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夏の寒さと君(ニール×雨宮)
「センセイは、雪国の出身だって聞いたけど?」
寒さに耐えきれなくなって両腕を摩りながらモールから出た僕に、苦笑気味の恋人はサングラスをかけながら笑った。
目の色が薄い白人は、やっぱり太陽に弱いらしい。そんな彼はとてもイメージ通りなのだけれど、僕はといえば日本の雪国の民とは思えないと笑われ、とても心外だった。
「冷房と冬の寒さは別だよ……なんでこっちってこう、なんていうか、極端なのかな……冬は暑いくらいだし、夏は冷えて頭が痛くなりそう」
「我慢が出来ない人種なんだよ。なんだって豪快だしな。ピザはでかいしコーラもでかい。でかさしかとりえがないようなものが大好きだ。そんなもんを思う存分食い散らかしていたら肥満も病気も増える。儲かるのは医者と薬局と、そしてカリテスだなんて言われる」
「相変わらず盛況だね……僕とだらだら遊んでる時間なんてあるんだ?」
「たまの休みくらい恋人とデートさせろって話だ。……まだ寒い? もう何も用事ないなら、一回帰る?」
「……ニールのアパートも寒いじゃない……」
ニールのアパートは暖房も冷房もポンコツな割に、一度効きだすと止まらない。入れたら入れっぱなし、温度調節のボタンなんて存在しないんじゃないかと思ってしまう。
夜中はまだしも昼間が特に酷くて、夏なのに長袖を着こんでしまった程だ。
成程、ニューヨーカーは衣替えをしない、と言っていたけれど。それは多分、周りの気温を無理矢理フラットにしているからに違いない。こんなに寒い夏ならば薄手の長袖のシャツだって暑くはないし、冬の暖房を思い浮かべればその上にセーターを羽織る必要なんかなかった。
冷えた二の腕を摩りつつ、目的の買い物は終わったのでとりあえずニールのアパートを目指す。
本当はもう少し見て回りたいものはあったのだけれど、こんなに寒い店内をうろうろするには半そでのポロシャツは薄着すぎた。
ニールだって半そでなのに、けろりとしていて不思議に思う。僕なんかよりよっぽど不健康そうな顔色だっていうのに、ニールは存外体力があったし、思っていたよりも寒さに強かった。
そんなことをぽろりと零せば、薄いサングラスの向こうでささやかに笑われる。
普段、あまり表情の変わらない彼が口元を綻ばせる、その仕草がとても好きでつい、見入ってしまう。
「十分に不健康だろう。煙草は相変わらずやめられない。筋力もないし、背が高いだけだなんて笑われる。まあ、センセイに会ってからは飯だけはまともに食うようになったかな。吐き気で起きるってことも無くなったし。眩暈も減った」
「……待って。え。吐き気で起きる?」
「そう。気持ちが悪くて目が覚める。多分煙草の吸い過ぎだ。そう言う時はベッド横にチョコレートを置いておいて、そいつを寝たまま口に放り込む。すると、まあ、息は出来る程度に落ち着くから――」
「…………禁煙しませんか」
「結婚してくれたら考えるよ」
冗談でもなさそうに目を細めて笑ったのが分かって、往来の真ん中でなんて事を言うんだと呆気にとられる。
日本よりは少しはゲイに寛容な街だ。でも、日本よりも大々的にそして感情的に、そういう人達に嫌悪感を隠さない人もいる街だ。
僕は別にいいけれど。ニールは仕事にも影響でるんじゃないかと思うと、どうにも冷や冷やしてしまう。
放っておくとキスでもしそうな恋人は、少し睨むと降参といったふうに両手を挙げた。気障な仕草が本当に似あう。
「……浮かれているんだ。最近、わりと忙しくて。儲かることはいいことだが、センセイに会う時間が減ると禁断症状が出てくることに気がついた。辛い。しんどい。その上会っている時はこの世に二人きりみたいな浮ついた気分になる。……まるでイカレた初恋だ」
「いかれても結構だし、すごくうれしいし、かわいいけれど、そういうのは家に帰ってからにしてくれないと心配でしょうがない」
「別に、俺の恋人が男だってばれたところで、顧客の三パーセント程が離れるくらいだろう。人混みの中でセンセイと手を繋ぐ幸福に比べたら、三パーセントの顧客減なんてどうでもいい。ちょっとだけ、煙草をやめれば出て行く金も減る」
「……口説かれてる?」
「熱烈にね。まあでも、今日はやめておくよ。部屋はもうすぐそこだから。我慢できた俺に御褒美は?」
悪戯に笑う顔も、かわいいから本当にずるい。移動している間に温まった身体が、更に少しだけ暑くなったような気がした。
「僕が差し出せるものなんて、すっかり冷えた身体の僕以外無いじゃない……」
「それが一番嬉しい。またどうせ冷えるんだ。寒くならないようにくっついていたら多少はマシだろ?」
「服を脱いだら余計に寒い」
「じゃあ、飯食って寝る?」
「……いじわる」
「ふはは。センセイは本当にかわいい!」
笑うニールの方こそ可愛くて、扉を閉めて冷たい唇にキスをした。
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