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002
あれから数日が経過した。オレの中にあった妙な抵抗はすんなりと消え、いままでのように俊平くんと話せるようになっていた。
けれど、なんとなく、俊平くんの態度がまだ、気になる。
大人びているけれど、まだこどもだし、オレがあんなことを言ったのだから、気にして当然だと思いながら、部屋のカーテンを開ける。空がとてもよく晴れていて、目映い光が部屋の中に飛び込んできた。
窓を開けると、少し冷たいけれど、清々しい風が吹いている。オレはカーテンと窓を開けっ放しにして、外を眺めていた。
自分でも珍しいと思う。けれど淡い木漏れ日がオレを窓際に誘うのだ。
外はまだ少し肌寒い。けれど太陽が暖かくて、気持ちがいい。
ふと左隣をみると、ベランダに俊平くんがいた。
ばっちりと目が合って、少し頭を下げる。俊平くんはにこりと笑い返して、聡一郎の布団を大きな洗濯ばさみではさんだ。
オレはなんだか嫌な予感がして、すぐに窓を閉めた。
窓の向こうからは布団を叩く音がする。聞こえないフリをしてガウンを脱いで、ベッドの布団の中に潜り込んだ。
そういえば、過去にこんな光景を2,3度とはいわないくらいみたことがある。
週に一度はきちんと布団を干してくれていると聡一郎が感心していたのを思い出した。
いま、オレがカーテンと窓を開けっ放しにしていたのをバッチリ見られた。ということは、だ。
誰かが部屋のドアをノックした。
いま、この家にはオレと俊平くんしかいない。
いまベランダであったばかりだから寝たふりも居留守を使うこともできないだろう。仕方がないから少しだけドアを開けてみたら、やっぱし、俊平くんだった。
「なにか、用?」
「天気がいいから、布団を干したいなと思って」
やっぱしだ。
隣の部屋の布団を干していたのを見て、この部屋にも来そうだなと思ったのは間違っていなかったらしい。
オレは自分の顔があらかさまに嫌そうなものになっているのに気が付いたけれど、あえて取り繕わなかった。
「一時間くらい風に当てるだけでも随分違いますよ」
「‥‥長い」
「じゃあ、下でケーキを食べながら30分くらい時間を潰すのはどうですか? 今日はCHERIEのチーズケーキを買ってきてみました」
「し、CHERIE‥‥の?」
そう言われるとイヤとはいえない。
CHERIEのチーズケーキはいつか食べたいと思っていた。CHERIEができてから一度しか行ったことがないけれど、フランスに修行に行っていたというだけあって、スポンジもフワフワだし、見た目も可愛いし、発想が独特だし、まさに理想のケーキ屋さんだ。
くちこみで人気が拡がればいいからと、街中なのに割と見つけにくかったり、会員さんの紹介と言えば、店頭には出回っていない限定プリンが食べられたりというのも魅力のひとつだ。
だけどどうして俊平くんがCHERIEのチーズケーキなんてものを買ってきたんだろう? もしかしてオレを手懐けるためか?
