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蟻と告白(有賀×桜介)
どうにもそわそわしているな、というのは察していた。
サクラちゃんはいつなん時でも結構フラットというか、緊張したり上がったりしない人だ。肝が据わっているというか。いつも、しっかりと地に足がついていて、気持ちが落ちついている。
僕が何かしら壊しても、苦笑い一つで颯爽と直してくれる。まあ、それは仕事だからと言われてしまえばそれまでなんだけど。
とにかくそんな彼が妙に落ちつかない様子だったから、今日は何かあったかなと思い返してうっかり声に出た。
「あ」
そしていつも通り至近距離でべったりしていたせいで、その呟きをサクラちゃんにも聞かれていた。
「……あ? なに、どうした。仕事かなんかでわすれもん?」
「いや、ちがう、えーと、思い出した、僕明日誕生日だ」
「…………あー。忘れてんのかな、とは、実は思ってた」
「うん。もうこの年になるとっていうか、なんか十二月って忙しいじゃない? あーどうしようもうすぐ今年終わっちゃう嘘だみたいな、そんなせわしなさでうっかり忘れる。僕の誕生日なんかより、あと何日で年末の仕事終わらせなきゃいけないのか的な事の方が気になっちゃって。でもサクラちゃんがなんかそわそわしてたから思い出したよね」
「いや、だって、そわそわするだろ今年の俺の誕生日思い返してみてよ有賀さんフグに冬の寒い道でペアリングで再告白だぞ……ハードルガンあげされた俺の身になってよ……」
「別に、いいのに。いっしょにだらだらできるだけで僕は嬉しいし、オーブンレンジ本当にうれしいし」
去年サクラちゃんが買ってくれた高価なレンジは、今年一年大活用だった。やっぱりオーブン機能が充実していると料理の幅が広がる。クリスマスに鳥も焼けてしまうのだから、オーブンは素晴らしい。
結構高かったのを知っているので、サクラちゃんの去年のプレゼントに不満などないしむしろ申し訳ないくらいだ。とても素敵なプレゼントだったのに。そう笑うと、背中に寄りかかったサクラちゃんがずるずると床に落ちていく。
「だってさーあんなんかっこいいじゃんずっるいじゃーん……つか、有賀さんはずっとかっこいいし、気障だし、ずんるい生き物だけど。もー俺何回泣かされてるんだっつー話だし。俺もフグに負けずにディナーに誘えたら良かったんだけど何も思い浮かばなかったし気が付いたら有賀さんが日曜は鍋をする気でいた……」
「え、鍋ダメだった? みぞれ鍋がどうしても食べたくなっただけだったんだけど」
「おいしかったですごちそうさまでした。そうじゃなくて、そうじゃない、ええと……もうだめずっとそわそわしちゃって全然有賀さん堪能できねーのもういい? もうプレゼント渡しちゃっていい?」
「え、うん。あと三十分は早いけど。別に僕は構わないよ」
十二月七日になるにはまだ三十分ある。けれど、生まれた時間ぴったりに祝うことなんかできないし、誕生日なんて目安みたいなものなんだから僕は別に気にしない。
そわそわしているサクラちゃんは、そわそわに耐えきれなかったらしい。
早く渡してすっきりしたい、なんて可愛いんだか面白いんだかわからないことを言いながら、珍しく掴んできた荷物の中から奇麗に包装された箱を出した。筆箱程度の大きさのそれは、シルバーとブラウンの光沢のある包装紙で包まれていた。リボンは青だ。
なんだろう。少なくともオーブンじゃないのはわかるけど。
そんなに照れて渡すものなんかあるんだろうか。そう思いながら開けて良い? と首を傾げると、すでに恥ずかしさで死にそうになっているらしいサクラちゃんは僕のベッドに突っ伏しながらあーあー唸っていた。
なにそれかわいい。でも僕はサクラちゃんの抱きつく枕を奪って代わりにキスをする前に、この小箱の中身が知りたい。
なるべく丁寧に包装をはぎ取り、中のシックなオレンジの箱から出てきたのは、落ちついた色合いの時計だった。
ちょっとアンティークっぽいデザインだ。女性がしていても不思議じゃない細いラインだけど、色合いが深くて、かわいいというよりはかっこいい。
「わあ。……嬉しい。そういえば僕の時計、そろそろ壊れそうだった。って、話したっけ?」
「いやそれ初耳……じゃあ悩まず時計で良かったんじゃんーほんと本人に言うことじゃないけどそれ選ぶのにめっちゃ時間かかって、いや俺の時間なんて全部有賀さんにあげてもいいし全然問題ないんだけど付き合わせた亮悟と唯川くんにわりと申し訳なかったと言う事をご報告しておきます……万年筆と迷ったんだよ」
「あー欲しいかも。万年筆。でも時計の方が常に身につけられるから嬉しいかな。サクラちゃんに貰った時計して毎日生活できるんでしょ? ……嬉しい。えへへ」
「……俺も嬉しいけど相変わらず有賀さんは何してても俺の事好きすぎてかっゆいな……」
だって好きだから仕方がない。
時計も本当に嬉しい。オーブンだって嬉しい。僕はあまりお世辞がうまくなくて、ちょっと困るプレゼントを貰った時に苦笑いしかできないんだけれど。サクラちゃんから貰うものは全部、きちんと僕の事を考えてくれて、本当に贈りたいと思って悩んでくれているのが分かって嬉しくてずっとにやにやしてしまった。
「いいな。僕も一緒に買い物に行きたかったな」
「えー。まあ、その方が楽っちゃ楽だろうけど。プレゼントってやっぱサプライズ感があった方が贈る方は嬉しいっつーか楽しいっつーか……でもほんっとコレ買うの恥ずかしくて渡すのも恥ずかしくてダメだったわ俺有賀さんみたいにかっこよく素敵にプレゼント渡せないわ……」
「オーブンは普通に渡してくれたのに」
「あれはあれ。これはなんつーか、こう、わかれよー。アクセサリーってめっちゃ恥ずかしいんだよー」
あーあー言いつつ転げる勢いでもだもだしているサクラちゃんがかわいいったらない。
僕はにやにやしただらしない顔のまま、さっそく時計を腕に巻いて、とりあえず記念写真を撮った。
待ち受けにしようかな、と呟くと、毎日つけるのに意味あんのかと笑われる。そのうちに時計はいつの間にか十二時を過ぎていた。
サクラちゃんに出会ってから、二度目の誕生日を迎えた。
僕はついに三十台になってしまったけれど、早く歳取れ追いつけだなんて無茶な事をいう恋人がいるから、いくつになってもだらだらと彼との幸せをかみしめながら生きていきたいなんて事を思う。
「誕生日おめでとう。……有賀さんと一緒に居ると、いっつも幸せだよ」
幸せにする、とか。幸せになろう、とかじゃなくて。
今もう幸せだよって言う彼がかっこよすぎて嬉しくて嬉しくて、僕はだらしない顔のままサクラちゃんを抱きしめて額にキスをした。
確かに、僕も、サクラちゃんと一緒にいると、いつだって幸せだ。
end
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