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年の瀬の夜のこと

「有賀さんに連絡取り辛くなると『あ~年の瀬~』って思いますよねぇ」 比較的ぼんやりと手元を眺めていた俺は、いつもよりだらっと発せられた唯川君の声に一秒くらいラグつけてから「っあー」と天を仰いだ。 「わっかる……前よりマシにはなったけど、相変わらずあの人の年末進行やべーもん。もう十二月入ったら休みはないと思えって感じだしなぁ」 「去年はちょいちょい余裕そうでしたけどねぇ。雪ちゃん実家に帰れてたし、シナシナも撮影の方行けたんでしょ?」 「いやおれは事務の方だから年末っていうより年度末要員って感じだし一応ただのバイトだから……桜介さんさっきからそれ見てますけど流石に桁がアレだと思います」 「え、でも似合うでしょ? 似合うでしょあの人に。ほら想像して。想像してよ絶対似合うじゃんこの皮手袋」 「似合いますけど誕生日プレゼントにしちゃあゼロが多すぎると思います。それを贈られた社長が一か月後にお返し買うわけですよ。フグどころの騒ぎじゃなくなりますよマジで」 「あー……それはなーよくないなぁ……んーでも時計も靴もマフラーも一通りこなしたしなぁ。酒はわっかんないしー」 呆れた声の亮悟に手元の手袋を取り上げられる。 確かにちょっと高いなとは思った。思ったけど大した趣味もない俺にとって、一年で一番の出費が実は恋人へのプレゼントだったりするわけで、個人的にあんまり上限金額って奴を設けていない。財布の中に現金ぶちこんでなくっても、現代にはカードっていう大人の味方がいる。 しかし高ければいいわけではない事も心得てはいる。人間何事もギブ&テイクだ。日本人は特にそういうものに煩い。 分相応の贈り物をしなければ、こちらにも分相応ではないものが跳ね返ってくる、という事も知っている。 名残惜しく紳士モノの小物売り場から離れつつ、今日の連れであるデカい二人を見上げた。 まあ俺は割と身長控えめだから横に誰が並ぼうが大体見上げるんだけど。それにしてもこの若者コンビはデカくて目立っておもしろいけど若干ながら腹が立つ。 誰が主催したわけでもない十一月末の集まりは、自然とプレゼント選びが目的になった。特別用事がなくてもなんとなくゲームやったり、何となく出かけたり飯食ったりする仲間がいるって楽しいしありがたいし、そういう奴らに自分の恋人の事を隠さないでいい、っていうのもものすごくありがたい環境だ。 やっぱりほら、恋人へのプレゼントを~なんて話したら普通の人間は問答無用で女性もののアクセサリーや小物をおススメしてくる。 一般的にはそれが当たり前なんだけど、俺の恋人は相変わらず俺より背の高い金髪の社畜王子様なわけで、だらだらと紳士用売り場をはしごしてその上相談にも乗ってくれる唯川&亮悟ペアはやっぱり貴重な友人だ。 金曜夜のショッピングモールは、思っていた以上にファミリーとカップルと女の子たちで溢れている。 まだ雪も降らないってのに、BGMもきらきらした電飾もすっかりクリスマス仕様だ。 「もうあれじゃないっすか。モノじゃなくてなんかこう、メシとか旅行とかそういう方向に舵切ったらいいんじゃないっすか」 アクセサリーショップを流し見て、文房具屋で万年筆を前に一通り唸り、結局食品売り場で酒の瓶を眺めて唸り、どれにも決められずにチェーン店の珈琲ショップに入ってまた唸る。 ちなみにすでに唯川君は壱君用のコートをさっさと買って包んでもらった後だ。 「えー……いや、うーん、それでもいいんだけどやっぱ日程がさー空かないんだよなぁあの人。十二月はほんとダメなんだよ。なんなら一年で一番会わない月だよ」 「師じゃなくて有賀さんが走る月って感じですもんねぇ。時間が合わないとご飯食べに行く事も出来ないですねぇ」 「ほんとにさ。ほんとにそれなんだよ。いやまあ、食事券とか旅行券とかでもいいような気がしないでもないし、それならビール券の方がいいんじゃ……? とか思わなくもないけどやっぱ味気ないし、形に残るものをほら……選びたい…………あーほんと優柔不断でごめんな……」 「え。えーいいですよぅ、サクラさんがそんなうだうだしてるのってめっずらしーいし、おれいつも結構本気でお世話になってますから。何時間でも楽しく付き合いますーねぇシナシナ。