そう思って黙っていたら、まるでオレの考えを読んだかのようなタイミングで言った。
「僕は甘いものがあまり得意じゃないんですが、友達が“雑誌で見た”と言っていたので。結構有名なお店みたいです」
「‥‥知って、ます」
「じゃあ話は早いですね。チーズケーキも3月限定のものらしいです」
「ほ、ホント? もしかして“ラ・プリマ”?」
「確か、そんな名前だったと思いますよ」
『どうされますか?』と継いだ俊平くんのセリフに『食べる』と即答してしまった自分が憎い。
だけどプリマは一日の数量も限られているから、こんなところで食べられるとは思ってもみなかった。
『朔夜にはナイショですよ』と言ってくるあたり計算されていたんじゃないかと勘繰ってしまうけれど、この際もうどうでもいい。
1階におりて紅茶とケーキを用意すると、俊平くんはすぐに2階に上がっていった。
ちらりと外を見ると、やっぱしここ数日で一番晴れているように思える。まだ肌寒いし花粉の季節だから‥と天気予報では言っていた。確かに洗濯物も良く乾きそうだし、布団もふかふかになりそうだ。
テーブルの上で、チーズケーキが早く食べてとばかりにおいしそうなかおりを漂わせて、紅茶がその魅力を更に引き立てている。なんだかすごくウキウキしている。
3月限定のチーズケーキは、少し前にテレビで見た。ホールでみるとまた印象が違うのだけれど、ところどころシュガーパウダーが掛かっていて、淡雪を髣髴とさせる。
カットされているそれには、飴で作ったちいさな桜の木が乗っていた。その桜の木も芸術的だ。
食べるのが惜しいけれど、でも食べたい。
フォークを刺してみると表面はすこし固い感じだった。一口大に切って、口に運ぶ。
ふつうのチーズケーキとは食感が違って、はじめはサクッと、なかはふんわりしている。
いままで食べたチーズケーキの中で一番美味しい。自分の顔が綻んでいるのに気付いたけれど、それよりもケーキに夢中だった。
20分ほど経っただろうか? ケーキも食べてしまったのに、俊平くんは降りてこない。
なんだか妙な静けさだった。
独りが好きなんだから、いつもならこんな風には思わないだろう。なのに不思議な気分かった。
別に俊平くんといたからと言って、特にな話すこともない。本当、とりとめもない会話だ。まるで聡一郎とするような。
この家に来て、聡一郎と朔夜くん以外の人と話すからだろうか? 新鮮と言えばそうだけれど、正直なところ自分でよく解らなかった。
だけどひとつだけハッキリしていることがある。俊平くんはオレの敵じゃないということ。
寧ろ、もう少し好意的に接するべきでは? と、自問したくなるほどの人だ。
自分でそんなふうに思うのは珍しい。聡一郎が言っていた意味がいまならわかる。今までと違って、他愛もない会話をするだけで、どこかホッとする自分がいたからだ。
同じ会社の人とでも、こんな会話すらしたことがないというのに。どれだけ自分が塞いでいたのか、周りと関わりとも問うとしなかったのか、その理由はなんだったのか、俊平くんといるだけで、今まで自分が守ろうとしてきたものがとても小さなものに思えてきた。
俊平くんの考えや思いは不可視だけれど、朔夜くんに対しても、聡一郎に対しても、そしてオレに対しても、本当に真正面から接してくれているのが分かる。
とても誠実な人柄が良く現れているように思う。それに比べてオレは、一体どうしたいんだろう? いつまでこんな生活を続けるつもりなんだろう? そう思うことはあっても、どこか客観的だった。
もう独りのオレが、頭の中でなにもできない自分を嗤っている。そんな感覚でしかなかった。
ぼんやりと考えていると、そのうち俊平くんが降りてきた。
「お待たせしました」
俊平くんはいつもと同じ表情だった。いつもほのかな笑みを絶やさない。気にしていないとは言っていても、オレはあんな失礼なことを言ってしまったのに。
ありがとうと静かにお礼を言ったオレを見た俊平くんが、不思議そうに首をかしげた。
「どうか、されました?」
「え?」
「気になることがあるって、顔に書いてありますよ」
「えっ?」
思わず顔に手を宛がったら、俊平くんが吹き出して、眉を下げた。
「比喩ですよ、比喩。そういう顔をしているっていうことです」
「あっ‥‥」
