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後日譚 満たされること*性描写
小さな水滴が地面に跳ねる音が、岩壁の空間に響き渡って吸い込まれていく。硬く凹凸のある天井から滴る雫が、足先に当たって弾ける。
暗闇に包まれた洞窟の最奥は、岩壁の起伏がわかる程度には燭台に小さな炎が灯されていた。かすかな明かりの中で、頭上から落ちる露が小さく煌めく。
耳に心地いい水音が、その空間の奥から聞こえる。赤い岩と岩の隙間から細い水が滲み出て、それがいくつも重なって水流として流れ出る。受け止めるように置かれた甕の中に、穢れのない清らかな水が溜まっていた。乾いた赤い大地へ唯一水をもたらす、ヘリオススの恵みだ。
地を這うようなおどろおどろしい低い声音が、軽やかな水流の音を掻き消した。
時折吠えるような激しい音を鳴らしながら、人の声と程遠い唸り声が、湿った洞窟の中に渦巻いている。しかし老いた女のものとわかるその声は、獣の骨や乾燥した肉体の一部で作られた装飾を首から下げた、祈祷師の口から発せられている。
中央には、岩で作られた簡素な祭壇がある。そこに火が灯ると、闇に覆われていた岩の天井まで明るく照らされた。
祭壇の前に跪く、青年の姿が露になる。
乾いた南の大地へと湧き出て恵みをもたらす水源は、ダイハンの人々にとって神聖なものだった。彼らが崇める太陽の神が与えてくれた恩恵なのだと彼らは信じている。毎日水を汲み入れる際は、必ず祭壇の前に膝をついて礼を捧げるのが慣習だった。
今、それほどに重要な場所で行われているのは、新たなヘリオサ誕生の儀式である。
ダイハンの王、ヘリオサとなる青年は、頭上に降りかかる祈祷師の声を聞きながら、祭壇の前で膝を折って祈りを捧げている。艶のある長い黒髪が、戦士にしては傷が少なく筋肉の薄い背中に流れている。伏せた瞼を縁取る睫毛は長く、端整な顔立ちは一見して女のようにも見えた。
彼の背後の十数歩離れた位置に、ブラッドは戦士たちとともに佇み見守っていた。
ヤミールからもう一晩時間が欲しいと言われた、その翌日。朝早くに本人から決意を聞かされた。
そして三日後の今日、太陽が真上に昇った今、数名の証人を伴って儀式を執り行っている。
私がダイハンを守ります、と。きっと消せない不安を抱きながらも、赤色の瞳に強い光を宿してヤミールは断言した。
まじないを唱える声が大きくなる。威圧感のある女の声が洞窟内に反響し、不思議な感覚が鼓膜を震わせる。風など吹いていないのに、湿り気を帯びた空気が舐めるように肌を撫でる。甕の水が大きく揺れていた。
女がヤミールに近づくと、彼は俯いていた顔を上げる。女は手に持った器に指を突き入れ、赤い液体を纏わせた指先でヤミールの柔らかな頬に触れる。馬の血だ。今朝死んだ馬の血で、新たにヘリオサとなる青年の顔に模様を描いていく。
背後に控えているブラッドにはその様子が見えなかったが、塗った後に女が差し出した器をヤミールが受け取ったのはわかった。
女が不気味な声で唱える中、ヤミールは器に唇をつけ、傾ける。薄い肩が強張り、動きが一瞬止まる。だが器を取り落とすことはなかった。
時間をかけて、ヤミールは馬の血を喉に流し込む。ブラッドは彼の背中を見つめながら、静かに待っていた。
しばらくして、空の器が彼の折った膝の近くに転がり、赤い飛沫が細い線を描く。ゆらりと立ち上がり、こちらへ身体の向きを変えた青年の口もとは、赤黒く濡れていた。吐き気をこらえ深く呼吸をしながら、手の甲で顎を拭う。
まじないを唱える女の声が、緩やかに変わる。何を叫んでいるのか理解できなかった言葉の最後は、ブラッドにも聞き取ることができた。
「ヘリオサ・ヤミール」
今日、ダイハンに新しい王が誕生した。
ヤミールは疲労困憊といった様子だった。洞窟での儀式が終わった後、倒れそうな身体を戦士に支えられながら、ふらふらと外へ出て行った。よほどこたえたのだろう、ブラッドに声をかける余裕もないようだった。ブラッドも、アトレイアからダイハンへ嫁いで初めて口にしたものは沢山あるが、流石に死にたての馬の血は飲んだことがない。
そして、儀式が終わった後は、宴が開かれる。
「すみません……今日は、先に休ませていただきます」
「……大丈夫か?」
彼がブラッドと同じ色の肌を持っていれば、きっと顔面蒼白だったに違いない。声に覇気はなく、眉間に見たことのない皺が寄っていた。
今宵、新しく立った王を祝って戦士や民たちは歌い、躍り、飲んだ。主役であるヤミールは自らの民の手前、毅然と振る舞っていたが、中盤になり周囲の戦士たちの酔いが回ってきた頃、近くにいたブラッドに顔を寄せ囁き、新たに洞窟内に設けられた王の部屋へ引っ込んで行った。
馬の血を飲んだ後では、食欲など湧かないだろう。「ヘリオサは誰かに許可を取る必要はないぞ」と指摘すると、彼は声も出さずに弱々しく頷いたのだった。
暗夜に煌めく星々が見下ろす地上で、ダイハンの戦士たちは飲み明かす。音楽を奏で、剣を舞う。途中で王が姿を消したことには気づかず、このまま空が白むまで続くのだろう。
グランは、なぜか意気投合したらしい戦士のひとりと酒の飲み比べをしていた。白い肌の大女と仲間の戦士の勝負を、周囲の男たちが囃す。ブラッドは声をかけずに、宴を後にすることにした。
