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真夏の君(ハリー×SJ)
「キミはいつのまにタコの仲間になったんだ?」
二日ぶりの恋人は、絵の具を混ぜた水を全身に被ったかのように見事に赤い肌を晒し、眉を落として笑った。
「まさに茹タコの気分だよ! ねえ聞いてよほんとマイキーもナスチャもひどいんだ、僕は屋外向きじゃないって言うのに貴方しかいないのなんて仕事を宛がわれて、結局僕は真夏のマイアミのビーチにつっこまれたの! 八月のマイアミなんて暑すぎてオフシーズンだよ! もちろん仕事はこなしてきたけど、充実感と給料と引き換えに僕が得たものは全身の日焼けだ」
「……真っ赤だな。あー……タンクトップで走り回ってた?」
「YES。暑くて服なんか着てられない。暑いっていうかもう痛いよね? っていうか今現在痛い、すこぶる痛い、ちょ、ハニー、だから痛いって言ってるでしょ触らないの!」
手を伸ばして真っ赤な二の腕に触れれば、確かに肌が熱を持っているように感じる。
俺の手を避けて肩に担いだ荷物を放り投げたスタンは、痛い痛いと呻きながらキッチンに走る。フリッジから冷たいソーダを取り出した彼は、一気に飲み干した後に、結露の浮いた瓶を首の後ろにぴたりとつけて目を細めた。
「うー……冷たい。もーほんと茹ると思った。じりじりって太陽の光が痛いし鉄板の上で料理されてる気分。機材も半分馬鹿になるし、だからいやだって言ったのに」
ぶつぶつと文句を垂れ流しつつ、スタンは俺が座るソファーに戻ってきた。
触ると痛い、というのでおとなしく手をひっこめていたが、真っ赤な肌は妙に官能的でよくない。痛さと暑さで、スタンの体力が奪われているせいだろう。
……座っているだけで辛そうで、欲情よりも心配が勝るけれど。
「一体何の取材だったんだ」
赤い首筋から意識を逸らせるように話題を探すと、スタンはぱたぱたと手で自分を仰ぎながらため息をついた。
「カラージェルランの取材の一環。イベント自体は別の日なんだけど、いろいろ素材が足りなくってさ。ついでにビーチの宣伝番組も抱き合わせ。これからベストシーズンでしょ? 海水浴の魅力を存分に紹介するために一足先にオフシーズンの魅力を大紹介! みたいな感じかな。僕が立案したわけじゃないから完全にただのリポーター役だね。焼かれるような日差しの中あっついビーチを何往復したことか。もうしばらく海は勘弁だよー……」
「ああ、まあ……キミは、割合インドアだしな……仕事ならエベレストも超えてしまいそうだけど、ビーチはそんなに嫌だった?」
「うーん、寒いのより暑いほうが苦手なのかも。とにかくみんなぐったりしていてモチベーションどころの話じゃなかったんだよね。倒れないように気を配るのが精いっぱい。もっともっと暑い国があるっていうんだから、地球ってほんとすごいよ。うーん、でも、ハニーと一緒だったらもうちょっと楽しかったかなぁ」
ビーチは嫌いそうだけど、と笑われ、全くその通りだったので苦笑を返すことしかできなかった。
アウトドアは苦手だ。農場暮らしで動物の餌やりや羊を追い立てることには慣れたが、人込みの中に入ることが好きではない。湖をぼんやりと眺める時間は素晴らしいと思うが、シーズン真っ盛りの観光スポットに進んで身を投じようとは思えない。
俺は元々ネガティブでインドアだが、仕事ならば世界のどこにでも飛んでいくと豪語しているスタンが私生活ではひどくインドアだ、という事実はなんとも微笑ましい。
「明日はオフだろ? まあ、数日したら赤さも引くさ。一日キミと一緒に引きこもって、ひたすら映画のDVDを見る休日も悪くない、と俺は思うけれど」
「ワオ、魅力的! ねえそれなら僕はミスター・フォーカスが脚本に関わったっていう伝説の映画が見たい! 珍しくノーマンが……あ、弟の方ね! 彼が絶賛してたんだ」
「別に、俺はキミと一緒なら作品はなんでも楽しめるが……ノーマン氏とは相変わらず仲がいいんだな」
「相変わらずっていうか、最近急にだよ。僕はハニーのおかげで元気に仕事復帰できたし、なんだか人生出会いってすごいなって思ってきたの。そしたら今再会した旧友なんてすごく大事な縁じゃないかなーって思ったの。……え、もしかして嫉妬?」
してる、とは言えない。人間に初めて興味が出た、というようななかなか危うい発言を嬉々として報告している恋人に、キミのその出会いと人間関係に毎日少し嫉妬しているだなんて言えるわけがない。
ごまかすようにしてないよ、とキスをしようとして、彼の皮膚が赤く刺激に弱いことを思い出した。
「……一緒に寝たら、とても痛そうだな。今日俺はソファーで寝ようか?」
「え。え? え、いいよ、気をつかわないでっていうか一緒の部屋にいるのに別のベッドで寝るとかないよ! 僕が誰のためにうきうきと仕事を終えて帰ってきたと思ってるの!」
そういわれると些細な嫉妬などどうでもよくなり、俺は彼にキスをせざるを得なくなった。
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