なんだか急激に恥ずかしくなってきてうつむいたオレの横に、俊平くんがやってきて、静かに腰を下ろした。
「考え事ですか?」
大したことじゃない。そう言ってしまおうかと思った。けれど俊平くんに聞きたいことがあるのは事実だ。オレは意を決して、俊平くんを呼んだ。
「あ、あの。学校、行ってないって、言ってた、よね?」
怖くて俊平くんの顔が見れない。またどこか寂しげな顔をしているかもしれない。そんなオレの胸中とは裏腹に、俊平くんは明るい声ではいと答えた。
「どう、して?」
たどたどしく尋ねたら、俊平くんは少し考えるように天井を見上げた後、静かに笑みを描いた。
「大した理由じゃないんですよ」
そう前置きをして、俊平くんが話し始めた。静かな、いつもと変わりない暖かな声なのに、ほんの少しだけ違う気がしたのは、気のせいではないかもしれない。オレからふと視線を逸らしたとき、瞳の奥から言いしれない感情が湧き上がっているように見えたからだ。
「中学3年の冬休みに、従兄弟のところに遊びに来ていた時に、事故に遭ったんです」
「事故?」
「結構大きな事故で、怪我が治るのに半年くらいかかっちゃって。中学は出席日数が足りているからって、温情で卒業させてもらえました。だけど、さすがに留年してまで高校に行く気はなかったというか、そんな気になれなかったというか。たぶん、無理をして高校に行っていても、途中で引き籠っていたと思うんですよ、僕の性格的に」
「そう、なの?」
「だって悔しいじゃないですか、みんな普通に動けるのに、僕はスムースに動けない。いまでこそしょうがないって思えるけど、それは園山さんや、那珂さんみたいに、僕のことを理解して、考えてくれる人に出会えたからだと思っているので」
そう言ってはにかむように笑うと、俊平くんがちらりとこちらに視線を投げかけてきた。
「この人がいなかったら、自分の人生はどうなっていたんだろうって、いろいろ考えました。事故に遭っていなかったらどうだったんだろう? あのとき、あの記事を見つけなかったらどうなっていたんだろう? 同居人に出会わなかったらどうしているんだろう? って」
「あ、わかる。おれも、イギリスに行っていなかったら、先生に出会わなかったもの」
「偶然のように見せかけて、いろんなことが身の周りで起こるのは、そのチャンスをつかむために自分が如何にアンテナを張っているかを見極められているんだって、僕の同居人が言うんです。何気ないことでもチャンスを見いだせる人と、大きな変化があってもそのチャンスを逃してしまう人の差は、そこにあるんだって」
「俊平くんのチャンスは、その‥‥同居人? 保護者さん? に出会ったこと?」
そう尋ねたら、俊平くんは少し考えるようにオレから視線を逸らした後、静かにうなずいた。
「あくまでもそれはチャンスのうちのひとつですけどね」
「ひとつ?」
「僕の場合は、複合的なチャンスが訪れたんです。僕がやらなきゃって思いたったこともひとつですが」
「ふうん。じゃあ、そのチャンスをくれた人たちに、感謝しないといけないね。オレの場合は、聡一郎と、俊平くんになるのかな」
ぼそりと言った時、俊平くんがどこか複雑そうな顔をしているのが見えた。どうしてそんな表情になるのかが解らなくて首をかしげたら、俊平くんは気にしないでくださいと言って、苦い笑顔を愛想笑いで押し殺した。
この子は本当に不思議な子だ。ほんとうなら、オレはこの子に嫌われても仕方のないことをたくさんしている。無視もしたし、暴言だって吐いた。片倉さんとこの子は無関係だというのに八つ当たりもした。それなのに、一線を引くどころか、そのことさえなかったかのように接してくる。それはオレに対する敵意がないという表れなのかもしれない。ただ、それだけなのだと思う。それなのに、不思議と、心の中が静かになっていく。ざわめいていたなにかが、元からなかったかのように消えていく。オレはそれがとても不思議だった。
いつだったか、シスターがまだ小さかったオレに言ったことがある。人間の心というものはとても複雑で、相手の気持ちもそうだけれど、言葉を食べて成長する。それは善にも悪にもなりうる。人間の人格を作るのは環境であり、人の言葉でもあるのだ、――と。