ダイハンの女王、アステレルラでなくなったブラッドに、王の家である洞窟の中で寝食する権利はない。戦士同様に広々とした天幕が与えられている。王の相談役として近くに、とヤミールから求められたが、線引きは明確にした方がいいとブラッドは拒み、外に住居を構えることにした。
だが、毎日朝と夜、必ず洞窟の中に通う日課がある。
目的の部屋の入り口に垂れた布を押し上げると、来訪者に気づいた寝台の上の男がこちらに顔を向ける。
「調子はどうだ」
洞窟の冷水が注がれた器と布を手に、クバルの傍まで歩み寄る。器を置いて腰かけると、数日前よりも張りのある声で「だいぶいい」と返答があった。
「狩りにも出られる」
「それはまだ無理だ。落馬するぞ」
すでに何度か繰り返した台詞を今夜も吐いて、ブラッドは自身の左腕の袖口を噛んだ。ぐい、と引っ張って肘まで袖を捲り上げ、左手に掴んだ厚手の布を水に浸す。
三日前に昏睡状態から目を覚ましたばかりの男が、外に出歩くなどもってのほかである。そう言えばヤミールやグランから「あなたが言える立場ではない」と非難を受けることは容易に想像できたが。
「もう動ける。馬に乗れる」
「駄目だ。これはヘリオサの命令だ。破ったら罰があるぞ」
語気を強めて言えば、額に流れる黒髪の隙間から赤い瞳が不満げに見上げてくるが、ブラッドは絆されてやるつもりは毛頭なかった。
クバルは数日前まで瀕死の状態だった。裂かれた腹の傷口は腐り、視力は失われ、脈拍は弱く、浅い呼吸は今にも停止してしまうのではないかと思うほど、暗く重い死が彼の傍らに寄り添っていた。
死に手を引かれるクバルを引き留めたのは、ダイハンの乾いた地に一年に一度咲くかどうかと伝えられる、婚姻の宴の際にブラッドがクバルから贈られた、白い花だった。
アトレイアから連れてきた医者曰く、その花は万病に効く霊薬となり、どれだけ死に迫った重病も、治療不可能な重傷も回復してしまえるほどの治癒力を与えるという。
事実、花を擂り潰した汁を飲ませた後、気絶したブラッドが次に目覚めた時にはクバルの病症は明らかに良くなっていた。だが、数日間目を覚まさなかった。
医者は「治癒力を与える」と言っていた。霊薬自体が病や傷を治すのではない。つまり与えられた治癒力をもって回復するのに、身体は当人の体力を必要とする。体力が蓄えられた側からそれを消耗して身体が回復を行ったために、クバルはしばらく眠り続けていたのではないかと推測できた。
だから、いくら傷口が治りかけているとはいえ、治癒のために体力を大量消費したクバルの身体は、まだ動かしていい時ではないのだ。英気を養う時間がまだ必要なのである。
「例え元ヘリオサでも、現ヘリオサには逆らえねえからな」
「……わかった」
ヘリオサの名を持ち出せば、クバルは渋々といった様子ながらも諦める素振りを見せた。ヘリオサの命令、という言葉が今宵から効力を持つのだ、ブラッドはわずかに安堵する。
「ヘリオサの命令には従う。破れば制裁がある」
「新しいヘリオサは、馬に繋いで引き摺ったりはしねえと思うがな……悪い、端を握ってくれ」
「ああ」
冷たい水を含ませた布の端を、褐色の手が握る。じわりと手に滲みる心地よさを感じながら、反対側を握るブラッドは左手に力を込めて捻った。絞られた布から滴る水が、器の中に落ちていく。わずかに含ませた精油の爽やかな香りが立つ。
「手間をかける」
「長く眠っている間に殊勝になったな」
「お前の手を煩わせている」
「今日は彼女たちは本来の仕事で忙しい、俺が代わりだ。文句は言うなよ」
「文句はない。嬉しい」
柔らかな赤い瞳が見上げてくるのに少しむず痒さを覚えながら、右手の親指も使って濡らした布を広げて畳む。
クバルが意識を取り戻す前もその後も、ヘリオサの従者であった女たちが彼の身の回りの世話をしていた。薬湯を飲ませ、食事を運び、身体を綺麗に清める。「ヘリオサ」が不在であったため、彼女たちの役割は起き上がるにも補助を必要としていたクバルを、ヘリオサであった頃のように助けることであったが、新たなヘリオサが誕生し、しかもその若い王は儀式が終わった後から絶不調であるから、今宵彼女たちは本来の「ヘリオサに仕える」という仕事を遂行している訳である。ヤミールはきっとクバルよりも病人らしくなっている筈だ。
「そうか。俺も、弱っているお前を世話するのは優越感があって楽しい」
捻くれた言葉も、言われた当人は額面通りに受け取らなかったようで、クバルはかすかな笑みを唇に伸ばしている。ブラッドはふてぶてしく鼻を鳴らした。
クバルが長く眠りについている間も、本当は自身ですべて世話をして、彼の傍についていてやりたかった。しかし実際問題、右手の指を失ったブラッドには困難であったし、病床から這い出たばかりのブラッドの行動はヤミールやグランによって制限された。だからやっと役割が回ってきた今、満足感を覚えているのは事実なのである。
「上体だけ起こせるか」
「ああ」
寝台の毛皮に身体を沈めていたクバルは、腕を突いて言われるままに上半身を起こした。その動作は長く使われなかった筋肉を動かすように酷く大儀そうで、実際そうなのだろうと思った。
身体にかけていた毛皮が滑り、包帯の巻かれた腹部が露になる。
「取るぞ」
水気を布に拭い、褪せた白い包帯に手を伸ばす。ゆっくりと取り去れば、赤黒く捩れた傷口が腹の中央を真横に走っている。かつて腐りかけていた傷は治癒されたものの、完全に塞がった訳ではない。不用意な動作によって再び開いてしまう可能性があった。
