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thank you,Candy(ニール雨宮+SJ)
「断る」
わぁ一刀両断じゃないのだなんて笑ってみせるのは建前で、正直この時の僕ことスタンリー・ジャックマンはわりと焦っていたし追い詰められていたし内心冷汗だらだらだった。
ていうかまあそう言われるだろうなーとは思っていたからむしろ想像していたより優しく断ってくれたノーマンってばわりと僕のこと好きなんじゃないのかなーとか思ってちょっとだけにやついてしまったのは秘密だ。もうちょっとだけぼろくそに貶されるシュミレーションをしていた僕の方こそ彼の愛を信じていなかったのかもしれない。これ言ったら額に一発食らうの知ってるから言わないけどねうはは!
僕ってばこの無表情で恋人の前以外では断固笑わない喫煙モンスターの事がわりと好きなもんで、ぜひとも僕の日々の愛情を形にして返しておくれよなんて縋ってみたものの、やっぱり答えは『NO』の一択なわけだ。
わかるけど。ね、うん、そりゃ僕だってわかるけど。
「友達じゃないのさノーマン……僕の危機をヒーローみたいに颯爽と救ってよノーマンー……」
瞳を潤ませてノーマンの座る椅子を揺さぶってみるも、持っていた雑誌を丸めてスパンと手を叩かれる。痛い。ねえそれ結構痛いんだよノーマンひどいよまったくキミってばいつもそうだ!
あとこの雑誌しれっと経済誌でなんか頭よさそうですごくずるい! 僕が普段読んでいるのはシネマ雑誌とゴシップ誌と各種新聞くらいのものだ。
「断ると言っている。お前の危機を颯爽と救うのはスピーカー男がどれだけ煩くまとわりついてもそのスピーカーに逆に愛を囁けるスーパーな俳優だけだろう。そっちに頼め」
「僕のスーパーマンは今チャイナ。三か月の遠距離恋愛真っ只中で毎日時間の壁越しに電話するのが精いっぱいなのー」
「……あの人はちゃんと休んでいるのか不安になるな。俳優なんてそんなもんなのか……?」
「うはは、仕事の虫のノーマンに言われたくないだろうそれ! 撮影は長いしその期間がっちり拘束されちゃうけど、休暇も長いよってそんな話はどうでもいいんだよノーマンねえほんとお願いだよお願い半日でいいんだよ半日! ノーマンの! 時間と精神力を僕に頂戴よ!」
「時間と精神力を拘束されるのは仕事だけで十分だ」
ノー、ノー、ばかりで嫌になるけど無理を言っているのは僕の方なので断られても仕方ないしどうしようもない。
仕方なく僕はノーマンの部屋のちょっと煙草の匂いが染みついたソファーに座り込んで、隣に座って僕たちの容赦ないやりとりを聞いて苦笑いをしていたキャンディさんの肩に頭を乗せた。
キャンディさんはいつも曖昧な顔をして静かにしている事が多い。僕はもっとおしゃべりしてほしいのだけれど、僕がキャンディさんと仲良くしているとノーマンが大人げなく引き離してくるので、あんまりべたべたしないように気を付けて接していた。
でも今日は別。ちょっとくらいキャンディさんとべたべたして、ノーマンを困らせたい気持ちになっちゃっている。僕ってば悪党だ。
「いいじゃんねーキャンディさん。ちょろっとスタジオに来て、ちょろっと顔にお化粧して、ちょろっと髪の毛整えてそしてちょろっとレディのお守をしてちょうだいって言ってるだけなのにさぁ」
「その最後の奴が最高に嫌だって言っているんだ。大体俺はただの販売員だ。なんでお前のところの撮影に協力しなきゃいけないんだ。センセイから離れろ」
「だってレディ・アビーはキミを御指名なんだものノーマン。キャンディさん首細くない? ちゃんとご飯たべてる?」
「スタジオにちょっと顔を出したくらいで映像監督に目を付けられるなんて聞いてない。こんなことになるとわかっていたらわざわざ貴重な休日にお前がうちに忘れていったタブレットを届けに行ったりしなかった。もう一度言うぞ、センセイから離れろ」
「怖いよノーマン僕は地球の裏側でせっせと働いている愛するハニー以外に性欲も恋情も湧き立たない部類の人種だから安心してって再三言ってるじゃないのちょっとくらい触らせてくれてもいいと思わない? わーキャンディさん手も細、うそうそゴメンってばノーマン僕ってばちょっとだけ腐った気分になって意地悪したくなっただけだから本気で怒ったら嫌だよごーめーんーってばやだやだ暴力はだめ! 暴力はだめ!」
「……お前を殴って静かになるなら十年前からそうしてるさ」
さらっと言葉を流しつつも、ノーマンは流れるような動作で僕の隣のキャンディさんを捕まえて今までノーマンが座っていた椅子に誘導した。キャンディさんは相変わらずの苦笑いというか、どうしようもないなぁみたいな可愛い顔をしている。うーんかわいい。僕はやっぱりキャンディさんが好きだ。勿論ハニーとは別の意味でだけど。
「でもニール、カリテスの広告の撮影はしたことあるって言ってたよね?」
そのキャンディさんは僕の隣から離脱後、傍らに立つノーマンを見上げて首を傾げた。
さらり、とした髪の毛が揺れるのが素敵だ。僕もノーマンも癖っ毛だし、ハニーの毛質もやわらかい。しっかりとしてまっすぐでさらさらしているキャンディさんの髪の毛にちょっとだけ触りたいけれどやっぱり怒られそうだったから今度ノーマンがいないところで挑戦してみることにして、僕はおとなしく黙った。
ちなみに撮影云々の話は初耳だ。