楽しいよねぇシナシナ」 「にやにやしてんなひじききめーからもうちょい離れろ。……まあでも、おれなんかでいいならいつでもマジで付き合いますし、確かに桜介さんがハチャメチャうだうだするのって一年でこの時期だけっすからね。貴重な優柔不断な桜介さんを堪能できるチャンスっすからね。おれも何時間でも付き合います」 「……愛されすぎじゃない? 俺きみたちに愛されすぎじゃない?」 「まあ、社長と里倉さんの次くらいにはたぶん桜介さんの事好きですね」 「わー照れるからやめろ……軽率に飯奢りそうになるからやめろ。いや今日は奢る。奢ります。奢るからもうちょいうだうださせて……」 「別に何時間でもうだうだしてていいっすけど、もうちょいでタイムオーバーっすよ」 「タイムオー……うっそもう八時半?」 慌てて時計を探して、表示された時間を見てうっわーと崩れ落ちる。 そりゃデパート二周もすれば時間も過ぎる。このショッピングモールの閉店時間は二十二時だけど、それより先に個人的な時間切れが来てしまった。 「ちなみにさっき終わったって連絡きてたんで、二階の珈琲屋に居ますって連絡済みです」 「おま、なんちゅー事を。ちょっとは時間稼げよ……」 「嫌ですよ。おれ桜介さんの事は愛してますけど社長の事は尊敬してますんで出来うる限りどちらとも仲良くしたい」 「欲張りさんかよー裏切者ーおれはどうしたらいいんだよ有賀さんの誕生日再来週だよー」 「もっかい出かけりゃいいじゃないっすか。なんなら車出しますよおれ今月は暇なんで」 「えーずるーいいきたーい同行したーい祝日! それ祝日にしーましょ! そしたらおれも行くー!」 「いや唯川君いっそがしーだろ無理すんな……クリスマス前の美容師がくそほど忙しいだろ……」 「うちスタッフ増えたのでダイジョウブデース。実はおれもサクラさんと有賀さんがダイスキなのです!」 「知ってる。知ってた。ありがとうございます助かりますっあー……もうほんとどうすっかなー」 「家の鍵でも渡したらいいじゃないですかね」 さらり、と聞こえた亮悟の言葉に、動揺しすぎて一回呼吸が止まりそうになった。 今の俺の家の鍵は、勿論有賀さんは持っている。有賀さんの家の鍵も、俺は預かっているし、お互い半々くらいの頻度で行き来しているから半ば同棲しているも同然だった。そして俺たちとそこそこ仲のいい亮悟は、なんとなくそんな雰囲気を察している。 つまり『家の鍵』というのは、今の家の鍵という意味ではない、ことはわかる。 「………………あー……あーそれは、あの……一緒に住もう的な、新居の鍵ってこと……?」 声にしてみたものの、恥ずかしくてちょっと死にそうで笑って誤魔化したくなる。それなのに亮悟ってやつはいつものさらっとだらっとした表情のない顔で、そうっすよと事も無げに言葉を返した。 「桜介さんちも社長のスワンハイツもえらい狭いじゃないっすか。もう二人で引っ越して住んじまえばいいのにってたぶんお二人以外の大概の人間が思ってますよ、たぶん」 「あーうーん、あー……そう、かな……。そうなんだ……? いやでも、うーん……有賀さん、スワンハイツ気に入ってるしなぁ……」 「つか社長なんであんな半分壊れかけみたいなアパートに住んでんすか」 「まあそれは、こう、色々あって……お金ないってわけじゃなくて、紹介された成り行きでそのまま住み付いちゃったみたいな感じだと思うけどさ」 「じゃあーサクラさんとスワンハイツどっちを選ぶ? って選択肢迫るわけです?」 「………………」 そんな『仕事とあたしどっちを選ぶの!?』みたいな選択肢どうなんだ。 と思ってかたまった後になんか面白くなってふはっと笑って天井を仰いだ、瞬間、後ろから頭をポン、と叩かれた。 そのままぐっと反り返って後ろを向くと、逆さまに映った有賀さんと目が合う。グレーのマフラーがお洒落で最高に格好いい。さらっさらの金髪もやっぱり格好良くて、見慣れていても惚れ惚れした。 どうやら本当に時間切れらしい。 「仕事終わったの? お疲れさん」 「終わってないけど今日はもう終わった事にしちゃった。印刷会社に寄る用事あったし、そのまま直帰でみんなに合流。……楽しそうだけど何の話?」 「いや社長なんでスワンハイツ好きなのかっていうわりとお節介な話題です」 「え。僕の話?」 