「背中向けろ」
言う通りに向けられた広い褐色の背に、ブラッドは濡れた布を押しつけた。冷たいのだろう、いくつもの切創が刻まれた肌がかすかに震えた。
眠っている間に掻いた汗を拭き取るように、優しく撫でていく。耳裏から項を、筋肉の隆起する肩を、厚い背から腰を。
痩せたな、とブラッドは胸の内に呟いた。
ユリアーンに決闘で敗れ重傷を負って以降、クバルは途中から食べ物を、水さえも口にできずにいた。意識を失っている間、薬湯だけは飲ませられていたものの栄養は取れず、一見で憔悴したとわかる顔つきをしていた。落ち窪んだ目も痩せた頬も、今はいくらか肉づきを取り戻したが、激しく動くことは許されず、ほとんど寝たきりの生活で筋肉量は明らかに落ちた。
以前は、大柄で体格も良い部類のブラッドよりもさらに身体に厚みがあった。初めて会った時、太い首や肩、鍛え抜かれた上腕、厚い胸板と、大地を踏み締める頑強な脚に、わずかながら圧倒されたのだった。
その彼が今はひと回り萎んで見えて、何とも言えない気持ちになる。
「新しいヘリオサの儀式に、俺も立ち会いたかった」
声の振動が手に伝わってくる。結わえていない長い黒髪を払いながら、ブラッドは意識を引き戻した。
「お前が元気だったら、新しいヘリオサの誕生に立ち会う最初の先代になってたな」
「ヤミールは、平気だったか」
「ああ……馬の血飲んで今にも吐きたいって顔してた」
「あいつの勇姿を見たかった」
「お前も王になった時、同じ儀式を?」
ああ、とクバルは懐かしむように頷いた。
「馬の血肉は、ただの戦士である男に力を与えて王にする。俺は臓物も食った」
「……」
背後で黙ったブラッドの表情が見えたかのように、ふ、とクバルは薄く息を吐いた。
「ヘリオサとアステレルラを殺した直後の興奮で、何でもできた」
「そうか……ダイハン族には俺の知らないことがまだある」
これから沢山教えてやれる、とクバルは穏やかな声で言った。
「とにかく、ヤミールが認められて良かった」
「ああ、完全に安泰って訳じゃねえがな。……背中はもういいぞ」
身体を向き合わせたクバルの腕に布を滑らせながら、ブラッドはつい先日のことを思い返した。
「戦士たちも一応は納得したみてえだが、きっと全員じゃない。不満に思って反発する奴も出てくる」
ヤミールがヘリオサとしてダイハンの民たちに認められるには困難があった。とりわけ、戦士たちには。
集めた戦士たちに通訳できる者を通して、ヤミールが新たなヘリオサになることを告げた時、当然みなが異を唱えた。ダイハン族の慣習を無視した行為だからだ。
王は決闘により決められる。王を敗った者が、ダイハンの戦士の中で最も強い男として、新たな王として認められる。力こそ何よりも重視される要素なのだ。
ヤミールは戦士でなく、そして外見からわかるように戦士には遠く及ばず非力である。
「だが、ヤミールが豪胆で、勇敢で、思慮深い男だということは、俺たちの言葉でわかってくれた」
話すクバルの言葉には安堵が表れている。
反発する戦士たちを、療養するクバルのもとまで連れて説いた。ヤミールがユリアーンを殺したこと、アトレイアとの戦で壊滅状態に陥った時、城までの撤退を主導したこと、それに協力したガラガ族やフ族の戦士たちは彼を認めていること。何よりもブラッドとクバルが彼を信頼していること。
一度ユリアーンに敗れヘリオサでなくなったクバルへの畏敬は、生き残った戦士たちの間には生きていた。アトレイアに降伏を認めさせ戦を終わらせたブラッドへの信用も。ふたりの言葉もあって戦士たちはヤミールを、自分たちが戴く王として彼に期待することに決めたのだった。
「あいつはこれから証明していかなきゃならない。王としてダイハンを守ることができる立派な戦士だということを」
「……大丈夫だ。ヤミールは、いいヘリオサになれる」
クバルの声は確信めいていた。彼の確信をブラッドも信じている。
ぽつぽつと対話をしながら、まだ扱いづらい左手でクバルの身体を清めていく。張りのある褐色の肌の上を、少しの力を込めて濡れた布で撫でる。腹部の傷の周囲は優しく押さえるように、ことさら丁寧に触れた。
新しい包帯を巻き直した後、もう一度布を濡らし、クバルの手を借りて水を絞る。残るは下肢だけだった。
「脱がせるぞ」
「ああ」
「……寝てていい」
目線をやると、クバルは敷き詰めた毛皮の上に上半身を沈めた。
ブラッドは少し引き攣る左手でクバルの下履きの腰付近を掴み、右手の親指をかけて下に引っ張った。クバルが腰を上げてくれたおかげで脱衣は容易に済んだ。
意識しないように意識をしながら、健脚に布を滑らせる。筋肉のついた太い腿を、筋張った脛を、足の甲や指の間まで。
裏返しに畳んだ布を、ブラッドは自身の詰めた息遣いを自覚しながらクバルの内腿へと当てた。わずかな刺激を敏感に受け取った薄い皮膚が、びくりと震えた。
「膝、立てられるか」
素直に立てられた膝の間にブラッドは身体を差し入れた。既視感のある体勢に複雑な感情を抱きながらも、腿の裏側と際どい鼠径部を布で拭う。
「……っ」
決して他意はない。ただ病床に伏せるクバルの身体を清めているだけだ。そう言い聞かせて平静を保っていたのに、不意にクバルの唇から零れ落ちた吐息を聞いて、途端に当惑が生まれた。
早く終わらせよう。双方のためにも。
