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Twelve(7)
「ユーリ、ちょっといいかな?」
ドン・クリステンがやってきた二日後の昼下がり、今度はアルテミオが顔をのぞかせた。幹部連中は暇人なんだなァと言いながら、ベッドに転がった状態で本を読み耽っている。
「相変わらず無防備だな」
誰かが入ってくるとは思っていなかったから、パンツだけでだらりとしていることを指摘される。暑いんだよと文句を言いつつ、軽く起き上がって、リュカが持ってきてくれた肌触りと着心地の良い薄手のローブを羽織った。ウォルナットは少し日差しが強い。特にユーリが借りている部屋は日当たりがよく、風通しのよいからこそ部屋にいられるが、そうでなければ灼熱だ。
「准将殿はいつ戻るか聞いたかい?」
「さあ、数日以内じゃない?」
それがどうかした? と素っ気なく尋ねると、アルテミオが大したことじゃないと笑みを深め、近付いてくる。
普段と変わらない口調と表情だけれど、纏う雰囲気に若干不穏が混じる。眉を顰め、本を閉じていつでも動けるように体を起こす。
「なに? 不穏なプレゼントなら要らないんだけど?」
「うーん、まあ、大人しくしてくれていればすぐに済むよ」
悪いが返品不可だと穏やかに笑い、アルテミオが目を閉じて耳を澄ませる。なにをしているのかと、ユーリも真似をして耳を澄ませた。キィンと小さな金属音のような、人工的な音が聞こえてくる。なにかの合図なのだろうか。少ししてアルテミオが目を開け、なにかをぶつぶつ言い始めた。計算式。数字は聞き取れる。言語形態的にアレティア語だろうか。そしてまたアルテミオ自身も手首にある見慣れない金属製のものに息を吹きかけた。微かだが、同系の小さな金属音がこだまする。
「え、なにそれ。おもしろ」
「聞こえるのかい?」
「聞こえる。つか、さっきのアレティア語だろ?」
アルテミオが瞠目した。そのままユーリを注視する。ドン・ナズマはアルテミオの部下なのだから、自分にアレティア語を教えたことを知っていると思っていたが、そうではないことをその表情で悟る。
「あのさあ」
ベッドの上で足を組んで、後ろ手に両手を突きながら、アルテミオを呼ぶ。
「取引しようよ。リナーシェン・ドクだけが学べる知識があるじゃん。あれを教えてくれるなら、ていうか、俺が使ってもいいって許可をくれるなら、どこに連れて行ってもいいよ」
むしろ、元々敵の懐に飛び込むつもりだったしと、不敵な笑みを浮かべる。
「それをどうして俺に?」
「どうして? おもしろいことを言う。ドン・クリステンの代わりに軍部の指揮を執ってんの、あんただろ?」
アルテミオの笑みは変わらない。表情も、瞳孔にも変化がない。揺さぶりのつもりではなかったが、寧ろ楽しそうに笑みを深めた。
「どうしてそう思った?」
「え、単純な理由。おじさまたちが畑手伝っていなかったり、ネイロが釣りに行っていなかったり、ここのところチェリオがずっと姿を見せていない。
ドン・クリステンは人を使うのは巧いけれど、元々の立場がそうさせるのか、二コラと同じく馬鹿正直に“軍部の人間”しか動かさない。だから動きを知られて困る俺やリュカをこちらに移送させた。
でもたぶん、あんたは考えつくすべての案を複数同時に動かせる。頭の作りの違いって奴。順序だててコツコツやりたい人と、そうじゃなく同時にいくつものタスクをこなせる人っているんだよね。そしてドン・クリステンはいま、それこそオレガノ側となにかの協議中だったりするんじゃない? こないだの抱き方、ヘンだったし」
セックスって結構考え方の癖とか出るんだよねと、ユーリが笑う。アルテミオは微苦笑を漏らして、またさっきの手首につけているそれを指でなぞった。
「ユーリ、先ほどのきみの疑念だけれどね」
ユーリが興味深そうに目を輝かせて、「どうぞ」と話の続きを促す。
「単純に、”准将殿という最大の邪魔者”がいないから、きみを攫うならいまがチャンスなんだ」
言い終えると同時に、アルテミオがベッドの上にいたユーリの腕を掴んで簡単に床に捩じ伏せた。
急な動きに驚いた。殺気もなにもない。どこか楽しそうに微笑んで、レッグホスルターからハンドガンを取り出す。
ほおと、ユーリが目を細くしてアルテミオを見る。そこに恐怖や驚きといった感情はない。むしろ期待感に満ちた視線をアルテミオに向けている。それに気付いたのか、アルテミオが軽く肩を竦めてみせた。
「おや、騒がないんだね」
「あんたに殺気がないから」
アルテミオは満足げに目を細めて、『本当に危ないのは殺気を出さずに人を殺せる人間だよ』と声色を変えずに言った。
