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花と豆と病のはなし 01

触れる病と撮る病  唯川聖は笑顔とテンションのわりに人間がそんなに好きじゃない。  というのはおれを知る周りの人間は結構知ってて、チーフなんかは『ほんとゆげちゃん人間不信だよねそれでも髪の毛マニアから少々脱却できただけまあマシかもしれないけど』なんて言っちゃうくらいだし、未だにちょこちょこ通っている木ノ瀬メンタルクリニックの主治医様も苦笑いで『これはもう唯川くんの性格だよね』とか言っちゃう程だ。  自覚あるけど友達居ない。人間って怖い。何考えてるのかよくわっかんないし、思考回路読み取りながら会話するのもすんごい疲れる。  だからなんとなく適当なことだらだら連ねてればそれでいい『サロンのお客様』は別として、他人と長時間一緒に居るってことが実のところ苦痛だった。  一回受け入れちゃえば唯川くんはすごくよく懐く猫なのにね、なんて木ノ瀬先生には言われたけども。猫かなーどうかなー壱さんはすごくにゃんこだと思うけどなーどうだろう。顔は猫っぽいかもしれないけどね。猫っていうかでかいからヒョウとかあのへんかなーあんなに獰猛っていうか肉食系じゃないけどさ。  なんてことをぼんやり考えてたら赤信号にそのまま突っ込んで行きそうになって隣の男子に腕取られて止められた。 「……っくりしたー……信号赤っすよ……」  わお。軽率に命を救われちゃった。ていうかそう言えば一人じゃなかった忘れてたーって、慌ててテンションを作る。 「わっは。ありがと倉科くんまじ命の恩人」 「やめてくださいようっかりにも程があるでしょ。ぼんやりしてんなーとは思ってましたけど、飲み過ぎたんすか?」 「うーんまあ確かにちょこっといつもよりは飲んでたかなぁーえへへちょっと注意力散漫」 「……チューハイとミモザで?」 「有賀サーンと倉科クーンと一緒にしないでクダサーイ」  ビールから始まって一通りの酒を飲んで最終的に日本酒飲んでた人達と本当に一緒にしないでもらいたいですね。おれは確かに弱い方だけど、それにしても顔色一つ変えない有賀さんと倉科くんはきっとバケモノの一種だと思う。  たまたま暇で、たまたま有賀さんに用事があったから連絡取ったついでに思い立って飲みに誘ったら、思ったよりさくっと了解が取れてしまったのが昼前の事だ。  おれは結構有賀さんが好きで、多分それはあの人が『気に入った人間は全面的に好き』っていう人種だって知ってるからだ。ちょこっと下世話なご相談があったので召集したんだけど、そういえば有賀さんちの新人バイト君も恋人居たじゃん? と思い出して本当にノリとテンションだけで倉科くんも召集してしまった。  有賀さんに紹介されて、二回程倉科くんの頭を染めたことがある。その時は店だったし、おれもお客様用テンションだったから問題なかった。いや別に今日だって何の問題もなく普通に楽しかったけどね?  ただ、それって有賀さんのお力もやっぱり影響していたわけで。  ……飲み会終了していざ帰ろうって時に、迎えが来るからと駅とは反対方向に歩いて行ってしまった有賀さんに置き去りにされたおれと倉科くんは、なんとなーく微妙な雰囲気になってしまったわけであります。  正直おれは倉科くんがよくわかんない。  見た目怖いし、絶対元ヤンだし、その割に店員さんとかにかける声の感じからしてコミュ力高そうだし、カノジョとも順風満帆そうだし。きっとすんごいアウトドアっていうかお外向きの趣味とかあって、そんで友達いっぱい居るんでしょーうわーおれと正反対ーとか思っちゃうから最初からカベを作ってるおれが悪いんだろうなってことはわかっている。  わかっているけど怖いんだものピンク髪男子。  いやおれが誘ったし今日も散々相談のってもらったしたくさん会話したのですけれど!  やっぱりグループでの会話と、一対一での会話って、別モノだと思う。  とりあえず駅まで歩きつつやだーどうしようー何喋ったらいいのーていうかおれそういえば人間苦手だったわーなんてこと思い出してたらさっきの横断歩道事件になってしまったわけだ。