避けるのも、かえってそれはそれで露骨だ。ブラッドは決意して、クバルの表情は目に入れないようにしながら、股座に鎮座する性器に濡れた布を当てた。作業だと言い聞かせながらあくまで事務的な手つきで、少し蒸れた竿を拭う。力を込めずに、陰嚢の裏や会陰部も押さえるようにして撫でていく。
「……、は」
だが、身体の生理的反応には抗えないもので。クバルの抑えられた吐息が聞こえた途端に、ブラッドは手の動きを止めてしまった。目の前の浅黒いペニスが、緩やかに勃起している。静止したブラッドを斜め下から見上げるクバルが、罰が悪そうに「すまない」と呟いた。
「いや……仕方ないだろ」
反応を示してしまうのは本人の意思に関係ない。男である以上やむを得ないことだと、同じ男であるから理解している。
だが、どうしようか。元通りに服を着せて何事もなかったかのように去る。例えば彼との関係性が単なる同士だとか友人だとかであれば、そうするのが最も適切な行動と思えた。
だがブラッドとクバルは、同士や友人といった言葉で言い表せる程度の間柄では、とうにない。もっと深くて、濃い――。
「ブラッド」
名前を呼ばれて、意識的に視界に入れないようにしていたクバルの顔を見た。はっとした。
最後に身体を重ねたのはいつだったろうか。……あの時だ。ブラッドが、アトレイア国王として南征のためにリドル城へ身を寄せていた時。ダイハン族の奇襲を受け、逃亡のために厩舎へ至り、そこでクバルと再会した。剣を交えて、そして衝動のままに身体を繋げた。すえた臭いのする馬小屋で、互いに雨でびしょ濡れのままで。
ブラッドを見上げる赤い瞳は、微熱に浮かされたようにわずかに湿っているように見えた。濡れた視線に撫でられて、身体の奥がざわりと騒いだ。
「お前に触りたい」
その渇きには少しの躊躇いが見られた。ブラッドがクバルの身体を清めるのに、やましい意図があった訳ではない。クバルの方も同じだ。
だが、互いに意識してしまった瞬間、不意に甦った欲求に従うのが最も自然で正しいことだと、ブラッドは気づいた。
「……ん、ン」
触れ合わせた唇と唇の間から濡れた音が立つ。厚く柔らかい触感を堪能しながら唇のあわいを抉じ開け、舌を捩じ込む。
ブラッドは仰向けに身体を沈めたクバルの上に覆い被さり、丁寧に貪った。一度触れてしまえば、むしろどうしてこれまで我慢していられたのか不思議になるくらい身体が高ぶった。クバルも同様で、口内に忍び込んだブラッドの舌先を丹念に舐めしゃぶり、滲み出る唾液を一滴も逃すまいと啜った。
一度顔を離す頃には、ブラッドの雄も下履きの中で硬く膨らんで生地を押し上げていた。そろりと伸びた褐色の腕を捉え、ブラッドは左手でクバルの指の間を握り込んで毛皮の上に縫いつけた。
「動くなって言っただろ」
触りたい、と主張したクバルにとっては酷な仕打ちだとは自覚しつつも、ブラッドに譲歩する気はない。有無を言わせず、濡れた緑の目で見やると、クバルは了承したように身体から力を抜いた。
クバルの身体を気遣ってのことだ。下手に動けば傷口が開いてしまうかもしれない。その危険を承知した上で、お互いの肌に触れたい。だからお前は動くなと、ブラッドは釘を刺していた。
「ブラッド」
は、と熱い吐息を零し、鼻先でクバルの赤い目が見つめてくる。求めに応じ、再び口づけた。ぴちゃ、と濡れた舌同士を擦り合わせるのが堪らなく気持ちいい。
惜しみながら下唇を吸い、クバルの顎先を甘噛みした。濡れた唇ですでに熱を持っている褐色の肌に触れながら、下へ下へと降りていく。粒だった胸の先を舐め、割れた腹の窪みをなぞり、臍の下、薄く血管の浮き出た下腹を柔らかく吸う。詰まった息遣いが頭上で聞こえた。
「昨日まではどうしてた」
「……、何がだ?」
「従者の女たちが世話してただろ」
顔のすぐ横には、勃起し膨らんだペニスが主張していた。黒い下生えをなぞり、根本を押さえながら見上げると、欲に濡れた瞳が眇められた。
「処理させたのか? それとも自分で?」
「……彼女たちにさせる訳ないだろう。そもそも、お前に触られないとこうはならない」
少し不貞腐れたような声音は、初めて聞くような気がした。満足感を覚えながら、ブラッドは丸い滴の浮かぶ先端を口に含んだ。
「ふ、……っ」
息を飲む音が聞こえた。精油の、柑橘に似た鼻を擽る清々しい香りがした。
腿の付け根を押さえると、どくどくと血の巡りが伝わってくる。少し速い。生きている人間ならば当然のことに胸が熱くなる。
「ん……」
勃起したクバルのペニスは大きくて、すべてを口を含むことはできない。つるりとした亀頭をざらついた舌の表面で撫で、苦い先走りを滲ませる小さな割れ目を舌先でほじってやると、ますます膨らんだような気がした。
以前までは、自ら男の性器を咥えようなどとは夢にも思わなかった。けれど今は、クバルに触れたい、クバルを気持ちよくさせたいという、当然男ならば愛しい者に抱く感情が胸を占めていて、自分の変化を思う気持ちなど些細なものでしかなかった。
口に含んで舐めしゃぶっていると、頬の内側からじゅわ、と唾液が溢れてくる。唇の縁で刺激しながら唾液をまぶし、一度解放する。外気に触れたペニスの先は赤く充血して、鈴口から透明な液体を漏らして期待に打ち震えていた。
「ブラッド。出したい……」