もう一度アルテミオが目を閉じて耳を澄ませる。今度は自分の手の甲を中指で軽くタップし、タイミングを図っているようにも見える。ユーリが動けないように、腕を掴んだままだ。ただその手は、ユーリが抵抗しないことを知っているのか、振りほどけばいつでも逃げられるような軽いものだった。
「うん、いい連携だ。やはり彼らは頼りになるね」
アルテミオがいう意味がわからなかった。彼らとは誰だろうと思いながらもアルテミオの手を振り払ってのそのそと身体を起こし、窓際に身体を寄せた。窓から顔を覗かせて外の様子を見る。人がいる様子はない。
「ねえ、さっきからなに言ってんの?」
なにもいないじゃんと言い掛けた時、手前の茂みが揺れたのがわかった。モスグリーンの迷彩服を着た男が数名潜んでいる。あっと声を上げそうになった口を塞がれた。
「こらこら、保護対象が自ら顔を見せに行くもんじゃないよ」
保護対象と、口の中で呟く。
「忘れたのかい? きみはそもそも“軍部預かりの身”なんだ。
ひとつ質問をしよう、ユーリ。ここはたしかにガブリエーレ卿の領地だけれど、俺たちが“ガブリエーレ卿”と“リュカくん”をわざわざ呼び分けているのは何故でしょう?」
何故? 目を瞬かせる。
「え、立場を秘匿せざるを得ないから」
「それは何故?」
アルテミオは楽し気だ。まったく意図が理解できていない様子のユーリを見て、くすくすと笑う。
「ジョスとリュカくんが、初めに言わなかったかい? 『ミカエラはガブリエーレ卿の戦友だ』って。
リュカくんの兄上――エリアス・ガブリエーレと准将殿は、准将殿がミクシアに来てからずっと同部隊で、年齢は結構離れているけれど、彼らは仲が良い」
「あァ、言ってた。じゃあ、もしかして、ガブリエーレ卿の領地で問題を起こすと諸々面倒ってのは、『軍部にケンカを売るも同義』……ってこと」
ユーリが問うと、アルテミオがわざとらしく肩を竦めてみせた。
「正解」
「……えっ、クッソ性格悪っ。なに、それじゃ、“わざと”?」
「そう、“わざと”。こそこそと嗅ぎまわられるのって、イラつかないかい? 正々堂々と勝負する度量がないのなら、飼い犬に徹するべきだというのに、飼い主の手を噛む勇気もない、ただ言うことを聞かずにそっぽを向いておくだけだなんて、立場のある人間のすることではない」
あきれ顔のユーリに楽し気な視線を向けて、アルテミオがそっと頭を撫でた。
「大丈夫だ、そこで大人しくしておいで。心配はいらないよ、“すべて”織り込み済みだからね」
えっ? とユーリが不審そうな声を上げたとほぼ同時に、屋根の上からリュカの楽しそうな声が響いた。
「総員、かかれ!」
リュカの指示の声に混じって、チェリオの威勢のいい声がした。
「全員とっ捕まえてもいいんだよな!?」
「罷り間違っても殺さないでよね。どこの誰の間者かたっぷり吐かせてやるから」
「おい、ファリス! やりすぎだっつの!」
男たちの悲鳴と共に、ファリスの生き生きとした声が聞こえてくる。ユーリは窓から鼻の辺りまで顔を覗かせて、その様子を眺めた。
ピエタの下部組織の連中は、チェリオたちの猛攻でほとんどが捕まえられている。南の森に逃げ込もうとする男を見つけ、チェリオがネイロに声をかける。
「ネイロ、森に逃げるぞ!」
「おうよ! 死ななきゃなにしてもいいんだよなあ!?」
ネイロの声と同時に、弦がしなるような音がして、南の森に逃げようとしていた男が倒れ込みながら悲鳴をあげた。男のふくらはぎあたりに矢が突き刺さっている。ネイロがパラロッチャでビンゴだと明るく言ってひゅうと口笛を吹いた。
「ちょっと、ネイロおじさま! 面倒な場所に怪我させないでよ!」
「悪い悪い」
ひひひと悪びれた様子もなくネイロが笑う。キルシェなんてどこから持ってきたのか、分銅鎖のような武器でいとも簡単に捕らえていく。アルテミオがなにかを見つけたように下に声をかけた。
「東側に別働部隊がいるぞ」
「問題ねえ」
ロレンが明朗に笑いながら言う。ロレンは男たちを十分に引きつけ、ハンドガンを構えて打った。次々に男たちの悲鳴が上がる。アルテミオが楽しそうに笑って肩を竦めた。
「腕が鈍っていないようで安心したよ」
「抜かせ、アルテミオ。高みの見物を決め込んでねえで、ちったぁ働け」
ユーリがきょとんとしてアルテミオを見上げる。
「徴兵制があった頃の同期なんだ。事情があってスラム街にいるのだろうけれど、彼はとても優秀なスナイパーだった」
准将殿には負けるかもしれないけれどねと言って、アルテミオがハンドガンを構えた。
車の影に隠れて反撃の機会を窺っていた男をアルテミオがとらえる。たった一発で仕留めるだなんて、ジジが言っていたとおり強いのかもしれないと思う。
「俺も実戦でもまだいけるね」
あんまり得意じゃないんだけどと、アルテミオが明朗に笑う。
「ロレン、後ろにふたりいるよ」
