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KISS×KISS(ハリー×SJ)

君のせいで僕はすごくキスをされる、と言うものだから。 「何? 待て、いや、何だその話。スタン、とりあえず座って話……キスがなんだって?」 「僕はもう椅子に座ってるよ君こそ座ったらどうなのハニー。いやいいよ、まずはその暑そうな上着を仕舞っちゃってよ」 恋人に言われて、俺はやっと帰宅した間際だったことを思い出した。 去年の夏から新居になっている部屋にただいま、と声を掛けたところだった。 しかしいきなりとんでもない発言をするスタンリーも悪い。いつも通りノートPCを開き何やら資料の様なものを眺めている彼の隣を通り過ぎ、出先から羽織ったままだった長袖のシャツをハンガーにかけ、旅行バッグをベッドの上に投げてからやっと、俺はスタンの横に屈みこみキスができる。 「オーストラリアって今冬なんでしょすごいよねぇ地球ってホント丸いんだねって外国行く度実感しちゃうよねー」 くすぐったそうにお帰り、と笑うスタンは愛おしいが、今は愛おしさよりも先ほどの会話の先の方が重大だ。 「冬と言ってもシドニーは十度くらいだしダウンジャケットを持ちこむ程じゃなかった、いやだから、そんなことは良いんだよ。さっき言った事をもう一度言ってみて、スタン」 「『ハニーのせいで最近やたらと僕はキスされて困る』」 「……できれば俺に理解できるように説明してくれると嬉しい」 「NYのインスタントコーヒーを飲みながら? それともベッドの上で恋人とふれあいながら?」 「…………後者にしよう。安いインスタントコーヒーだとしても、吹き出して家具や服を汚したくはない」 スタンの言葉は時折突拍子もない所に飛び出す。 それはただ単に表現が大げさだったりする場合もあるが、彼の考え方や人格が少々人並み外れているせいで引き起こされる現象である場合もあった。 台所でネズミが出た、というだけでもスタンの言葉にかかれば大ニュースになる。これは言葉の魔術のなせる技だ。彼はどれだけでも大げさに言葉を羅列出来る。 そして台所のネズミが人の言葉を話して友達になってくれたら毎日寂しくないし身体も洗ってあげられるし清潔でキュートで最高なのにねぇ、と続く言葉はスタンの性格が成せる突拍子のなさを現す。 この場合はどちらだろう、と詮索するだけ時間の無駄だし不安の無駄遣いだと言う事を知っている。 話せばいい。訊けばいい。言葉は交わすものであって、勝手に受け取り思い悩むものではない、と最近は前向きになった。勿論それはスタンの影響でもあるが――で、なんだって? 「帰ったらキミとあれもこれもしよう、と飛行機の中で空想にふけっていたけれど、まずは質問責めにしなきゃいけないらしいな。どうして俺のせいでスタンがキスを……、いや、まず最初の質問は『Who?』だな」 ベッドに移動して額に落ちる柔らかい髪をかき上げキスをする。くすぐったそうに笑うスタンは、俺の動揺を少し楽しんでいるようにも見えるが、基本的に言葉で弄ぶような事をしない事も知っている。 スタンの武器は言葉だ。 しかしその武器は他人を傷つける事には使わない。彼の武器は、いつも世界を少しだけユーモアに寛容にするために使われる。 俺をからかう為だけに嘘をつくとは思えないから、キスをされたというのは本当の事なのだろう。では誰と? と訊けば、スタンは易々といろんな人、と答えた。 「……いろんな人……? わかった、黙ろう。俺は質問しないから、キミの言葉でとりあえず説明してくれ」 「説明って難しいよね、ええーと、まずハニーの大ヒット間違いなしの最新映画がこの夏公開でしょ? 勿論そこらへんでバンバントレーラーが放映されてるし、動画サイトの再生率も最高だ、Fo! ってなわけで、僕の持ってる番組でも、僕がチラッと出てる番組でも、僕が出入りするスタジオでもその話は必然的に僕に振られるわけ。『スピーカー・ジャックの恋人の最新作は大注目だね! ところで彼氏の熱いキスシーンをこんなに見せつけられてキミの今の気分はどうなんだい!?』って感じにね。すると僕はこう答える。『勿論嫉妬でメラメラさ! 今は次回作でロケ中の恋人の浮気シーンをこんなに見せつけられるなんて思ってもみなかったよ。でも嫉妬の炎をバケツの水で消しまくってでも見たい映画だからバケツ持って映画館に行かなきゃね!』。……ここまでで質問は?」 「あー……質問は、ない、な。それで?」 「その後は大概悪乗りした同僚か面倒くさいキャストがじゃあSJも浮気しちゃえばいいんだなんて適当な事言って僕のありとあらゆる場所にキスさ! これが残念な事に市民にうけるらしいの。身体を売るのはいやだけど、まあ今だけだしキスくらいならと思うし、いやでもそんなことよりねえ、なんであの映画別にラブストーリーじゃないのに予告動画にキスシーン入ってるのさ! そこは一番おいしい所じゃないの!?」 「……あー……」 なんとも言い難く、暫く天井を見つめてしまう。 それは、確かに俺のせいでスタンがキスされてしまう、という話になるだろう。確かに新作のアドベンチャー映画はやたらとキスシーンが入っている。 主人公は俺ではなく、キスの相手の女性キャストだ。好奇心溢れる貴族の女は、結婚を迫られそれを回避するために無理難題に挑む。