はー、はー、といつになく興奮した息遣いで、上擦った声が懇願する。ずくりと下腹部が重くなって、下履きの股間が張り詰め少し痛くて、心地いい。口淫をしているだけで異様な高揚感を得ている自分を、ブラッドは自覚していた。
唾液と先走りでびしょ濡れになった亀頭を掌で擦るように刺激しながら、血管の浮き出た裏筋に吸いつく。あまりに強い快感だったのかクバルの太腿がびくりと跳ねて、我慢しきれないのか自然と脚が開いていく。
「っく、……ふ、ゥ……ッ」
声を抑えた低い呻きが、クバルの口から零れ落ちる。滅多に聞かない喘ぎ声は酷く扇情的で、ブラッドのひりついた情欲を煽った。下履きを押し上げるペニスの先が、じわりと濡れるのがわかる。
「出せよ」
手を離すとしとどに濡れていた。びくびくと脈打つ亀頭を再び口に含み、頬の内側に擦りつけた。硬くて、熱い。ぐり、と擦りながら左手で竿を握って扱いてやると、クバルの腰が跳ね上がる。
「は、……あ、――ッ!」
びくん、と引き締まった下腹が震え、口内に熱い精液が迸った。量が多く、濃くて苦い味がどろりと舌の上に広がる。
射精まで早いのは、久しく抜いていないからだ。アトレイアとの戦の間は不可能だったし、先程のクバルの言葉が本当ならば、意識を取り戻してから一度も精を出していない。
口内に溜まった精液を掌に吐き出し、クバルの身体を清めた布に拭った。柔らかくなったペニスの先を再び咥え、尿道の残滓をぢゅう、と吸い取ってやると、絶頂が過ぎたばかりのクバルは上擦った声を上げた。
「……よかったか?」
「ああ……すごく」
快楽に潤んだ赤い目が語っている。クバルを一方的に責めるのは、まだ彼と心を通わせる前に一度したきりで、受け入れる側のブラッドは基本的にクバルの愛撫にされるがまま、というよりこちらから仕掛ける余裕がなかったため、久々に得られる優越感的な愉悦があった。
すり、と力を込めずに優しい力加減で裏筋をなぞっていると、欲求を溜めたクバルのペニスは早くも再び芯を取り戻しつつある。
「もう一回してやろうか」
先端に唇をつけ、赤く濡れた舌先でちろりと舐める。クバルは不意に視線を逸らすと汗ばんだ額に張りつく前髪を掻き上げ、何かにたえるように長く息を吐き出した。
「……いい」
「そうか。じゃあ、今日は終わりだな」
「俺もしたい」
寝そべるクバルの脚の間に座るブラッドを、乱れた黒髪の間から赤い瞳が獣欲を纏って見上げてくる。
「お前に触りたいと言っただろう」
「触ったじゃねえか」
「違う」
伸びた太い腕がブラッドの項を捉え、やや強引に引き寄せた。危うくクバルの上に倒れ込みそうになり、彼の身体の横に腕を、正確には左手と右の肘を突いて何とか防ぐ。危ないだろ、と文句を吐きかけた口は、漏れ出そうになった声を飲み込むために閉じざるを得なかった。
「ッ……」
「俺も、ブラッドのを舐めたい」
大きな掌が、ブラッドの下履きを押し上げる股間を包み込む。熱い体温が伝わってくる。ぐり、とわざと刺激するように動いた掌の下で、濡れた先端が下着と擦れ合い、焦れったい快感を生んだ。
「駄目だ……お前が動くのは駄目だ」
「久々に触れ合えたのに、これだけで終わりにするつもりか」
「そんな顔で見ても……駄目だからな」
「ブラッド……頼む」
切羽詰まった声音が、ぞくりと腰の奥を擽る。
「…………ああ、クソ」
ブラッドは自身の意思の弱さ、というよりクバルに対する甘さに悪態を吐いた。クバルの身体を思ってこれ以上の行為は断とうとしているのに、そのクバルにどうしてもとねだられると、固かった決意が決壊する。挫かれる。
けれど元の体力を取り戻した訳ではなく、傷が完治した訳でもないクバルの要求を全面的に飲む訳にはいかず、ブラッドが譲歩した結果として、酷く羞恥を煽られるような体勢へと落ち着いた。
「……あ、っ……」
大きく張り出した亀頭を、ぢゅう、と強く吸われ、ブラッドは腰を震わせる。
クバルの胸を跨いで腰を下ろしたブラッドの屹立を、熱く濡れた粘膜が包み込む。クバルの口へペニスを突き出すような体勢への羞恥から腰が引けそうになるのを、浅黒い腕がブラッドの両の腿をがっちりと拘束して離さない、ばかりかぐいっとと力を込めて引き寄せようとする。快感と羞恥に歪む顔を観察するように、じっと穴が開くほど見上げてくる赤い目が眼下に光っていた。
「っ、あ、う、……ぅ、…っ」
内腿が引き攣りそうだった。男性器へ与えられる快感と、クバルに完全に体重を乗せないように脚に力を込めているせいで。
「逃げるな、ブラッド」
「っひ、……ん、……ア」
じゅぽ、と卑猥な音を立てて亀頭を飲み込まれる。先走りを搾汁されるように、一番敏感な部分を強く吸われ、引きかけていた腰が揺れる。唇で扱くように何度か出し入れされると、カリ首が引っ掛かるのも堪らない。
口淫で限界まで膨らみきったブラッドのペニスの先に唇をつけながら、クバルが鋭く見上げてくる。
「出そうか?」
「ん、……だから、離せ」
このままだとクバルの顔に射精してしまう。荒く呼吸を繰り返しながら要求すると、腿を引き寄せていた両腕が離れていく。後ろへ下がろうと脚を動かす前に、クバルの眼前で揺れていたペニスを大きな手で握られた。
「ア、っ!?」
だらだらと先走りを溢し続ける先端を、きゅっと握り込まれる。親指と人差し指でカリ首をくりくりと捏ね回され、不意に訪れた刺激に胸を大きく上下させた。
「おい、ッ……」
「お前はひとりでしたのか?」
「う、ぅ…っ、な、に」