右は俺が狙うと言って、アルテミオが右側の男を仕留める。ロレンもまた無駄な動きひとつせずに一発で男を仕留めた。
アルテミオがまた目を閉じる。なにか探るような様子だったが、やがて目を開けて窓から身を乗り出し、屋根の上にいるリュカに合図を送る。
「リュカくん、いまので最後のようだ」
リュカがよし! と弾んだ声をあげた。
「別同部隊もいたようだが、ここに来るまでの間に俺の“かわいい部下たち”が捕獲したとのことだ。もうすぐこちらに引きずってやって来る」
「了解。ご苦労さま、チェリオ、おじさまたち。そいつら全員猿轡かませて連れてきて。
ここが誰の領地で、どういう場所かを知らないお馬鹿さんたちには、よくよく言い聞かせないといけないからね」
リュカが一番悪いやつじゃないかと思うような声だ。ユーリは呆れながらもアルテミオを見た。
「ここって安全な場所って言ってなかった?」
不審そうに尋ねると、アルテミオは楽しそうに笑って両手を軽く広げた。
「命知らず以外は誰も攻めてきやしないさ。彼らは俺が蒔いた餌に釣られてやってきただけだよ」
「えさ?」
「『ユーリが失っているはずの記憶を取り戻した』ってね」
ユーリが呆れたような顔をした。そう噂を流せばどの部隊がやって来るかを確かめようという魂胆なのだろう。夜もすがらに攻めてこられたらどうするんだよとユーリが唸るようにいうと、アルテミオはまた笑って「だからある一部の人にしか伝えていないよ」と言ってのけた。自分もよくやる手だが、やられるとなんとなく腹が立つなとぼやくように言った。
ところでとアルテミオが笑みを深めた。
「きみの記憶が戻ってしまうと一番困るのは、やはりピエタの下部組織――スコーピオだったようだね。彼らを動かしているのは、誰だと思う?」
ユーリはベッドに戻って、その上であぐらをかいた。指摘されないように、ローブの裾を整える。
「いまの話の流れからいけば、ドン・ヴェロネージとか、スカリアの隊の一部では?」
「ご名答。司令塔は、現在行方不明のはずのドン・ヴェロネージともされている。俺の優秀な部下が調べてきたので、間違いないと思うよ」
アルテミオが優秀というのだから、嫌味でもなんでもなく本当にそうなのだろうと思う。ユーリには心当たりがないが、軍部には確かに頭が切れ且つ戦闘もできる相手が多数いると聞いている。そも軍医団のトップになれるなど一握りだ。
「それで、きみはジョスそっくりのドン・ヴェロネージを見たんだろう?」
ユーリは素直に頷いた。あの時のような悪寒や過呼吸は起きないが、地味に頭が痛くなる。ユーリは額をさすりながら息を吐いた。
「ベアトリスが、フィッチにはそういう形成技術があるって言っていた」
「そうらしいね。彼らはやはりフィッチと結びつくことでオレガノを揺さぶろうとしているんだ。目的は第一王族の王政復権、つまり」
「俺かエドを担ぎ出そうとしている、ってことか」
「本来ならそこは、きみと、きみの兄をという話だったんだろうけれどもね。一応情報は秘匿されているけれど、ドン・ヴェロネージが関わっているとなると、ピエタ側に保管されたものはいくら秘匿された情報と雖も簡単に引き出すことができる。
ジョスが軍医団二部を創設させたのは、軍部が秘匿する情報を外部が引き出せないようにするためだ。あちらがどこまで掴んでいるかはわからないが、准将が助かったことで、それを引き合いに出してくる可能性はある。第二王族が第一王族に命を救われてよいのかーーとね」
は? と間の抜けた声が上がった。第二王族? 誰が? と言ったところで、そういえば自分が眠くて仕方がなかった時にそんな会話をしていたような気がしたのを思い出す。ユーリは溜息をついて少し視線を逸らした。
「王族云々を向こうがどこまで知っているかわからないけど、子どもの頃に誘拐されそうになった時、耳慣れない言語で呼ばれたような気がしたんだ。それでふらふら近付いたら捕まって、様子がおかしいことに気付いて騒いでいたら、“ユーリ”が助けてくれた。そのうちのひとりが、たぶんだけど、ドン・ヴェロネージ」
オレガノの駐屯地で嗅いだタバコのにおいと同じにおいをさせていたと告げる。
「ドラッグ入りで違法性のあるタバコだろう?」
「多分ね。フォルスとパドヴァンの国境警備隊のやつも似たようなにおいのやつを吸っていた」
「そのにおいを覚えていて発作が起きたのか」
訳知り顔のアルテミオに一瞥を投げ、ユーリは軽く肩をすくめた。
「それだけじゃない。収容所に連れて行かれる前、フォルスで襲撃にあった日、ドン・ヴェロネージともう一人に回されたんだ」
顔は覚えているけど名前は知らないとユーリが告げる。ふたりと言ったが、記憶にはもやがかかったようではっきりとはしない。ほかにもまだいたような気もするけれど、彼が手を出してきたのかどうかまでは記憶にない。アルテミオが深刻そうな顔をした。