そしてその過程で友となる現地のガイドと恋に落ちる。よくある、と言ってしまえば悪く聞こえてしまうが、気持ち良く誰でも楽しめる冒険映画だった。 俺はこの手の大衆映画に出る事は少なかった。 オファーが少なかった事もあるが、ファミリー受けするキャラクターじゃない、と卑下していた部分もある。ゲイだという負い目があったのかもしれない。 いまはそれをオープンにしてしまっているので、それでも声をかけてくれる仕事はできるだけ出ようと心掛けていた。 君にはもっと有名になって、もっともっと稼いで貰って、スウェーデンに家を買って隠居生活の費用をため込んでもらわなきゃ、と笑うスタンの言葉が背中を押した。 全くもって俺は恋人に頼りきりだ。 スタンはいつでも俺に甘い。それに返す言葉がうまいこと見つからない俺は、いつも抱きしめて愛していると言う他ない。 様々な映画に出演するにあたって、個人的にNGにしていた物も解禁した。 それがキスシーンだ。いや、そもそも俺は恋愛が絡むような大役を担う事がほとんどなかった。唯一の恋愛映画である『初恋』も、主人公カップルに横やりを入れ、熱烈に口説くだけの男の役だった。その中にラブシーンもキスシーンもない。 復帰してから、割合いい役を貰っているせいか、女性との絡みも多い。 男の恋人が居る事を公表していて、さらにその相手が素性確かなメディアの顔だとわかっていれば、キスの演技をする相手も妙な心配はいらないので気が楽だ……と、いう話も聞いた。 なるほど、恋人や夫に下手な勘ぐりや嫉妬を入れられることもないのだろう。 スタンはストレートだが俺はゲイなので、俺が女性とキスをしようともスタンは嫉妬をしないものだと思っていた。 「……キミは俺の映画のキスシーンで嫉妬するのか?」 だからその言葉が妙にひっかかった。 俺は心が狭い。自覚がある。スタンが誰とキスをしようが、今のように番組で絡まれて仕方なくキスをしたという告白を聞いただけで彼を抱きしめていないと暴言を吐いてしまいそうな程動揺してしまう。 しかしスタンはそうではない、と勝手に思い込んでいた。 ベッドに乗り上げた俺の膝の上にまたがったスタンは、膝立ちになって俺の両頬を掴む。 ルームライトを背負ったスタンは、逆光で妙にセクシーに見えた。 「嫉妬? するとも! 超するよ馬鹿、僕の心なんて正直うちの洗面台程もないんだって毎日実感してるってのに伝わってなかった!?」 「うちの洗面台が狭いのは、年末にはどうにかしよう……キミは、太平洋程のゆったりした余裕を持っていると勝手に思っていた」 「過大評価っていうかハニーってばほんと盲目っていうか、ほんと君ってば僕の事カミサマみたいに言うの良くないよ、良くない。僕なんて二十七歳のただの駄目な人間。大人ですらないよこんなの。だって日常生活だって君が居ないと怪しいんだ! 全く今まで何して生きてきたんだろうってここ一カ月本当に実感したよ、僕はハニーがおはようって言ってくれないと朝の珈琲も飲みっぱぐれるし、シャワーの修理もできないし、料理は相変わらずできないし、宗教の勧誘も追い返せないんだから!」 機関銃のように言葉を紡ぐが、顔がほんのりと赤い。その上挟まれた両手から伝わる体温がいやに熱く、彼の動揺が手に取る様にわかり、俺も同じく熱を上げるはめになった。 かわいい。愛おしい。他に言葉なんて思いつかない。俺の言葉は武器にすらならないのに愛を語るにも少なすぎる。もどかしくて笑いそうだし泣きそうだ。 スタンの首を優しく招き、額をつけて言葉を返す。 「俺が一緒に居ないと起きれない恋人だなんて最高だな。毎日キスをして起こす時の、キミの眠そうな顔がないと俺はやる気がおきない。そのほかの事は、俺がどうにかしている事でもないだろうが……今日はやけに自虐的に絡むな? 疲れてる?」 「――嫉妬だってば。何回も君と女優とのキスシーン見せられる僕の気持ち慮ってキスしてくれなきゃ僕は今日寝ないからね」 それどころか膝からも降りないぞ、と言われ。 俺が、すました顔をしていられる筈もなく、甘すぎて愛おしすぎる恋人を抱きしめてキスをする理由なんて他にいらなかった。 嫉妬とは、こんなにも可愛い感情だっただろうか。 恋にイカレているという理由以外にも、きっとこの愛おしさの理由はある筈だが、今はそんなことよりも可愛く膨れる恋人にキスをしなければいけなかった。 「…………ん、……、ハニー、あの、」 「…………なに?」 「新しい映画も、キスシーンある?」 キスの合間に問われ、一瞬悩んだ間を聡いスタンは肯定と受け取る。 とたんに腕に力が入り、珍しく自分から身体をすりよせてくるから俺は一カ月ぶりの恋人のあまりの可愛さに卒倒しそうだった。 可愛い恋人は、仕草も可愛い上に、その甘い言葉で俺を虜にする。 「君の出演する映画は全部買わなきゃいけないし全部本当に楽しみなのに、キスのとこだけ僕の嫌な嫉妬心が邪魔してうまく画面が見れないから嫌なんだよ!」 君の映画を楽しませてよ馬鹿脚本め、なんて言うスタンは可愛すぎて何度も馬鹿のように可愛いと言い続けてしまい最後には呆れられてしまった。 君は甘い。キミは俺の事を甘いと言うが、その言葉をそっくりそのまま返すように、膝の上の愛おしい人にキスをした。 end

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