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チョコレートリアル(ハリー×SJ)
「チョコが食べたいときはストレスたまってるときなんだって言ってたのテレビのニュースだっけバラエティだっけマイキーだっけナスチャだっけノーマンだっけキャンディーさんだっけ、いやなんかの雑誌だったかなぁそれともネットかなどうだっけ」
暖かさを共有するベッドの上で、相変わらず仕事中毒な恋人はカタカタとノートパソコンに原稿のようなものを打ちつつそんな言葉を零す。
俺はと言えば、よく文字を打ちながら別の言葉を垂れ流せるな、と呆れながら、休憩だと思うことにして台本から目を上げた。
「あー……聞いたことがあるような気がするな、俺も。ストレスを軽減する物質が入ってるんだか、なんだったか。医学的な事だし、ミスター・アマミヤじゃないのか?」
「うーん。うーんそうだったかなぁ。なんかそういうのノーマンも詳しそう……よくわっかんない雑学妙に知ってるんだよねぇノーマン。仕事柄かなぁあいつ人間とはキャンディーさん以外口もききたくないですみたいな顔してるのに、壮絶なコミュニケーション能力と営業力で売り上げトップクラスの販売員だもんねぇ」
カタカタカタカタと、彼の手は止まらない。
寝る前のひと時を普通の恋人たちはセックスやスキンシップに費やすのかもしれないが、俺と彼は大概はどちらも仕事をしている。
正確には、仕事をしながらスキンシップをしている。
個人的なわがままを言えば、俺は台本ではなくスタンを触りたい。しかしスタンが俺より仕事を優先するので――というわけではなく、単に俺も仕事に追われているから致し方なく、という状態だ。
NICYが企画したサスペンスドラマシリーズは高視聴率を保ったまま無事に最終回を終えた。撮り終わったのは随分と前の事だから、最早俺的には懐かしい代物だ。
あまりにも好評で、さらに珍しく原作者のフォーカスが絶賛しているとあって、続編の話も出ているようだ。勿論、そんな素晴らしい企画があればぜひとも参加したい。――とは思っているが、俺の身体が空くのかどうか、正直若干怪しいのが辛いところだ。
何が幸いしたのかわからないが、現状仕事が飽和している。その身一つが売りなのだから、これは大変ありがたいことだ。ゲイの出戻り俳優が珍しいのか、それともフォーカスのドラマが好評だったためか。
仕事に戻った当初は選り好みなくなるべくすべての仕事を受けた。その影響もあるのかもしれない。コメディ色の強い短い番組にも随分と出た。勝手は違ったが、大概はテレビ番組に詳しい頼もしい恋人が仕事合間にサポートしてくれたので大きな不安も問題もなかった。
ありがたいことに、今はとりあえず仕事がなくて飢える心配をしなくても良い。
それどころか次々に舞い込む役に追われ、毎日台本が恋人のようになってしまった。
スタンは相変わらず息をするように仕事をしているので、まったく笑えるくらいに真面目なカップルだと自嘲してしまう。
サイドテーブルの上の珈琲を一口飲む。すっかり冷えてしまって微妙な味だ。
ちらりと確認した時計は、寝るにはまだ早い時間をさしている。さて珈琲を淹れなおすべきか、それともホットレモネードかグリューワインでも作るべきか。
思案しつつ、隣で膝の上に乗せたパソコンと向き合うスタンの肩に頬を寄せた。覗き込んだディスプレイ上には、細かい英字が並ぶ。どうやら企画書らしい。
「キミは今チョコが食べたいのか?」
「あー……食べたい、というほど積極的に摂取したいわけでもないんだけどさ。なんかこう、ふと、あーチョコレート食べたいなぁって。ほんと、ふとそう思ったの」
「珍しいな。甘いものはあんまり好きじゃないだろう」
「好んで食べないねぇ。一人暮らしの時はていうかいままでの人生割と糖分って味とかじゃなくてカロリーだと思って摂取してたし。ハニーも甘いの食べないじゃないの」
「俺は単に甘すぎるものが苦手なだけだよ。果物やハチミツなら食べる」
「あーねー。我が国のお菓子って見た目も味もとびっきりやばいもんねぇ。ハニーってオーガニックってイメージあるけどたぶん間違ってないと思うんだよね? もうちょっと肉とか食べてそうなのに」
「お互い様だよ。というか、スタンこそもう少し栄養を摂るべきだろう?」
「うはは、それ週に一回は誰かに言われるよ全く反論できないね! でもきみがごはん作ってくれるから、これでもマシになった方なんだよ?」
ちらり、とこちらを向くついでのように軽くキスをされ、つい口を噤んでしまう。
スタンは本当に、俺を黙らせるのがうまい。
「今まではチョコなんてお手軽にカフェインと糖分が摂取出来て最高! くらいのイメージだったんだもの。あーチョコ食べたいなぁとか思わなかったんだよ本当に。仕事仕事仕事合間にそうだなんか食べなきゃ死ぬんじゃないのチョコ食べとこよしじゃあ仕事! みたいな感じでさ」
「……ストレスが増えた、とかではなく?」
「いやどうだろう。あーどうかな……まー今やってる企画今までやったことないタイプのだし、うちの会社も新人結構入れたし、割と別タイプの仕事重なって忙しい上に緊張するっちゃするけどまあそんなの今までだってそうだったし、大概僕の仕事なんて毎日新しい事だし、それが楽しいっていう感じだし……ていうか、そらへこむことも嫌なこともあるけど、ストレスになる前にハニーが全部解消してくれるじゃないの」
「俺が?」
「そう、ハニーが。なんかねぇ、ハニーがおかえりってキスしてくれると、世界人類僕の好きな人以外全員苦しんで死んじゃえばいいのにレベルで憤ってても、一瞬でどうでもよくなるっていうか」
「……例えが微妙過ぎて、喜んでいいのか心配したらいいのかわからないな。スタンはそんなに憤ることなんかあるのか」
「あるよそりゃ人間だものー。僕だって怒るし泣くしテンパるし失敗するしそういうときはわりと凹むし、そのタイミングでやっぱりきみって素敵だよねって再認識するからハニーってすごい」
チョコがストレスを消してくれるなら、じゃあハニーはチョコだね、と。
よくわからない理論で笑うからきっとスタンは疲れているし眠いのだろうし、俺はといえばそんなよくわからない言葉にすっかり参ってしまってどろりと溶けるチョコのようにベッドの上に沈んだ。
「……ハニー、相変わらず僕の愛情に慣れないねぇ。キスは結構慣れたのに」
「キスだって毎回どきどきしているさ。キミは、キスくらいなんてことない?」
「まさか。ばかなんじゃないのってくらいどきどきするよ。どきどきするけど安心するし、やっぱりストレスなんかどうでもよくなるし、ついでにはちみつみたいに甘いし、やっぱりハニーはチョコかなぁ」
「ハチミツとチョコは相性悪そうだけどな。……ホットチョコレートでも作ろうか?」
「え。いいの? のむのむ! ハニーの作る甘いドリンク好きなんだよね」
えへへと笑ったスタンはひと段落ついたのか、パソコンを足元に放り出して正面かあら俺に抱き着きキスをした。
柔らかい髪の毛が心地よく指に絡む。
チョコがストレスを解消するのか、どうなのか。そんなことはわからないが。
「……確かに、甘いし、どうでもよくなるな」
暖かい恋人を抱きしめている間は、チョコなんて必要ない程甘く幸せだと実感した。
End
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