「回されたって、きみはたしか、まだ6歳にも満たない年齢だっただろう」
「身分も安全も保証されている上流階級様や貴族様にはわからないだろうなァ。麓の村ではよくあることだった。だから“ユーリ”やクロードがイル・セーラ以外入れないように厳戒態勢を敷いたいんだ。特に銀髪のイル・セーラなんて数が少ないから、女性たちは危険がないように気をつけていた」
でもとユーリが継ぐ。
「いつかチェリオも言っていたけど、銀髪のイル・セーラは男でも子どもが産めるって噂がたった。だから乱獲されたのもあるのかもしれないけど、そんなわけねえわって話なんだよね」
諸々大問題だろとユーリが冗談めかして笑ったが、アルテミオは眉を顰め、真剣な面持ちでいる。
「あー、えっと、こういうの言わないほうがよかった?」
アルテミオが首を横にふる。そうかと思うとやや躊躇いがちに手が伸びてきて、頭を撫でられた。
「俺たちにもっと力があれば、きみたちにそんな思いをさせずに済んだ」
悲壮な面持ちだ。ユーリはそれを見上げて、静かに笑みを浮かべた。
「昔の話だよ。それに俺たちはあんたらの大変さが一切わからないし、それと同じだろ?」
「違うよ。少なくとも我々にはそういった危険がない。子どもを犯すなんて異様だし、首謀者を早く捕まえないと」
アルテミオの手が離れていく。ユーリはそれを掴んで、手を握ってみた。にぎにぎと感触を確かめる。やっぱり、誰とも違う。触れたことのない、敵意のない手だ。ねえとアルテミオを呼ぶ。
「あんたやっぱり、イル・セーラを囲っていたことない? 一緒に住んでいたことがあるとか」
アルテミオが驚いたような顔をした。
「なぜ?」
「前にも思ったけど、敵意も、下心もない手だ。純粋に保護をしようと動いてくれているのがわかる手」
ユーリはその手に頬擦りをした。なんだか懐かしい気すらする。この手は嫌いじゃないと告げると、アルテミオがすりすりとユーリの頬を手の甲で撫でた。
「常に脅威に晒されていたから、そんなことがわかるようになってしまったのか」
「同情すんなよ、ある意味メリットだから」
「メリット?」
「そう。俺を抱きたいと思う奴はわかるから、挑発して本題から逸らしたり諸々できる」
人懐っこい笑みを深めて言うと、アルテミオはどこか困ったように息を吐いて、ユーリの隣に腰を下ろした。軽く頬を摘まれる。
「危ないことはするなと、きみの番犬くんにも言われるのでは?」
「俺が自分の体をどう使おうが自由だろ。幸いにして収容所で仕込まれた手管もあるし」
そう言いかけて、ユーリはアルテミオに押し倒された。ベッドに肘をついた状態で顔にかかった髪を指で払われる。
「俺が本当になにもしない、とでも?」
ユーリが眉尻を下げて笑った。
「その気ないでしょ、俺を指でイカせられても入れるまではしない」
「それは収容所で、看守の目があったからかもしれないぞ」
まるで試すような視線だ。ユーリは吹き出して、そのままの状態でけらけらと笑った。
「試してみる? 別にいいよ、あんたなら同情もなにもなく満たしてくれそう」
言ってアルテミオに抱きつく。アルテミオの動きが止まる。どうせなにもしないと思っているわけではないけれど、素直に身体を預けてもいい相手とそうでない相手がいる。ニコラとアルテミオはそのタイプだ。ニコラはあれから姿を見せないし、ドン・クリステンにセックスを見られたと言っていたから、きっとここではもう手を出してこない。収容所ではほぼ毎日のように買われていたこともあり、人より性欲が強いほうだと自覚している。相手も選ばない。征服欲のない相手になら、割と素直に身体を預ける。ドン・クリステンとはまた違う体温が落ち着く。
アルテミオは少しの間なにかを考えている様子だったが、もう一度ユーリの頬を撫でて身体を起こした。
「きみはジョスと契約中なんだろう? 彼の恨みを買うのは怖いから辞めておくよ」
「えーっ? じゃあ手だけでいいじゃん」
せがむように言ったが、アルテミオはユーリの腕を解いて身体を起こしてしまった。浮かない表情をそのままに微苦笑を浮かべる。
「Sig.カンパネッリの気苦労が伺えるようだよ」
「上司に脅されて俺を抱かなくなるようなヘタレだし、ちょっとしたスパイスは必要かと思って」
ニヤリと笑うと、アルテミオは少し遠い目をして呆れとも企みともつかない表情でユーリの頭を撫でた。
「俺はきみを囲うつもりも飼うつもりもないよ。友人としてのお誘いなら受け入れよう」
「へえ、セックス込みじゃないと動いてくれない要人とは違うんだ」
「本来それは『法令違反』だ。俺ときみが恋人同士なら触れ合うのも吝かではないが、きみにそのつもりなどないだろう?」