前方不注意は話題の救世主だ。身体を張って沈黙を破ってしまった。そんなつもりなかった。あはは。  なんだったらもうちょっと飲んどけばよかったな。年末目の前の世界は肌が痛くなる程寒くて、ほろ酔い気分もぶっ飛んじゃう。冷静になっちゃうと余計に、あーなんか喋んなきゃだよね? なんて焦っちゃって、えーとえーとと話題を探す。  だめだよおれ基本世界に興味ないし最近は壱さんかわいいなーって思いながら日々を消費してるだけだしチェックしてるのって仕事に必要な女性誌だけだしだめだまじだめ、ピンク髪男子と共通の話題があるとは思えない。  ぐるぐる、一人でテンパって真っ赤な歩行者信号眺めてたら、倉科くんがにやにやしているのが目に入った。  え。何。なにか面白いことありましたかね倉科青年。 「…………猫っすね、唯川サン。人間ちょう苦手でしょ」 「え。……え? うっそ、あ、ごめん気まずい感じだった!?」 「いやおれは別に気まずくないっすけど、そうやって他人に気を使うタイプに見えない顔してっから、なんか、毎日大変なんだろうなーとか思って。別におれに気ぃ使わなくていいっすよ。おれ、嫌ならマジでなんとなく理由つけて帰るタイプなんで。普通に今日楽しかったし」  見た目滅茶苦茶とっつきにくいのはキミもだよって思ったけど、その時のおれはなんかもう、うわー倉科クンったらイケメンっていうかやだ普通に楽しかったとかおれだって普通に嬉しいしめっちゃ楽しかったもんなんていう感動が襲ってきて、うまく言葉が出なかった。  あー、すんごい、この子めっちゃ周り見る子だ。ぼんやり一歩引いてるだけじゃなくて、ちゃんと判断して、そんで世界に合わせることができるんだ。  すごい、って思った。素直にすごいなって思って、顔凝視しちゃって、横断歩道前で見つめあうなんていうホモみたいなことしちゃった。  あ、いやおれはホモなんですけど現状。壱さん以外にいまのところ恋愛的ときめきは感じないけど。 「……なんすか?」 「いや、あの、ちょっと感動を……うわーすごいね倉科クンってさ、すんごいね。きもちいい言葉っていうか、適切な言葉? 選ぶの、すんごいうまそう。そんで、それが嘘じゃないんだろうなって、思って。……有賀さんとは別口のタラシなぁーって感動してたのー」 「え、ちょ、あんな世界人類タラシまくってる男と一緒にしないでくださいよ……おれはちゃんと選んでますし」 「えへへ。じゃあおれ選ばれたんだーうれしいなー」 「……唯川さんチョロくないっすか? おれの周りまじチョロい人間ばっかなんだけど大丈夫か……」 「ソレ多分周りがチョロいんじゃなくてさー倉科くんが良いやつだからだわー。おれ、普段すんごいガード硬いし。人間わっかんねーって思ってるし二人になった途端、何喋ったらいいんだよ~ってパニくるタイプ」 「みえねーっすけどね、まーそうだろうなーとは思ってた」 「うふふばれてたー」  多分おれがわかりやすいっていうよりは、倉科くんがそういうの見抜くのうまいんだと思う。なんか喋りやすい方かもとは思っていたけど、有賀さんのオトモダチっていう安心感があるからかなって考察していた。どうやらそれは違っていて、ただ単に、倉科青年がめっちゃイイ奴っていうことだったみたいです。  急に肩が軽くなった気がした。外に居る時はどうしても顔に力入っちゃうんだけど、その変な力もさくっと抜けた気がした。  テンション作んなくてもいいのかーって思ったら、妙に気持ちが楽になって、うっかり普通に笑っちゃう。  こんな風に年下の子にふつーに気を抜いて話すの、もしかしたら倉科くんが初めてかもしれない。チーフとか木ノ瀬先生とか有賀さんとかサクラさんとかは、ほら、年上だから。おれもなんとなく年下男子っぽくしてればいいのかなーっていう感じなんだけど。  壱さんも年下だけど、気を許しあう前にうっかりガチ恋しちゃったからなんかずっとテンパってたし。