「俺を待っている間」
溜まらずブラッドは所在に迷っていた手をクバルの顔の横に突いた。こうなると、本当にクバルの眼前にペニスを突き出すような体勢になる。真下から陰部を観察されている現状に、首筋がかっと熱くなった。竿だけでなく、玉やそれと繋がる会陰もきっと丸見えだ。ブラッドが羞恥に唇を噛んでいる間にも、クバルはぽたぽたと滴を垂らす雄の先を指先で弄ぶ。
「……っ、い、……一回……」
息も絶え絶えに答えた。本当は二回だった。いつ目覚めるかわからないクバルを思って、音のない静寂の夜に自慰に耽った。クバルが意識を取り戻した後に、昨日も一度。別に咎められることではないが、告白するのに躊躇いがあった。
「前を弄ってか? それとも、こっちか」
すり、と尻の狭間に熱い指先の感触が当たった。依然として暴発寸前のペニスを刺激しながら、クバルは片方の腕をブラッドの股下に通して奥まった場所を柔らかく押す。伝った先走りで小さな穴は濡れていた。ぐにぐにと揉み込むようにされると、身体は勝手に期待に打ち震える。
「前……だけ、だ……」
男ならば男性器だけへの刺激で満足できる。本来、ブラッドもその筈だった。
だが息を潜めながら自身を慰め射精に至っても、その時のブラッドは飢餓感を持て余していた。何かが足りない。身体の奥の深いところが、別のものを求めている。一度吐精して萎んだペニスを惰性で触るのをやめて、慣れない左手を後孔へ導けば、中の肉襞は待ち望んでいたように自身の指を飲み込んだ。押せば気持ちいい場所を探し出し、いつの間にかブラッドのペニスは再び芯を持って硬く反り返っていたのだった。
けれど、そんなことクバルに言える訳がない。お前のせいで身体を変えられただなんて、恥ずかしくて口にできない。指で中を刺激しても結局十分な満足は得られず、妙なもの足りなさを感じながら眠りについただなんて、なおさら言えない。
はーっ、はーっ、と獣のように息を吐いて体内の熱を押し出しながら、嘘を吐く。
「後ろは弄ってないのか」
「あ、ぅ……当然だ……ッ、必要ねえだろ、男なんだから、あ、あぁ、ッ!」
つぷ、と指先が潜り込んだ。一本だ。クバルの指を咥えた途端、自身の身体の中の熱さを自覚する。先走りを塗り込めるようにして、骨ばった指がぐちゅぐちゅと浅いところを掻き回す。内腿が、ぶるぶると震える。
「その割には、柔らかい」
「ん、ぁ、ア……」
指摘されて顔が発火したように熱くなる。証明するように二本に増えた指がくぱりと入り口を広げると、冷たい外気が熱い粘膜に触れて背筋が震えた。
指は阻む肉壁を割り開いて、ちょうどペニスの裏側に当たる部分を優しく押した。途端、氷がゆっくりと溶けるような、じんわりとした甘やかな快感が走って、ブラッドは意思とは関係なく腰を揺らす。
「前よりも、ここが気持ちいいだろう」
「っ……ふ、あ…、決めつけ、たように言うな……ッ」
「違うのか」
「ンん……っ!」
違わないと、自分でも気づいている。だが言える訳がない。
クバルに触れ、肌を合わせて、身体を重ねるのはブラッドにとって気持ちいいことで、好きだ。けれどそれを認めることと、後ろを突かれて快感を得る悦びが前で得られるものよりも大きいと認めることには、明確な違いがある。
「さっきよりもびしょ濡れだ」
葛藤を見透かすように、真実を突きつけるようにクバルは言う。
わかっている。一番敏感な亀頭を弄られている時よりも、尻の穴に指を入れられている時の方が、先走りの量が多いことは。止めどなく溢れる透明な液体が、真下のクバルの顔に滴っていることくらい。
本当は、指よりも硬くて太いものが欲しい。
「ぅ、う……ッわかってる、から……いかせろ、よ……!」
自身の制御下を離れて勝手に身体が動く。高ぶったペニスで早く射精したいと、ただ触れているだけのクバルの手に押しつけるように、はしたなく腰を突き出す。
どっちが気持ちいいかなんてどうでもいい。早く絶頂まで駆けたい。恥を捨て、動物の雄じみた動きで求める。濡れた亀頭が掌に擦れて焦れったい、そう思った瞬間、ぐっと強い力で握られた。
「ひっ!」
ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて、下へ引っ張るように、いきり立ったペニスを扱かれる。裏筋に親指の腹を当て、竿を握った皮の厚い掌が先端まで一気に擦り上げる。即物的で強烈すぎる快感に、開いた口から引き攣った喘鳴が漏れた。
同時に腹の中も刺激される。感じる場所を二本の指先でぐ、ぐ、と押され、ブラッドは抵抗する術もなく、足裏から駆け上がった衝動に支配された。
声もなく射精する。弄られすぎてひりつくような感覚を覚えた亀頭の先から、白濁が飛び散っていく。く、く、と触れる人肌にペニスを押しつけながらすべて出しきった時には、足腰から力が抜けてへたり込みそうになった。
はっとして消え去りかけていた理性を掴み、ブラッドはよろよろと上体を持ち上げる。
「多かったな」
褐色の肌に飛び散った白濁を、ブラッドの先走りに濡れた指先が拭う。それを躊躇いもなく口に含んで、赤い舌が艶然と舐め取る。ブラッドは呼吸が速まって、頭皮から汗が吹き出るのがわかった。
「一回、自分で出したんだろう」
「ッ……、本当は、二回だ……」
ブラッドが放った精液は、クバルの頬や額、当然前髪にもかかっていた。白濁が散る褐色の肌の卑猥さたるや、とても言葉では言い表せないばかりか、恥ずかしくて死にたくなってくる。