「わかんないよ、案外俺はあんたみたいなタイプ好きだし、甘やかさせるのに弱い性癖がある」
しれっと言ってのけると、アルテミオが上品に笑って大袈裟に両手を広げて見せた。
「きみはジョスの執着を知らないからな。彼とおなじ相手を巡って争うのは二度とごめんだ」
怖くてたたないよとアルテミオが笑う。そうは言っているけれど、アルテミオの触れ方は明らかにイル・セーラを知っている触れ方だ。床に押し倒した時も、手のひらではなく腕を掴んだし、いきなり首元や背中に触れるようなことはしなかった。
きみは自分が好きな相手に愛でられておけばいいとなにかをはぐらかすように言って、アルテミオが部屋を後にした。
***
数日経ってオレガノからミカエラが戻ってきた。ベアトリスになにかを報告されたのか、難しい顔をしている。
リュカに言われて研究室で成分分析を手伝っているが、無言だ。機嫌が悪いのかと問うてもミカエラはそんなこともないと言うだろうし、そもそもいつも無表情だ。でも、表情には明らかに怒りの色が乗っている。
「ねえ、もしかしてユーリをダシにされたのが気に入らなかったりする?」
ドン・フィオーレの案なんだとリュカが言い訳がましく言ったが、ミカエラは視線すら寄越さずデータをまとめている。
「Sig.オルヴェが同意されていたのでしたら、こちらがとやかく言う立場ではありませんので」
顔色ひとつ変えない。動きも、そして声色も変わらない。
「元々こういう顔です」
暗に機嫌が悪いわけではないことを主張するかのように、ミカエラ。
「そのように仰るのは、そちらに負い目があるからなのでは?」
ミカエラの意見は正しい。リュカが肩をすくめた。それ以上はなにを言っても無駄だと思っているのだろう。黙々と感染者および中毒者の血液の変化をひとつひとつ丁寧に観察しつつ、レポート用紙になにかを記載していく。ユーリもまた書類をまとめることに徹した。
諸々試したが、やはりどれも重篤患者までもが改善するには至らない。そういう結果報告もやむなしだと思う。ただこれ以上拡大を防ぐのなら土壌調査と改善が必要だと再三いっているがなかなか承認が下りない。いままではヤキモキするだけしかできなかったが、これを告げるときっと動いてもらえるだろうと思い認めている。
これでなんの改善もされなければ、打つ手がない。政府が当初打ち出したように、重篤患者を殺して物理的に感染数を下げる以外の方法がなくなってしまう。だからそれを防ぐことも大事だが、土壌の改善をしておくことも必要だ。
書類をまとめ上げ、ニコラが来るのを待つ。ユーリは伸びをして椅子の背もたれにもたれかかった。
廊下から足音がした。ニコラのものではない。ユーリは不思議に思いドアの方を向いた。入ってきたのはアンナだった。きょとんとするユーリの元にアンナがやってくる。
「伯父上から手伝うよう仰せつかった」
書類に土壌調査のことが記されているのを見て、アンナが目を細くした。おまえの案かと誰にいうともなく呟いて大息を吐く。こんなことを思いつくのはおまえかガブリエーレ卿くらいしかいないと呆れたように言い放つ。
「ゲリラ戦でも経験したことがあるのか? おまえは」
「あるわけないだろ。原因が毒物や気化したベラ・ドンナだとしたら、土壌の改善をして毒物が舞うのを防がないと。気化したからといって成分が消えるわけじゃない。特にベラ・ドンナはそうだって、書物にあった。
それに、リズから聞いたけど、あんたらリナーシェン・ドクなんだから、土壌調査と改善くらい普通に思いつくだろ、馬鹿なの? 間抜けなの? マジでパニーノの角に頭ぶつけて死ねよ」
アンナが面倒くさそうな顔をする。
「俺に言うな。仕方がないだろう、政府が及び腰なんだ。彼らを動かすには相応の権力に動いてもらわねばならないが、今回のパンデミアを機にその上層部にまで犠牲者が出て、跡目争いで血みどろの戦い中だ」
「まったく動いてくれなかった理由って、それっ?」
マジで国民をなんだと思ってるんだと、ユーリが語気を強めた。
「馬鹿で間抜けだと言うのは同意する。自分の判断で動かせないのなら、死んで首を挿げ替えろと散々言ってきたが、あれは動く気配がなかった。だから伯父上が政府の要人についておまえに尋ねただろう」
そう言ったあとで、アンナはリュカがいる反対側の机で黙々と作業をしているミカエラを見て、瞠目した。
「ミカ……いや、准将までまた手伝っているのか」
本当に大掛かりだなとアンナが大げさな声をあげる。ミカエラはアンナに気づいて会釈をした。
アンナはやはりミカエラの変化に気づいていないようだ。普通に接している。自分の気にしすぎなのだろうかとも思ったが、街での状況を尋ねてみようとふと思い立つ。
「ねえ、アンナ。オレガノ軍はいまどこに?」
