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夏の夜の小言戯言(海燕×千春)

くそがつくほど暑いのですけれど日本は一体どうなってしまったのかしらぁ、なんてお口からだらだら出ちゃうのですけれど。 「まぁまぁ、文句言ったところで涼しくなるわけでもないんですけーどねー……」 ちらっと確認した時間は十時を過ぎているというのに、時計横の気温表示は依然三十度を下回らない。 下の事務所はまぁまぁ、クーラーを切っても涼しい気がするのに、なんでかボクの部屋は妙に暑い。熱は上に登ってくるものだし、そして何よりボクの部屋のクーラーは絶賛故障中でどうしてか熱風が出る仕様だ。どM歓喜のお部屋になっちゃってまぁまぁ、笑いもでない。 ひと夏に一回は冷房器具が壊れるのだけれど、呪いか何かかもしれない。 「だからおれの部屋で寝たらいいのにって」 だらりと横になるボクの隣で、うちわを持った春さんはいつもの苦笑いで呟く。暑いせいかぐったり気味の春さんは、うっすらと汗ばんでいてちょっとどことかかなりセクシーなのだけれど、今は欲情よりも暑さに対するしんどさの方が勝っていた。 夏は性欲が高まる、みたいなイメージがどうにもあるけど何をするにもまずは体力があってこそだ。指一本動かすのも正直だるいしなにより暑い。とても暑い。それでもどうにか春さんの細い腰を指でなぞって怒られて、ふてくされたボクは扇子を手に取った。 ちなみに扇風機も壊れている。新しいのを買いに行こう、と思ってはいるのだけれど盆休み前の我がツバメキャッシングは若干どころかかなり忙しく終業後もガンガン予定がつまっていてわりと本気で時間がない。 ここのところは面倒で事務所のソファーで寝ていたのだけれど、流石に春さんといちゃいちゃするのに事務所はちょっと……というボクの持ち前の無駄な真面目さで自室に帰って来たものの、やっぱり暑くてだらりとしている所存である。 「だぁってー……春さんのおうち、お隣さんがわりとお元気じゃないですかぁ。ボクねーどうもああいう、隣人さんの気配ってやつが苦手でー……ていうか、まあ、基本全人類の気配が苦手なんですけどねぇうはははは人間不信~」 「ここ、夜になると静かだもんなー。誰も居ないし、隣室があるわけでもないし、四階だし、当たり前なんだけどさ。……新しいクーラーいつ届くんだっけ?」 「らいしゅうのげつようび」 「……カラオケとかファミレスに行く?」 「そこまで涼を優先させるなら事務所かホテルに行きますよー。風があったから、まあいけるかなぁって思ったボクが馬鹿だったんですよねまったくおバカさんだったんですよせめて三十度以下ならぎりぎり寝れるかもなんて思ったんですよていうか春さんをつき合わせてるのが申し訳なくなってきたんでアレです、あのー。……ホテル行きます?」 「んー……おれは、わりと、耐えられる気がする、けど」 「わーお。まじですか。春さん暑さにお強い? 冬もわりと元気じゃなかったです? シャチョーが関節痛で死んでるときにももりもり仕事してましたよねぇ」 そういえば春さんは季節に対して文句を言わない。 ボクはこの通り口からなんでも垂れ流してしまうので、暑いし寒いし臭いし眠いしなんて何も考えずにお口からぼろぼろと出ちゃうのだけれど、春さんはそうじゃない。 最初はこの人ぼんやりしすぎじゃない? なんて思っていたけど実際はそうじゃない事にボクは気が付いた。春さんはぼんやりしているんじゃなくて、強い感情が口から出ない。あと、何に対しても大概肯定的だ。 暑い暑いとうるさいボクの横で春さんは、うちわってなんか懐かしくていいよねなんて笑っているから本当にすごい。すごいしかっこいいしかわいいしボクの語彙力もいまだかつてないくらいに低下しちゃう。 このところ休日も春さんと一緒にだらだらしてしまうから、すっかりジム通いもしなくなってしまった。 別に運動が殊更すきな訳ではない。単に、引きこもりのオタクだと思われるのが癪で、あとは非常にものすごく趣味がなく暇だったという理由で通っていただけだった。 要するにボクは今体力がない。とてもない。 筋肉が暑さに対してどう作用するのかなんて知らないけれど、なんかこう、体力あったほうが暑さに強い……ような、気がしないでもない。いやわかんないけど。わかんないですけどね。 すくなくともこんな風にだらだらと横になっていることもなく精力的に春さんを口説き暑さなどものともせずに汗まみれのセックスに興じていたかもしれない。 すごい。暑さは性欲も殺してくる。春さんがセクシーなのはまがう事無き事実ではあるけれど押し倒してどうこうなんていう気力と体力がないだって暑いんだもの、と、また冒頭のぐちぐちうだうだしたボクに戻るのである。 「あー……あつい……ボク今日昼間ずーっと『熱帯夜 対策』でググっていましたけど、現代科学もうちょっとクーラー以外で頑張ってぇ! って感じでしたーよーねー。竹シーツとか。保冷剤とか。凍らせたペットボトルとか。二千何年だと思ってるんですかもうちょっとハイパーな冷却グッズ出してくださいよって話ですよ」 「ハイパーな冷却グッズがクーラーなんじゃないの?」 「そこまで現代的なものを求めてはいない……」 「我儘だねー……」 苦笑いと一緒に、春さんは首を傾げる。いつもの、ぼんやりした感じの顔だけれど、それがボクにはとても素敵に、そしてとても甘く映る事をきっとこの人は知らないんだろうなぁと思う。 「おれもさらっと調べたけど、寝る前のぬるめの風呂がいいって書いてあったよね」 「あー……ありましたねー……ぬるーいお風呂で体温を上げてぇ、その後ゆっくり体温下がると眠くなるからそのタイミングで寝ろ! みたいな? かんじでした? あれほんとなんです? ボクわりとお風呂後って元気になっちゃう気がするんですけど、そんなゆるーい健康法みたいなのでこの熱帯夜を乗り切れるんです?」 「乗り切れるかどうかはわかんないけど、どうせ暑いってうだうだしてるなら、ちょっとぬるい風呂に一緒に入るのもアリ、ちょ、早い、やる気になるの早い……っ」 「そういうお誘い大好きです非常に素晴らしいですそうしましょう入りましょうお風呂入りましょういやー春さんのおうちじゃなくて良かった良かった隣人さんがいらっしゃる場所だとね、やっぱりね、うん、気を使っちゃうし使わせちゃいますしね?」 「…………急に元気だね」 「いや、中ではしませんけどね。暑いし。痛いし。でも水に濡れた春さんのえっちさを思い出してなんだか急に暑さに殺されていた性欲というか愛みたいなものが復活してきました。いやもちろん常日頃から愛しておりますけれど。なんだろうなぁ……いやー夏は素晴らしいのかしんどいのかわっかんないですねぇ」 「おれは割と好きだよ。ぐったりしてる海燕かわいいから」 そんな風にさらっと笑ったイケメン春さんはさらっとボクの額にちゅーするものだから、もーもーなにこのイケメンなんなのどういうことなのはーしんどいかわいいかっこいいこの人ボクの恋人なんですよすごくないです? ねえねえ、すごくないです? と心の中で喚き叫んで夏に対する小言なんてすっかり掻き消えてしまった。 暑いし。汗でべたべたするし。寝れないし。寝がえりうっても暑いし。だるいし。何をするのも面倒になるけれど。 それでも夏が好きだよなんて言っちゃう春さんは、やっぱりとてもかっこいい。 ボクが夏を愛せるかどうかはともかくね。 End

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