「……随分前の事だしそれはミス・メイスンに命令されて仕事の一環として撮ったんだよ。モデルが土壇場でキャンセルしやがって、他に人間がいなかったんだ。それでも手だけだ。顔やスタイルが出るような撮影じゃない」
「スタンリーの依頼の撮影も、マスクで顔は半分隠れるんでしょう? MVのバックにいるキャストなんてかっこいいけど……レディ・アビーってあれだよね? いまネットで話題のクリエイターだよね?」
キャンディさんに話を振られ、ここぞとばかりに僕は頷いた。
レディ・アビーは今、というかもうほんとリアルタイム今現在爆発的に注目を集めている十代のネットクリエイターっていう肩書のまあなんていうかすごくイマドキのファンキーでクリエイティブなコンテンツだ。
作曲からDJ、映像演出にコミックイラストまでなんでもやるマルチな作風が魅力的で、とにかく派手でゴシックでちょっとやりすぎなくらいの世界観をぐいぐいと押し付けてくる。駄目な人にはくどいだろうけど、クールだって中毒みたいになっちゃってる人もいる。いわゆるアビージャンキーだ。
基本は自分で勝手に撮影編集する彼女なんだけど、今回我らがローカルチャンネルNICYはアビーに個人的にコンタクトを取り、ドキュメンタリーを制作することになった。その撮影の打ち合わせ時にうっかりNICYに僕のタブレットを届けに来てくれた優しすぎるノーマン(たぶんキャンディさんが仕事で暇だっただけだと思うけどね!)とアビーはうっかりバッティングしてしまい、恋が始まるならまだどうとでもなったのに面倒くさい事に彼女はノーマンをスカウトしたいとか言い出してもうほんと大変だったナスチャがめっちゃくちゃ頑張って説得してくれてでもどうしてもあの人が今作ってる映像にイメージがぴったりだと言われて最終的にノーマンを紹介してくれなければ撮影には協力しないとまで言われちゃって、ほとほと困った僕は仕方なく社の企画の命運をかけてノーマンに直談判しているのだ。
説明お疲れ様僕。そしてこのお話を今日三回は繰り返して懇願しているのにノーマンはやっぱりノーという。ちくしょう。キミのそのぶれないところ嫌いじゃない。
「俺なんざそこらへんにいくらでもいるような顔だろう。特別美丈夫でもない。背はまあ、高い方だろうが、猫背だし肌もシミだらけだ。こんなこと言っちゃなんだがセンセイが時折うっとりと褒めてくれる言葉だって信じられないくらいだっていうのに、見ず知らずの人間に晒せるような自信なんざない。俺の仕事はバカ高いサプリメントを売りつけることで、見た目を売ることじゃない」
「言っていることは真っ当だし正直僕もキミを売るようなことはしたくないけどでも結構頑張って予算もぎ取ったお仕事なんだよー……アビーって気難しくてさ、テレビとか一切出ないの。僕んとこが番組組める算段になったのも、カメラマンのマイキーの弟の彼女がアビーと親友だとかでさぁ、もうごてごてのコネなの。逃せないんだよー頼むよーほんと申し訳ないと思ってるよー……」
「………………」
「……ニール……」
「いや、あのな、センセイ。あー……いや、そんな目で見るな。俺が悪い事をしている気分になるから。嫌なものを嫌だと断って何が悪いんだ、という信念が揺らぐ」
「いや、ニールが嫌なら無理はしないでいいと思うけど正直な事を言うとメイクして撮影されるニールはちょっと見てみたい、かな、とか」
「………………見たいか? そんなもの。目は隠れるんだぞ?」
「だって絶対に格好いいよ。アビーの作品は僕もバイトの子に何度か見せてもらったけど、結構好きだよ。あとあんまり、表情とか顔とか出ない感じの映像を作る人だよね。ニールにすごく似合うんじゃないかなと思う」
「………………センセイがそういうなら、」
思いもよらないニールの言葉に、思わず僕は『え?』なんて間抜けな事を上げてしまった。
「え、ってなんだお前」
「え、いや、だって……あんまりにもニールがキャンディさんに甘いもんだからさぁ、流石にびっくり、え、そんなに? そんなに愛しちゃってるの? いやそうだろうけど、だってそんなに? そんなに参っちゃってるの? ねえ愛は盲目すぎない?」
「うるさい。俺がセンセイに狂ってるのなんて今さらなんだよ慣れろ。お前だってなSJ、恋人に褒められたらいい気になるし大概な事はこなすだろ?」
「……うーん? うーん……」
どうだろう、と想像して僕の脳内のハニーがどろっとした優しい顔で僕の髪の毛を梳きながら今日の番組の司会をしていたキミは最高にキュートだったけれどたまに伏せる目がセクシーで視聴者全員に嫉妬したなんて言い出したところで妄想を止めて頬を叩いて上目づかいにノーマンを睨んだ。うわあにやにやしちゃってイヤらしい。
「恋人の言葉の威力は理解したよぅ、僕が悪かったノーマンが美人な恋人にいかれててありがたいって思わなきゃね。ていうかキミ、割と僕の前で遠慮しないよね? 他の人の前でもそんなに独占欲丸出しなノーマンになっちゃうの?」
「あー。どうだろうな。どう? センセイ」
「え。えー……と、どう、かな。いや、でも……スタンリーと一緒の時は、ニール結構子供っぽくてかわいいよ」
擽ったそうに笑うキャンディさんの言葉に当てられて、僕とノーマンはうっかりどちらも顔に上がった熱をどうにか逃がさなきゃいけない事態になっちゃった。
持つべきものは恋人にいかれた友人だ。そして僕は言葉まで甘い喫煙モンスターの恋人に感謝した。
End
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