リュカの隣の空いた席に腰を下ろして、持っていた複数のレザーホルダーをデスクに置いた。
「おまえの助言のおかげで、漸く政府が調査のみ許可を出し、現在はラカエル・パーディを連れて、スラムの西側に土壌調査に赴く準備をしている」
アンナが西側と言った瞬間、ミカエラを纏う空気が一瞬変わった。アンナがなにかに気づいたようにミカエラを見たが、気のせいかとばかりに視線をもどす。なるほどねと言いながら、ユーリはにやりと口元を歪めた。
「いいなァ、俺も西側行きたかったー」
「戦闘要員ばっかりずるーい」と、わざとらしく声を尖らせる。すぐにアンナがたわけと語気を強めた。
「おまえが行ったところで足手纏いだ。ガブリエーレ卿からも、伯父上からも、これ以上おまえが首を突っ込むことがないよう言われている」
「いやいや、それ言っちゃダメでしょ。ユーリが意地でも首を突っ込もうとしてくる」
「こいつにははっきりと言わないとわからないんだ。いまのだって揺さぶりだぞ。ああして誰がどう動いているのかを頭の中で計算して、それから諸々算段をする」
むしろはっきりと言ってもわからない節があるとアンナがつぐ。嫌味とも受け取れるセリフだ。
「ええ、いいじゃん。俺も行きたかったって言うことのなにが悪いの? 率直な感想だよ。西側がどうなってるんだっけ? なんて聞いてないじゃん」
間延びした口調でわざと言ってのける。アンナがじろりとユーリを睨んだ。
「ダメだ。そもそもおまえの兄からは、おまえの『お願い』と『どうだったっけ』に気をつけろと言われているのだ」
そう言われて、ユーリはきょとんとした。目を瞬かせ、アンナを見る。アンナもまたそんな反応をされると思っていなかったのか、怪訝そうに眉を顰めた。
「なんだ、本当のことだろう」
アンナが不快そうに言う。
おまえの兄からとアンナは言った。ユーリはアンナをまじまじと眺めた。
目が少しだけ離れていて、つり上がった鋭い目つき。鼻梁は細く高い。頬の肉付きが薄く、顎がシャープで、まるで爬虫類のような顔立ちだ。年齢的なこともあるのか、ドン・フォンターナより目が大きくぎょろりとしていて吸い込まれそうだが、クールでいて近寄りがたい印象を受ける。
少しだけアンナに顔を寄せる。よく見ると普通のノルマよりも目の色が若干明るい。快活なサマーグリーンだが、目つきの悪さと本人の気だるそうな表情のせいでほんの少し快活さが奪われている。
思えば、サシャの好みは女性でも男性でも一貫している。少し怖そうだけれど、誠実でいて、絶対に嘘がつけないタイプ。確かにアンナはそのタイプだ。それに少しドン・フォンターナに似ている。
「な、なんだ、なにを見ている?」
アンナが怯んだような声を出した。そういえば、コーサのアジトでのことも、黙っていればわからないのに、素直に謝ってきた。嘘が吐けないのもそうだけれど、あとからチェリオに聞いた話によれば、あの時すでにアンナはなにかを探っていた。
「おいっ、無言で人を注視するなっ!」
アンナが大袈裟な声を上げる。ああ、そうかと思ったら、笑いが込み上げてきて、吹き出した。あまりに意外すぎて笑いが止まらない。
サシャは『お願い』に気をつけろとはチェリオにも言っていたが、『どうだったっけ』に気を付けろまで言ったかと思うとなかなかだ。サシャ史上最高に気に入ったノルマ族なのかもしれないと思う。笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭い、ユーリは「はー、笑った」と息を吐いた。
ユーリがここまで屈託がなく笑い、表情を崩すことはここにきてほとんどなかったからか、リュカたちが驚いたように見ているのに気付いた。くっくっと笑いながら涙を拭って、またずいっとアンナに顔を寄せた。
「じゃあアンナが警護して。それなら安全じゃん」
にいっと挑戦的に笑ってみせると、アンナから離れろと身体を押された。
「ばかを言うな。こちらを手伝えと言われている」
「キルシェたちもみんな西側に?」
「今回はラカエル・パーディ、チェリオ、Sig.カンパネッリとSig.エーベルヴァインのみだ。戦力の分散にはなるが、まずは調査のみだということもあり少数で赴く手筈だ」
「それにおまえが行くと興味のあるものを見つけてはほいほいいなくなりそうだからな」とアンナに言われ、ユーリは「ごもっとも」と肩を竦めながら何食わぬ顔で言ってのけた。
「だーから拗ねてんのかァ、ミカエラ。置いていかれるのって結構腹立つもんなァ」
試すように言うと、ミカエラは表情こそそのままだが、どこか慌てたように顔を上げた。
「別に拗ねてなどいません」
「マジか、大人だなァ。俺なら拗ねまくって帰ってきたら当たり散らす」