「つか、住居の話」 「あー……いや、なんでかなぁ。下町ってほら、ちょっと憧れるところあるじゃない。住めば都っていうか、なんだか愛着沸いちゃってね」 なんとなくちゃんと誤魔化してくれるところがさすが亮悟だ。 一緒に住めばいいジャン的な話をしてましたーとか言わないからできる後輩だと感心する。 珈琲を飲み切り、席を立つ。連れ立って店を出ながら、有賀さんはごく自然に俺の首に自分のマフラーを巻いた。 「外結構寒いよ。サクラちゃんそろそろダウン出した方がいいんじゃないかな」 「いやそれが探したけどなくってさ。もしかした有賀さんのコートと一緒に仕舞った?」 「……あ。そうかも。じゃあうちかな。今度見とくね、冬物。この前衣替えした時に出せば良かったねぇ……それかクリスマスに買う?」 「えーいいよ前の奴まだ着れるし。有賀さんが上着選ぶとなんかとんでもねー金額のもの買ってきそう」 自分の買い物を棚に上げてごねる俺の後ろで、若者二人が若干にやにやしている気配がしたが煩い黙れと目だけで睨む。 そんな様子を気にもせず、有賀さんはぼんやりした声を上げつつもさくさく歩いた。 「うーん天袋かなぁーそういえば一緒にクリーニングに出して一緒に仕舞ったような気がしないでもない……天袋開くかな……」 「なに。また立て付けわりーの押し入れ」 「うん。実は最近ちょっと扉が開く」 「…………引っ越したら?」 「うーん。……でもほら、僕が何か壊しても、スワンハイツがちょっとどこか壊れても、サクラちゃんがいつも駆け付けて直してくれるじゃない。あれ、格好良くて好きなんだよね」 ふふふと笑うイケメンにうっかりやられて暫く歩けなくなって、後ろにいた亮悟に支えられた俺の代わりに唯川君が『有賀さんのタラシ! ヒトゴロシ! 手加減して!』と金髪王子を罵倒してくれた。 みんな優しい。そんでもって恋人は相変わらず甘くて、外の寒さなんてどうでもよくなる。 理不尽だなぁと笑っていた有賀さんは、今度は唯川君と連れ立って先を歩き始めた。 「ほんと有賀さんの御言葉ってお酒入りのホットチョコレートって感じですよねぇ信じられない無理無理甘くて溺れて死んじゃうサクラさんほんと心臓つよい……あ、こっちだと思いますよ二本目の道を右」 「恋人にはみんな甘いものだと思うけどね。ええと、四階……五階かな?」 「あったー看板あったー! 鍋! あれだ!」 「カヤさん先に入ってるそうです。って五分前に連絡来てましたすいません今見た」 「雪ちゃんも事務所出たって。安藤君は?」 「壱さんは残念ながら会社の送別会なのでーす。でもこの駅の裏だから二次会あるなら参加できるかもってことなんで間に合いそうならおれ途中で抜けてお迎えいきまーす」 「亮悟、トキくんは?」 「バイトです。まあ、わかってましたけどバイトです。大学生が三日で辞めたそうです。しばらくは年末進行有賀社長状態の社畜みたいですね」 「え、僕今年は平気だよたぶん。たぶんね。たぶんだけど」 「去年もおととしもアンタそう言って十連勤してたよ信じねーぞこの社畜」 あははと笑いながら、ぎゅっとエレベーターに乗り込んで、五階のボタンを誰かが押す。 唯川くんが首を竦めてはぁ、と息を吐く。 「有賀さんに連絡しにくくなるとあー十二月ーって思いますけどぉー、みんなで集まってお鍋食べるのも、あー年の瀬ーって思いますよねぇ」 「忘年会にしちゃあはえーけどな。比較的全員暇っていう奇跡が来月あるとは思えないしな」 「どうせ十二月なんて一瞬で過ぎていくんだから、今月一年の総括したってへーきだろ。あ、有賀さん亮悟と唯川君の分は俺が奢りますんで」 「わーいやったー! でも半額くらいはだしまーす! シナシナーエノキあるかなーエノキー」 「あっても割くな。食いにくい」 「エノキ鍋オイシイじゃない。食べにくくて楽しいよ」 首元に巻いたマフラーを取って有賀さんの首に戻しつつ、プレゼントに悩んで鍋食って忘年会する季節になったんだなぁと実感して、今年は雪あんま降らないといいなぁと思った。 冬が来る。一年が終わって、年が明けたら歳を取って、また新しい一年が始まる。 いつも通りだなぁと思える日常がある事に、ふと感謝したくなるような夜だった。 End

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