いままでは解らなかったけれど、なんとなく、その言葉の意味が分かったような気がした。俊平くんがその言葉を体現しているように思えるからだ。俊平くんにも、たくさん辛いことがあったと思う。けれどこの子が擦れていないのは、産まれてきてから今日まで、たくさんのあたたかな言葉を食べてきたからなのかもしれない。それは想像でしかないのに、俊平くんのことが妙に羨ましく思えてくる。
この子なら、オレが抱えている気持ちを払拭してくれるだろうか? そう考えたが、とても言えるはずもなくて、俊平くんが煎れてくれた紅茶を飲むことで会話を打ち切った。
それから俊平くんはオレに話しかけてこなかった。空気を読んだのか、ティーポットにお湯を入れて戻ってくると、オレが食べ終えたケーキが乗っていたお皿を持って、キッチンに入ってしまった。オレはその背中に視線をやりながら、ほんの少しだけ、想像をした。
もし、オレが抱えている疑問に俊平くんが答えてくれたら、オレのこの気持ちは晴れるのだろうか? 前とは違う。前よりは少しだけ晴れやかで、穏やかで、落ち着きを取り戻していると思う。だけど、根本はまだ違っていて、ふとしたときに思い出して、苦しくなる。頭では分かっている。でもどうしようもなくて、もがいていた。聡一郎にも言えない。まさか朋や片倉さんに言うわけにもいかない。だけど、なにもしらない俊平くんなら、適確な言葉をくれるのではないか。
そう考えて、ごくりと紅茶を飲み下す。俊平くんが言っていたチャンスは、もしかすると今なのかもしれない。それを逃してしまえば、オレはきっと、一生このままだ。
意を決して、俊平くんを呼ぼうとした。けれど俊平くんは時計を見上げた後で慌てたようにエプロンを脱ぎ捨て、『朔夜の迎えに行ってきます』と言い残して、慌ただしくリビングから出て行った。
なにも変わらない、いつものことだ。なのにオレは妙な気持ちでいっぱいだった。タイミングが悪かった。いや、自分がきちんと言いださなかったのがまずかった。さっきのはただの想像でしかない。本当に俊平くんがオレのチャンスなのかもわからないのに、自然と大きなため息が出るほどがっかりして、オレはそのままソファに横たわった。
夕方目が覚めると、不機嫌極まりない朔夜くんがいた。どうやら今日は聡一郎の帰りが遅くなるらしい。宥める俊平くんに駄々を捏ねながら、朔夜くんがオレにしがみ付いてきた。
「パパ、最近いつも遅い」
言って、オレのおなかあたりに顔を埋めてくる。どうも泣いているらしく、ぐすんと鼻を啜る音が聞こえた。
不意に顔を上げると、物凄く困っている俊平くんがいた。朔夜くんは普段あまりぐずらないぶん、ぐずるとうるさい。
この前も聡一郎が早く帰ると言ったくせに遅くなった日があって、その日は俊平くんが結局泊まって帰ったんだっけ?
オレは朔夜くんの背中をポンポンと叩いて、俊平くんに声をかけた。
「時間になったら、帰ってもいいよ」
「え? でも‥‥」
「いいよ、オレが見ておくから。俊平くんもあまり遅くなったら、お家の方になにか言われちゃうかもしれないし」
オレが言ったとき、朔夜くんがパッと顔を上げた。
「俊兄のことを怒ったら、オレがやっつけてやるんだ!」
涙目になりながらも、朔夜くん。駄々を捏ねてみるのは、なんとなく、俊平くんを引き止めるためなんじゃないかなと思った。
苦笑する俊平くんをみると、やっぱりどこか困った顔をしている。
今日は金曜日だし、夜に用事があるか、明日は忙しいのか、そのどちらかだろう。
オレは思わず溜息をついて、朔夜くんの頭を撫でた。
「聡一郎が忙しいってことは、会社が軌道に乗っている証拠だよ。ただでさえ月末のうえ年度末だし、遅くなっても仕方ない」
「でもパパ、帰ってくるって言ったもん」
まるで反発するかのように、朔夜くんが言う。俊平くんを見上げたら、『どうも今日中には帰れないかもしれないんです』と小声で言った。
CJと揉めたか、それとも総決算で忙しいかなにかだろう。
いままではどれだけ遅くなっても帰ってきていたけれど、帰ってこないというのが朔夜くん的にネックなんだろう。そう思っていたときだ。
「パパもママみたいに入院しちゃうんだ」
涙声で言って、朔夜くんはオレにしがみ付いてきた。
こうなると梃子でも動かない。オレは溜息をついて、朔夜くんの身体を抱えなおした。