背反する心情を無視して、ブラッドのペニスはぴくりと反応を示した。後孔にまだクバルの指が埋まっていて、一番感じるところは避けながら曖昧に、けれど意思を持って肉壁を開いていく。
「ブラッド、俺はまだ足りない」
「……駄目、だ」
「一回出しただけじゃ、収まらない」
「さっきは、もういいって言ってただろうが」
「お前の中で気持ちよくなりたい」
ぐちゅ、と熟れた粘膜を擦られて、ブラッドの唇からは熱い吐息が零れ落ちた。指の関節の出っ張りが引っ掛かるのさえ快感を生み、肉壁は素直に内部の異物を締めつける。
「まだ駄目だ……」
「いつになったらいい」
「……お前の腹の傷が完治したら」
「いつになるかわからない」
「だから、早く治すんだよ」
「それでも今、我慢できない」
眼下のクバルが純粋な、満たされたいと願う純粋な瞳で懇願している。まるで駄々を捏ねる子どもだ。大きすぎる子ども。態度と裏腹に、中の指は気持ちのいい場所を掠める。
「っん」
「お前は、我慢できるのか」
湿った声で問われて、ブラッドは喉を鳴らした。
我慢なんて、できる訳がない。入れたい。クバルと身体を繋げたい。その熱い体温と肌の香りを感じたい。当然だ。どれだけの時間、待ったと思っている。意識のなかったクバルよりも、ブラッドの方が長く辛抱している。
けれどここで無茶をしてしまったら、外の赤い大地を感じ、暗夜に煌めく星を眺めるのが、先延ばしになってしまうかもしれない。
「ブラッド」
だから我慢しているのに、この愛しい男は打ち砕こうとする。
ブラッドは長く長く溜め息を吐き、のろのろと後退した。自然と指が抜け出ていく。
「クバル。お前は絶対に動くなよ。動いたら止めるからな」
今度こそと釘を刺した声音は、抑えきれない興奮で上擦っていた。
「っあ、ぁあ、ぅ……」
ゆっくりと、飲み込んでいく。ぐずぐずになった粘膜の内側に太い剛直を受け入れていく。みちみちと犯されていく感覚に、開いた喉の奥から意味をなさない音が漏れ出る。
「……はぁ、っは、……あ……」
「っう、……く」
クバルの切羽詰まった呻きに、高揚は煽られる。薄目に見た男の顔は、瞼を伏せ、眉間に皺を寄せ、徐々に締めつけられる快感にたえていた。
クバルの腰の上に跨がり、後孔に埋めていく。クバルの腹の上に手を突くことはできないから、少し不安定だが後ろに左手を突いて、脚を開いて乗っている。ペニスを飲み込んでいる赤く色づいた穴の縁が、繋がっている箇所がクバルの目にすべて晒されてしまうのを承知で、腰を下ろしていく。
「ん、……は、ぁ」
ある程度まで受け入れて、恍惚の吐息を漏らした。額から流れた汗が顎に溜まり、拭う間もなく落ちていく。
久しぶりの充足感。苦しいけれど、酷く心地よくて、眼球の奥がじわりと湿る。
「……動くからな」
「ゆっくりで、いい」
腰を持ち上げると、ずる、と熱い剛直が粘膜を擦りながら抜け出ていく。決して激しくはないその動きでさえ、久々に昂りを受け入れた身体の内部は喜んだ。遠退いていく熱を肉襞は柔らかく、入り口はきつく締め上げて絡みつく。
「すごい、光景だ」
胸を上下させるクバルが、喘ぐように言った。じゅぽ、と濡れた音を立ててペニスが外に出る。限界近くまで硬く勃起し反り返ったクバルのものは、先走りと腸液で淫猥に光っている。透明な糸を繋いだブラッドの秘孔は開かれた道を閉じるように絞まって、ひくり、と収縮する。
小さな穴がペニスを飲む瞬間を、赤い肉襞を捲りながら抜け出る瞬間を、クバルの熱に浮かされた瞳が焼きつけるように見ていると思うだけで、ぞくぞくと瘧のような快感がブラッドの熱い身体の内部に広がっていく。
「っあ、あ……」
もう一度埋めていく。剛直に浮き出た血管の硬さを、張り出した亀頭のくびれを敏感に感じ取る。
これが欲しかったのだと、渇いた身体の飢餓感が満たされていく。下から伸びてきた手が、硬く引き締まった内腿を辿る。ブラッドは腰を振って貪った。はしたない娼婦のような格好も、茹だった頭では気にもならない。
「ブラッド……っ」
湿った喘鳴を上げ、中でクバルが果てたのがわかった。濡れた感覚があった。けれど、ブラッドはまだ達していない。絶頂を越して一回り萎んだ雄を、ぐずぐずに溶けた穴で締め上げて粘膜で擦ると、クバルの腰が跳ねた。
普段の鋭さが抜けて緩み潤んだ目が、何かを求めている。
「は、っ……ブラッド」
「……ふ、…ぅ」
ゆっくりと上体を前に傾けて、覆い被さるようにして濡れた唇に噛みついた。厚い肉を食み、開いた歯列から舌を潜り込ませる。ぢゅう、と湧いた唾液ごと吸われた舌が心地いい。
ずっとこうしていたい。クバルと唇を合わせるのは気持ちがいい。ペニスを扱いたり、後ろを突かれる時のような明確な快感はないが、空の杯に一滴一滴酒を垂らすように、渇いた心が少しずつ満たされていく。
ぬるりとした舌を捕らえ、唾液を啜った。鼻で呼吸をしながらぬるま湯のような愉楽に浸っていると、するりと背筋を滑った片方の手が尻たぶを掴んだ。
「ん、……ンっ!」
ばちゅ、と下から浅く穿たれ、微睡みのような快楽から引っ張り上げられた。一度射精したクバルのペニスはすでに硬さと大きさを取り戻し、放った精液の滑りを借りてブラッドの内壁を抉った。上体を支えていた腕がかくんと折れて、クバルの身体の上に伏せるような体勢になる。
