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大切の仕方 7

「晴也に、名前を呼ばれるたびに、自分の名前が違う意味になっていくのを感じたんだ」  たとえば、二人で出かけている最中、お願いをされるとき、朝起きる前の、二人で寝ぼけている時間。2年間、何度も呼ばれて、嫌いでいなければいけない自分の名前が、だんだん、晴也に呼ばれている間だけ、とても良いものになっていった。  ずっと母親に――母親に付けられた名前に、縛られていた。だから、お前は要らないと、本当にそういわれるのを避けるために、結局努力をしてきた。それを、ようやく誰かに認めてもらえたような気持ちになった。 「多分俺、努さんがアルファじゃなくっても、大好きだったと思うよ」  ぐしゃぐしゃと、頭を掻き撫でられる。お義母さんと晴也しかいないし、そこまで見た目に気を遣う必要はないからいい。それに、そうやって少し乱暴にする晴也が、嬉しそうで、子どものように笑っているから、それだけでいいかと思える。晴也は気が済むと、手を下ろした。 「俺は、努さんの、頑張り屋さんで、俺のことが結構好きなところが、好き。もっといっぱい好きなところはあるけどね」  アルファに頑張り屋って、と僕が苦笑すると、晴也は額を合わせて、それでもそこが好き、と思いっきり破顔した。 「それでもね、むしろ、アルファじゃなかったら、もっと違う努さんに会えてたかなって、わくわくするもん。それくらい、ただの努さんが大好きなんだよ、俺は。……だからほんとは、お義母さんに言われなくっても、早く子どもが欲しかったなって気持ちはあるんだよ」  そういわれてさすがに驚く。晴也が発情期中に頑張ろうとしていたことは知っていたけれど、僕の母親のためだと思っていた。 「だって、男同士で子ども産むって、俺がオメガじゃなきゃできないことでしょ。番になるのは、努さんがアルファじゃなかったらできなかったし…番で夫々の証拠みたいで、すっごく、あこがれてた」  恥ずかしそうに伏し目になっている晴也を抱きしめる。心音が大きくなっていて、ああ、これは本心で言っているんだと嬉しくなった。  僕の、晴也への感情の形と、晴也の僕への感情の形は、全く違っている。僕の形は、晴也ほど恋慕のような愛情が前面に出ていない。それが苦しく感じた時間は長かった。晴也の気持ちが嬉しい分、同じ質量、形のものを返せないのが申し訳なかった。  最初から、意地を張らずに番になっていれば違ったのかもしれない。ただ、大事だと思いたい分、番となるとあまりに本能的で、手段としては即物的であり短絡的に感じて、晴也の気持ちを決めつけてしまった。  今でも、晴也がくれるものと、僕が渡せるものは同じ形をしていないだろう。それでも、時々歪だけれど、それはそれで、きれいに嵌りあっている。今はそれでいいのだ。 「……じゃあ、もう少し頑張ってみるか?」  そういうと晴也はううん、と首を振った。 「まだ時間があるなら、もうちょっとだけ二人でいたいかも…俺の体が、もし子どもができにくい体だったら、子どもを産める時間が少なくなるかもしれないけど」 「僕も、もうちょっとだけ、晴也を大事にする時間が欲しいな」 「だから、大事にしなくっていいって…」 「晴也が想ってくれるように、僕も晴也のことを想いたいんだよ。好きとか、愛しているとか、いうのが苦手な分、ちゃんと行動で表す時間が欲しいんだ」  晴也の、細い薬指に嵌っている指輪を、指先で撫でる。体温でぬるくなった指輪は、違和感なくそこに嵌ってくれている。 「……次、発情期がきたらさ…」  次に紡がれる言葉は分かっていた。晴也の唇を塞ぐ。  この前の発情期は終わりかけで、それに僕が日和ってしまって、うまく番うことができなかった。その後も発情は続いていたが、番えたと勘違いしたまま終わってしまったので、どうにかちゃんと番わなければいけない。  勇気を振り絞って言おうとした晴也は、むっとして抱きついてきた。 「言わせてよ、最後まで。……ちゃんと番に、なりたいです」  是という以外ない。ただ頷いただけで、晴也はこれ以上ないほど嬉しげに、唇をすり合わせてきた。  晴也が義母のことを思い出すまでの少しの間、僕らは抱き合ったり、ここを噛むんだよ、と項を撫でたりして、緩やかに触れ合っていた。  互いに夫々なのに、知らないことも、知りたいことも多すぎる。両想いでいていいはずなのに、ずっと片想いでいるようだ。はやく、もっと晴也を深く知りたい。  けれど、そんなに焦ることもないだろう。互いに互いが一番で、多分、ずっと一緒にいられるのだから。

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