帰ってこないイコール入院するなのか。えらい斬新な発想だなと冷静に突っ込みたくなる気持ちを抑えて、オレは朔夜くんの背中をポンポンと叩いた。
「朔夜くんがワガママ言ってると、本当にそうなるかもしれないね」
「く、玖坂さんっ」
ギョッとした顔になる俊平くんを軽くいなして、続けた。
「朔夜くんの気持ちは分かるけど、もうちょっと待ってみようよ。もしかしたら帰ってくるかもしれないし。前に話したこと、忘れちゃった?」
そう尋ねると、朔夜くんはオレに反論するかのように首を横に振った。
「じゃあ、朔夜くんの仕事は、聡一郎が帰ってくるのを待つことだって、わかるね?」
オレにしがみついたまま、朔夜くんが小さく頷いた。頷くまでにかなりの間があったが、解っていないわけではないことくらいわかる。
「いい子。俊平くんが帰っちゃっても、オレがいるでしょ?」
そう言ったら、朔夜くんが弾かれたように顔を上げた。
「なおちゃんとお留守番?」
きょとんとした顔で、朔夜くん。オレが頷くと、朔夜くんはぱあっと表情を明るくさせた。
「じゃあドワーフじいさんの絵本読んで!」
オレの腕を掴みながら、朔夜くんが言う。ドワーフじいさんの絵本は朔夜くんのお気に入りだ。今日のチョイスはしろうさやしろくまの本じゃないらしい。
「いいよ。朔夜くんが眠くなるまで付き合うよ」
「約束だよ!」
朔夜くんは嬉しそうに言うと、オレから飛び降りて俊平くんのほうに走って行った。
素直な子でよかった。俊平くんが聡一郎の帰りを待ってから家に帰ったら絶対に保護者さんから怒られるだろうし、オレがいるのにって聡一郎から苦言を呈される形になったかもしれないから、丁度いい。
「俊兄、柾兄に怒られないうちに帰ってもいいよ!」
俊平くんが着ているニットセーターの裾を引っ張りながら、朔夜くんが言う。俊平くんは苦笑を漏らすと、どこかホッとしたような表情で頷いた。
「まだ大丈夫だよ。僕がここにいることは知っているし、無断で遅くならない限り怒られないから」
朔夜くんを安心させるためなのか、俊平くんが言う。そしてオレへと視線をよこすと、俊平くんが小さく頭を下げた。
「すみません、助かります」
「いえ。聡一郎が帰ってきたら、オレからも伝えておきます」
そう言ったら、俊平くんは少し困ったように笑って、お願いしますと言った。
夕飯を作り終えたら、俊平くんは急いで帰っていった。やっぱりなにか用事があったみたいだ。
朔夜くんに「俊平くんも用事があったんだね」って言ったら、少し複雑そうな顔をしていた。
朔夜くんと一緒に、俊平くんが作ってくれた夕飯を食べて、お風呂に入った。朔夜くんの髪を乾かし終えて、「聡一郎が帰ってきたら、オレと一緒にお風呂にはいったことにもビックリするよ」って言ったら、朔夜くんは悪戯っぽい顔で笑って、「パパは喜ぶと思うよ」と言った。
そして朔夜くんのリクエストどおり、リビングのソファーで、湯冷めをしないようにもこもこガウンを羽織って、ドワーフじいさんの絵本を読んだ。そのあとはしろうささんの絵本、しろくまさんの絵本と、いつものローテーションだ。いつのまに増えたのか、いたずらゴブリンの本もと朔夜くんが本棚から引っ張り出してきた時だ。玄関のほうから、ドアの鍵を開ける音が聞こえてきた。
「パパだ!」
リビングの時計は0時を回ろうかというところだった。絵本に夢中になりすぎて、眠くなるどころか完全にテンションが上がっている朔夜くんは、急いで玄関のほうに走って行った。
朔夜くんがまだ起きていることに、聡一郎はどう言うだろうか。オレがついていながらと怒られるだろうか。ふとそんなことを考えたけれど、考えたところで始まらない。
普段からどれだけ帰りが遅くなっても夜は一緒に寝ることにしているから、聡一郎的にはその約束を守る為に全力で仕事を終えてきたんだろう。そうしないとさびしがり屋の朔夜くんは決まって機嫌が悪くなるからだ。
朔夜くんの機嫌が悪くならないように、お気に入りの絵本をいくつも読んであげたのはオレだ。感謝されるのはわかるが、怒られる道理はない。もし聡一郎がなにかを言ってきたら、そうやって突っぱねてやろう。そう思いながら、聡一郎たちがリビングに戻ってくるのを待った。
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