熟んだ快楽に支配されていた頭でも、これではクバルに負担がかかることは理解していた。包帯を巻き直した腹部の傷が擦れてしまうのは避けたい。
「クバ……、ん、ん」
「ふ……っ、ぅ」
片手で項を押さえられ、離れようとした唇は再び捕らえられた。口内を丹念に愛撫され、触れ合った粘膜は熱くて溶けてしまいそうだった。
「は、…ふ、……っん、ぐ、ぅっ!」
下肢で濡れた肌と肌がぶつかった。この体勢は本当にまずいと、焦燥のような、あるいは期待のような、腹の底を熱くする高ぶりが駆け上がった。
ブラッドが脚を開いてクバルの上に跨がる体勢の時よりも、熱い塊は中の敏感な場所を抉っていく。硬く張り出した亀頭が腹側の壁をごりごりと削り、溜まらず後孔を強く引き締めた。下から与えられる揺さぶりで、クバルの肌に密着したブラッドのペニスが擦れ、直接的で強い快感を生む。
「ッん、……んん、ッ!」
このままでは駄目だと思うのに、容赦なく与えられる快楽の波から抜け出せない。唇を吸うのも、吸われるのも、舌を擦り合わせるのも、気持ちよくてやめたくなくなってくる。
汗ばんだ肌と肌は熱く、触れた場所からどちらのともわからない熱が伝染していく。せっかく身体を拭ったのに、これでは意味がない。最初よりも汗とそれ以外の体液でべたべただ。
「っは、ぁ……あっ、あ、ぉ」
「く、……ん、ブラッド、もう……」
解放された唇から冷たい空気が喉に流れ込んでくる。開きっ放しになった口から意味をなさない喘ぎが漏れ、唇の端から飲み込めなかった唾液が滴り垂れる。伏せたクバルの首筋がびしょ濡れだ。
硬い尻肉を指先が食い込むほど強く掴まれる。限界を知らせるように、突き上げる間隔と速度が増した。じゅぷじゅぷと、精液と先走りと腸液が混ざり合った、卑猥な水音が立つ。
一際強く穿たれて、下腹がじんと痺れるような感覚に、濡れて滲んだ視界は小さく火花が散った。足裏から何かが込み上げる。痛いくらいに勃起したペニスが、挟まれた肌と肌の間で脈打つ。尿道を熱い迸りが過ぎていく感覚に、ブラッドは左手で毛皮を握り締めてたえた。布が巻かれた右手の先が、引っ掻くように柔らかな毛を滑る。
「っは、ぁ、うぅ、――ッ」
「う、……く、ッ!」
後ろを穿たれての二度目の射精は、脳が焼ききれそうなくらい気持ちよくて、強張っていた全身の力を抜くと、耳のすぐ傍で低い呻き声が上がった。身体の奥が、熱い液体でじわりと濡れる。
「はー……はー……ッ」
全身に湧き出た汗の冷たさを感じながら、しばらくクバルに被さったまま息を整えていた。大きく吸い込むと、汗の香りと爽やかな精油の香り、それから太陽に晒された大地の匂いのような、クバルの肌の匂いがした。興奮しきった脳が、柔らかい安堵に包まれて凪いでいく。
湿った指先に顎を掴まれて、軽く唇を吸われた。ちゅ、ちゅ、と性感を伴わない強さで何度か啄まれる。
「あ……おい、やめろ……」
「ん……」
「また、したくなるだろうが……」
手で押しやって顔を離すと、まだ興奮の冷めやらぬ濡れた唇が掌に吸いついて、べろりと舐めた。
「俺はもう一度したい」
「……駄目だ。あとは、お前の腹の傷が治って、立って歩けるようになってからだ」
語気強く断って、ブラッドは痺れの残る腕に力を込めて上体を起こす。ぬちゃ、と擦れた尻の下が酷く濡れているのが冷たい感触と音でわかった。
「っん、……」
腰を上げて中に埋まっていた雄を抜く。赤く腫れぼったくなった尻の縁からどろりと重たい液体が漏れ出て、内腿を流れ落ちていく。
まだ敏感に刺激を受け取るそこを、濡らした布で拭う。拭いても奥に放たれた精液が下りてくることはわかっていたが、それは後回しにした。ブラッドはクバルの下肢も手早く拭ってやって、隣へ横向きに身体を沈めた。
褐色の腕が伸びて、ブラッドの額に張りついた短い金糸を指先で払う。それから頬を撫でて、汗ばんだ首筋をなぞる。性的なものは感じない、ただ戯れるような動きだったため、ブラッドは文句を言わずに好きにさせた。
視線だけで、クバルの腹部を確かめる。汗や精液で湿り、よれた包帯はもう一度替えなければならなかったが、傷口は開いていないようで安心した。
「立っては歩けるし、馬にも乗れるからもう平気だ」
「じゃあ、腹の傷が塞がってからだ」
「どれだけかかると思う」
「お前ならすぐだろ……いいもん食って、早く治せ」
以前よりも肉の削げた頬を硬く叩きながら、ブラッドは行為後の倦怠感を滲ませた声で言い、唇の端で薄く笑った。その口の端に唇が触れて、すぐに離れていった。
「……悪かった」
「何が?」
「もう無茶はしない」
お前に心配をかけたくない、とクバルは掠れ声で呟き、親指の腹でブラッドの頬を撫でた。熱の引いた、少しざらついた感触だ。それから、指のない右手をそっと包み込んだ。
「お前にも負担はかけたくない。治るまでは我慢する」
「ああ……そうしよう」
「けれど、今日だけは一緒に寝てくれ」
何もしないから、と抱き寄せられる。包み込むクバルの匂いに顔を埋めると、ふわりと身体が浮かぶような感覚がある。幸福感と呼ぶのだろうと思った。
「……今日だけな」
興奮は冷めた筈なのに、押し出した声は掠れていた。我慢しなきゃならないのは俺も一緒だ、と胸中に呟いて、ブラッドは傷だらけの背に腕を回した。
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