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あやめ飾りの彼の話(ニール+ニコラス)
「ノーマン、それ、どうしたんだい」
最近やっと口をきくようになった同僚の後頭部には、不思議な柄のとがった髪飾りのようなものが突き刺さっていた。
どうやら、日本の花の柄らしい、ということはわかるが、何故彼がそんなものを頭につきさしているのかはわからない。
いつものスーツと無表情に似合わなすぎる鮮やかな髪飾りを気にしているのは僕だけではないらしく、ちらちらとフロアから視線が集まっていた。
「……髪をまとめるゴムが切れたんだよ。デスクの引き出しには、ミス・メイスンがネタで土産にくれた日本風髪飾りしかなかった」
アヤメって花だってさ、とノーマンはさして興味もなさそうに呟く。どう見ても女性物なのに、嫌ではないのかといぶかしんでいるのはばればれで、珍しく苦笑を漏らされた。
「そんなに変か? ニコラス」
僕はいい加減彼のささやかな表情の変化には慣れたけれど、一歩引いた同僚達は更に半歩くらい引いた気配がする。
ノーマンは、相変わらず他人の事が好きではないらしい。
「うーん、変というか目立つかなぁ。いやでも、普通にしていてもキミは目立つし、なんだろう。アンバランスでおもしろい?」
「相変わらず言葉が柔らかくてありがたいよ。別に似合って居なくても髪の毛を束ねるものが他にないから仕方ない。だらしなく下ろして撥ねる赤毛に悩まされるのは好きじゃないんだ。それにこれ、わりと使い勝手いいぞ。コンコルドっていうらしい、ってさっきセンセイにきいた。電話で」
「ああ、キミの秘密の……でもないか、うん。ミスターアマミヤ」
「たまにニコラスは元気かって訊いてくるよ。俺の仕事環境が気になるらしい」
ニコチンモンスターの秘密の恋人は男性で、日本人だ。それは正直みんな察していたことだし、事実なのだから秘密でも噂でもなんでもない。
たまたまデート中の彼らに出会う幸運があったからこそ、僕はノーマンと気兼ねなく喋ることができる権利を得た。
たぶん、ただの同僚としてだったら一生ノーマンとジョークを言いあう事は無かっただろう。彼は、ミスターアマミヤの前では非常に普通の青年で、年相応な男だった。その一面を見たからこそ、心を許されたのだろうという自覚はある。
僕がやあ、と手を上げると、彼はすました顔で手を上げ返してくれる。迷惑でもないらしく、大概は挨拶のついでにどうでもいいような世間話も混じった。
ノーマンは喋ることが好きらしい、という事に気が付いたのも気安く話すようになってからだ。
ただ顧客に商品を売り付けるだけの男ではない。彼は喋るのが好きで、そしてとても頭が良い。その事に気が付くと、ただの嫉妬のような感情は見事に尊敬に変わった。
他の人とももっと喋ればいいのに、とは思うが、まあ、本人が嫌だと言うのならば僕は無理強いしない。
彼がフロアの人気者になってしまったら、きっと日本柄の髪飾りをしているだけで囲まれて大変な事になってしまうだろう。
僕は暫く、彼の秘密を知っている唯一の同僚という立場を楽しむつもりだ。
そんな事を考えながら、僕はタブレットでアヤメという花を検索する。
なるほど、派手ではないがとても情緒あふれる不思議な花だ。少しリリーに似ているかもしれない。
青い色が鮮やかで涼やかだ。ちょっと彼に似ているよねと笑うと、手持無沙汰にタブレットを放り込んだノーマンが目を見開いた。
「……彼? って、センセイ?」
「うん。すっと奇麗に咲く花じゃないか。ミスターアマミヤも、すっと奇麗に立つ人だったね。人柄も静かでまっすぐで、素敵――……ちょっと、ノーマン、なんでキミが照れるんだ」
「…………いや、俺もわからないなんでこんなに恥ずかしいんだ? あー、うん、いや、そういえば誰かにセンセイを紹介したことってないな? 姉もメイスンも割合センセイのことをちやほやとするが、異性だし、あいつらはもう身内のような感覚だし、なんつーか……あー」
「うん。照れるキミはとてもかわいいし、恋をしているんだなぁって思って非常に好ましいけどね。机から起き上がってくれないとまるで僕が口説いているみたいだから落ちついてくれよノーマン」
「まったくだ。それは流石に笑えない」
笑えないなんて言いながらも、ノーマンは大変気安い笑顔を浮かべていた。
せめて笑えばいい男なのに、と、ニコチンモンスターの悪口を言っていた女性スタッフを思い出す。
彼女を含めちらちらとこちらを窺っていた周りの同僚達は、二十六歳の恋する青年の照れ笑いをどんな思いで見たのかわからないが――僕は、なんとも痒く、なんとも楽しい気分だった。
ニール・ノーマンは大変可愛い。そしてその恋人は青い日本の花の様な、美しく静かな人だ。
この秘密が他の人間にも明かされる日は、あまり遠くないような気さえした。
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