めたりとかパーマかけたりとかアシメにしたりとか笑う練習したりとか、そういう努力しまくってどうにかぎりぎり見れるかなーどうかなーって感じに自分を落ち着かせている感がある。
悪かったのは多分昨日のおれだ。
店が死ぬほど忙しくて眠くて眠くて眠くて眠くて、結局生乾きの頭のまま気を失うようにベッドに倒れ込んでいた。気がついた時には朝で、重い瞼擦って見た鏡には、それはもうとんでもない寝癖状態のおれが映っていたわけだ。
うわーどうしようこれはない流石にないやばいどうしようって焦ってるうちに出勤時間がきて、ろくに直せないままとりあえずヘアバンドひっつかんで家を出た。
隙をみてチーフにシャンプーとセットしてもらおう、と伺ってはいたんだけど、そういう日に限ってお客様が途切れない。
じりじりとタイミングを伺っているうちに陽が沈んでしまって、出したくもないデコを出したまま一昨日ぶりの恋人を迎える事になってしまった。
おずおずとベルを鳴らして扉を開ける壱さんは今日も天使の如く愛おしい。いや、ていうか天使だ。まじ天使。なんで毎回ちょっとそこの段差で躓くんだろうね壱さんね。かわいいからいいんだけど。
相変わらず人間が苦手っぽい壱さんは、サロンの中をぐるっと見渡して他にお客様がいないことを確認してから、ようやくおれの方をみて、そして目を丸くして瞬きをした。
あーかわいい。天使。でも天使その反応予想の範疇すぎて泣けるからやめてちょーだい。
「……似合わないデショ。知ってるんだからー」
「え。いや、かっこいいですよ。……あんまり見ない髪型だから、びっくりしただけで……だってお風呂上りそのヘアバンドしてますよね?」
「アレー? バレテター」
思い返せばそういえば化粧水つけるときにしてるかもしんない。
化粧水なんてそんな女々しいモノってたまにいわれるけど、あんまり肌が強くないおれはすぐに肌荒れするから昔っから必須アイテムだった。
最近は壱さんにも付けてあげるのがたのしくて、風呂上りのいちゃいちゃタイムの一環になってるけど。
でもやっぱり、きちんと洋服コーディネートしてる時にでこっぱちって、あんまりないし、自分でも気に入って無いから嫌だ。
「気に入って無いのに、その髪型なんですか?」
さらりときれいな黒髪を揺らして首を傾げる天使につられて、おれも首を傾げてしまう。
とりあえず椅子に座らせたから、鏡越しに視線を合わせた。
「だってー。寝癖がねー、直らなかったんだものー」
「……なにそれ。かわいい」
「え。かわいいかな。……かわいいかな?」
「かわいいですよ。ていうか、本当にお世辞じゃなくてその髪型も格好良くて好きなんですけど、ええと……あー、でも、俺、結構唯川さんならなんでも格好いいしかわいいって思っちゃうから、あんまりあてにならないかも」
そんな風にふふふと笑うもんだからおれってばもう鏡で見ててもわかるくらいに赤面しちゃって本当に他のお客様居なくてよかったよもーもー壱さんまじ天使馬鹿好きってキスしそうになって後ろの方から生ぬるい目線を送ってくる由梨音チーフに気が付いてぐっと堪えた。
でも衝動が指先までじわじわくるの。
だから髪の毛くしゃくしゃってして、後頭部にキスをした。
「……寝癖ついててもすき?」
「すきですよ。寝癖ついてなくてもついてても。ちょっと見たかったな。唯川さんの寝癖」
「やーだよー格好悪いもん」
「そうやってお風呂上りも髪の毛乾かして出てきちゃうし」
「だっておれ髪の毛重いからさー、お化けみたいになっちゃうの。壱さんにコワイとかキモイとか思われたら死んじゃうもん。やだやだ。絶対やだ」
「……絶対かわいいのに。今度、髪の毛乾かしたいです。俺そういうのやったことないから、恋人の髪の毛にドライヤーかけるのとか、ちょっとやってみたい」
「…………ずっるー……」
そんな風に笑われたら、断れる筈もない。
なんでオトコノコってハジメテとかいう単語に弱いんだろうね? これは多分おれだけじゃない筈だ。絶対に。世界人類の大半に通用するルールだと信じてる。
「じゃあ壱さんの髪の毛もおれが乾かすからね。すっげーさらさらにブローしちゃるんだからー」
楽しみにしてます、と笑われて、あーもうほんとこの天使は何者なのいや壱さんは壱さんでおれの恋人なんですけどって、あったかくなった指先で髪の毛さらさら撫でながら思った。
明日も寝癖が直らないと困るから、今日は恋人に髪の毛乾かしてもらうことにした。
……なんかよくわかんないけど幸せだからもういいやって、思っちゃえるからおれってばお手軽ね。
でもそんなお手軽なおれが良いって言ってくれる壱さんが大好きよ。
End
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