そう考えると、あれ、おれもしかして今普通に友達と喋ってる感じなんじゃない? というトンデモ事実に気が付いてしまう。  わお。びっくりしすぎてこれは次回木ノ瀬先生に会った時にご報告ネタだ。あと本当に倉科くんはイイ奴に違いないからちょっとだけおれも図々しくなっちゃっていいのかなって思って、信号青になって歩きだした倉科くんの隣を歩きつつ顔を覗きこんだ。 「倉科くんってーまだ二十歳過ぎくらいだっけー?」 「はぁ。そっすね。まあ、直属上司が三十路超えてるし周りの人間結構年上なんで、普段はあんま歳意識しないっすけど」 「あー、そんな感じするー。じゃあオトモダチが二十六歳でもおーけー?」 「…………うん?」  すっごい不審そうにこっちを見るけど気にしないことにした。おれはちょっとだけどきどきしている。壱さんに感じたあっついどきどきじゃなくて、なんかこう、爽やかな緊張感。緊張誤魔化して結構本気でにっこり笑う。 「オトモダチになってもらえませんか。おれ、すんごい倉科くんと一緒に居ると楽しいです」 「………………お、おう?」 「え。反応微妙。あ、やっぱ駄目だった? おれちょっとうざかった? そういうんじゃなかった?」 「いや、……別にいいっすけど、あんまりこう、改まって友達になろうぜとか言われたことないんで、ちょっとビビったっつうか」 「あははそうだよねーおれもそう思うしこんなこと言ったのハジメテよー。でもさー、おれ結構連絡無精っていうかメールのタイミングとかわっかんないし、じゃあ次連絡する頃にはさー倉科くんおれのことわすれてるかもしんないじゃん? いやじゃん? 今酔ってるじゃん? 言うしかないじゃん?」 「……アンタ結構テンションで生きてる人だな」 「うふふ正解~だから扱いやすいよおれ。すぐ誤魔化されちゃうから~」  えへえへ笑うと、呆れたような笑顔が返ってくる。わあかっこいい。  さっきまでは倉科くんのお顔ってヤンキーみたいで怖い~とか思ってたのに、おれは本当にテンションに左右されまくる人種だ。自分でもあきれちゃう。でもその時感じたことっていうのはいつだって正直で本当のことで、だから後悔とかはあんまりしない。  おれは倉科くんとどうでもいい話めっちゃしたい。買い物とか行ってあははって笑いたい。たぶんそうしたら、すんごい楽しいだろうから。 「嫌ですかねー? 別に、ホモとかじゃないからさーおれちゃんとすんごい好きな子居るし。ねーねー友達だめですか」  ねーねー纏わりつくと、うざいと一括されるあははひどい!  でもその気安い感じが嫌いじゃなくて自然と笑えた。 「倉科くんひどいー」 「……友達ってのは容赦ないもんっすからね」 「あはは、嬉しい! じゃあシナシナって呼んでいい?」 「調子に乗るとアドレス消す」 「きゃーこわい! なにその脅しシナシナけっこう可愛い人だね!?」 「……携帯にはひじきって登録しときますね」 「え! やだ! それはやだ! 人間じゃないじゃんひじきって海藻だしなんだったら惣菜じゃん!? 普通に唯川さん☆で登録してください倉科くん!」  思わず肘引っ張ったらめっちゃ笑われたから、おれはこっそりシナシナで登録してやろうと思いました。  なんかよくわかんないけど、ノリとテンションと酔いのお陰でトモダチが増えました。  こんなことはおれだって初めてで、帰ったら壱さんに報告しよーと思った。友達できましたなんて、恋人に報告することじゃないのかもしれないけどさ。  だって嬉しいじゃん。壱さんきっと、良かったですねって笑ってくれるもの。すごいかわいいもの。  わぁなんだろう今日楽しいなって、すごく素直に思えたから、人生そんなに悪いことばっかりじゃないのかもしれないし、人間はそんなに怖い人ばっかりじゃないのかもしれない。  チョロい上にテンションで生きてるおれは、そんなお気楽なことを考えながらふわふわしたままスキップみたいに地面を踏んだ。  寒いけど。酔いもすっかり醒めたけど。気分はどうにも上の方でふわふわしていた。

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