「楽しい成果やお土産がなかった日にはもう絶対に許せない」と冗談めかして言うと、今度はリュカが呆れたように机を指でトントンと叩いた。
「こらこら、箱入り息子に変なこと教えないの。
成果があるかはわからないけれど、あなたが以前に提出した土壌調査の論文に記載があった土壌汚染の改善方法を試してくる予定なんだ。そのまえにガス管を止めなきゃいけないから、今日はそこ周辺の予備調査。だから本格的に西側に赴く際には、ジジと、西側に詳しいテヴィを借りて行くよ」
いくらユーフォリアへの耐性があるからって、きみもミカエラも西側に行くのは絶対禁止とリュカに言われ、ミカエラが視線を逸らすのがわかった。やはり拗ねている。慣れると割とわかりやすいが、それまでにいくつかの癖を見極める必要がある。キアーラが好きそうなタイプだ。
「でも、なんで急に土壌調査の許可が下りたんだ?」
てっきりドン・クリステンが言っていたように、政府の要人を接待するのかと思っていたと、あっけらかんとした口調で言ってのける。アンナが大袈裟な咳払いをして注意を向ける。
「俺が言ってもぜーんぜん動いてくれなかったくせに」
だから感染者が増えているのに、悠長なことでと素っ気なく言ってのける。
「なにをぬけぬけと。おまえが伯父上になにか“よからぬこと”を吹き込んだだろう?」
なにかと言われて、ユーリはきょとんとした。あァと間延びしたように言って、わざとらしく首を斜めに傾ける。
「言ったけど、別に大したことじゃない」
「それが大したことだったんだ。彼が使用していたヴェリタは押収品の横流しだったことが判明した。それを逆手に取り伯父上がドン・コヴェリを恐喝して」
そこまで言って、アンナがやばいという表情になる。ミカエラがいることを忘れていたのか、気まずそうに眉を顰めたが、ミカエラの表情にはなんの変化もない。
「ヴェリタが使用されたとは記載されていませんでしたが」
いつもよりもやや鋭い声が聞こえてくる。アンナが眉間をつまみ、大きな溜息を吐いた。
「聞き逃してくれ」
「無理ですね。イル・セーラへのヴェリタの使用は傷害致死罪に相当します。そもそも収容所を利用していた要人の殆どは収監したと思っていましたが」
「まあ、収監逃れをする連中などいくらでもいるだろう」
冷めた口調で言って、アンナがふうと息を吐く。
「さすがにオレガノ軍と雖も貴族院には手を出せまい。ドン・コヴェリはグラヴィーナ家の親戚筋に当たる上に、司法との繋がりも深い。絶対に面倒なことになる、やめておけ」
ミカエラがアンナに視線を送る。その射貫かれそうな勢いにアンナが怯んだのが分かった。ユーリ自身もそのなかなかの迫力に目を瞬かせる。見たことがない。自分の前では無表情とはいえ、割と穏やかな雰囲気であることが多いからだ。
「執行猶予中の身でしたよね、Sig.ジェンマ。ドン・クリステンから重々配慮するよう仰せつかっていますので罪には問いませんでしたが、本来ならあなたのしたことは収監対象です。
ドン・コヴェリとグラヴィーナ家、並びに司法との関係の綻びがないかを調査させてください」
「言うと思ったが、俺はおまえに貸しがあることを忘れていないか?」
「忘れていませんよ、だからドン・クリステンからの“お申し出”を受け入れたまで」
淡々とした口調で言ってのけるミカエラを睨んで、アンナがくそがっ! と憎々しげに吐き捨てた。
「可愛げのない青二才め」
「老獪なパペッティアにお伝えください、『オレガノはいつでも喧嘩なら買いますよ』と」
ぐぬぬとアンナが怒りと妬みに燃えた唸り声をあげるが、ミカエラはしらっとして作業に戻る。負けてんじゃねえかとユーリが白けた声で言った時、アンナに思いきり胸倉を掴まれた。
「殴らせろ」
「なんでっ?!」
「おまえとあの青二才はどういうわけか同じ顔だろう、発散させろ」
「Sig.オルヴェに手を出せば、その時点で罪状取り消しの撤回を図ります」
「まあまあ、落ち着いて、ふたりとも。ミカエラも自分が前線に赴けなかったからってアンナに当たらない」
当たってなどとミカエラがぼそぼそという。明らかに拗ねているのはリュカにもわかったらしい。無言のまま作業をするミカエラをよそに、ユーリはそういえばと話を戻した。
「西側の土壌調査のことで、伝え忘れていたことがあったんだけど」
「なんだと?」
アンナが眉間にしわを寄せ、気炎を上げる。
「ガスマスクが必須なことはわかっていると思うけど、感染者だった二人は近付けないように伝えておいて。中和ができたと言っても、ちゃんと中身まで調べているわけじゃないから、一時的に症状が緩和されているだけなのか、それとも本当に中和されている状態なのか判断がつかない、また暴れ出さないとも限らない」
「その件に関しては、おそらくベアトリスも同意見でしょうから、伝わっているはずです」
「あ、そう。ならよかった」
ユーリは人懐っこく笑って、演技がかった仕草で両手を広げた。
「それ以外にも、西側には『なにかが仕掛けられているかもしれない』ことを考慮して動いたほうがいい。
だからさ、俺を西側の調査部隊に入れてよ。じゃないと、俺を連れて行かなかったことを死ぬほど後悔することになる」
いつもの人懐っこい表情だが、威圧感とあからさまな怒気を孕んでいる。なにかを知っていて黙っていたことに気が付いたのか、リュカ達がユーリの言動の非常識さに驚いてとまどいを感じるような顔になった。ユーリの笑みが深まる。
「あなたねえ、話聞いてる? あなたを保護するために諸々と手を打っているのに、どうして西側にそこまで行きたがるの?」
「そっちこそ、向こうに誰が付いてるとおもってんの? ユリウスだよ? “ユーリ”と仲が良かったのか、一緒に研究をしていたのかは知らないけど、一時は“ユーリ”が手を貸していた相手だよ? 絶対になにか企んでいるし、仕掛けているに決まっている」
「それってさあ、レナトが『カナップの使用に関して上に伝えるだけのことはしてやる』っていいっておきながら、やっぱりウォルナット内じゃないと使っちゃダメって言ったことに対する意趣返し?」
リュカが端的に言ってくる。やっぱりリュカはおもしろい。そうだとばかりに笑みを深めると、リュカが溜息を吐いて天を仰いだ。
「だったらその件に関しては、もう少し待ってほしい。諸々と書類が必要だし、レナトも多分政府からのお達しをそのまま伝えただけだ」
「わかってるよ、そこまで短慮じゃない。でももういい。カナップがあればもっとたくさんいろんな人を助けられると思ったからこその提案だったんだけど、それを政府が弾くってことは、国民なんて死ねって言ってるもんじゃん。だから方向性を変えて、“パンデミアの大元”を叩くように話を持って行った」
そう言ったら、リュカがまた大げさな溜息を吐いた。椅子の背もたれに身体を預けて、そのまま起き上がろうとしない。
「ネズミの中のネズミを炙り出すのと、話の矛先が変わることで”誰がどう動くのか”を見極めたってことか。それこそ、それをスコーピオが嗅ぎつけたらどうするわけ?」
ユーリが不敵な笑みを深めた。
「ノルマは誠実で且つ素直な性格の持ち主以外、自分の失敗や失策を隠ぺいすることには力を注ぐタイプが多い。リュカなら、大きな取引が控えているときに、もしなにか失策をしたら、相手に伝える?」
「そりゃあ相手によるけれど、信用に値しない相手になら、――」
そう言いかけて、リュカが体を起こした。
「ねえ、もしかしてその“信用に値しない相手”って」
「ようやく気付いた? 俺も正直信用していないし、サシャのことがあるから放置しておこうって思っていたんだけど、まだ利用価値は十分あるし、同族だし、やっぱり助けてあげようかなあって思い始めたところ」
今度はミカエラがユーリを呼んだ。
「Sig.オルヴェ、それならわたしが」
「感染者だった可能性のある人は、西側に近付くなって言ったろ。あんたはダメ。まああいつがそこまで計算していたかは知らんけど」
「では、ゼロスとアーティというアレクシスの部下を帯同させます。彼らならきっとそのあたりのことに精通しています」
「そう、好きにすれば? 手の内を見せるのは、まだ先のほうがいいと思うけど?」
ミカエラが少し視線を逸らした。手の内と呟いて、口元に手を宛がう。
「でしたら、アレクシスに御指南を。あれはああ見えて割と爆発物に対する知識があります」
「あ、ミカエラっ、ダメだよっ!」
「この青二才が、黙っていろ!」
リュカとアンナが同時に語気を強める。ミカエラはなにを言われたのかがわからないという顔をして、ふたりがいるほうへと視線をやった。リュカが大げさな溜息を吐く。
「ユーリになにかを頼んだら、絶対に見返りを求めらえる。覚えておくこと」
「見返りとは? アレクシスに西側に仕掛けられている可能性のあるもののことを指南してくださるということは、双方にメリットしかありません。わたしがアレクシスをSig.オルヴェに御貸しする以上の見返りはないと思うのですが」
「ミカエラ、それたぶんユーリが了承しないよ」
「いいよ、それでも」
しれっと言ったら、リュカが「なんでだよっ!?」と語気を強めた。ノルマに対してはいつも無理難題を吹っ掛けるからだろう。そんなものはただの嫌がらせだ。ミカエラに嫌がらせをするメリットはない。
「ほんとうに、“全員”生きて帰れるといいね」
ユーリが悪い笑みを浮かべる。アンナとリュカが苦い顔をするのを見ながら、どっから潰しにかかろうかなァと、弾んだ声で言ってのけた。
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