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大切の仕方 6
「晴也」
呼ぶと、晴也は壁にもたれて座ったまま、玄関のほうにそっぽを向いた。拗ねているとか機嫌が悪いわけではなく、きっと泣いている顔を見られたくないからだろう。晴也はそういうところがやたらと子どもっぽい。
「持ってってよ、変に思われるじゃん」
「晴也がこんなに遅かった時点で、変だなと思ってるよ。ほら、立って」
「……抱きしめてくれたら、そうする」
「そうか」
僕も座って、正面から顔を覗き込む。泣きはらして、目尻がもう赤いのに、更にじんわりと涙が盛り上がってきた。仕方がないな、と口にしつつ、大事に抱きしめる。体温がいつもよりも高い。
頭や背中をさすってやると、小さく震えてまた晴也は泣き出した。縋りつくようにぎゅうぎゅう抱きしめられる。そのしぐさが小さな子どものようで、やっぱりまだ子どもは早いなと思った。
「俺からしたらさ、そういえば、そういうことあったなぁって感じだったんだけど」
胸に押し付けられた顔から、くぐもった声がする。その振動がくすぐったくって、でもなぜか嬉しかった。
「努さん、何で言わないの。お義母さんと、仲悪いの知ってたけど、原因が俺なら、教えてよ」
「それだけはいやだ」
「なんで!」
「こら、お義母さんに聞こえるぞ」
つい顔を上げた晴也が、むっとしたように口をつぐんだ。また胸元に頭をうずめられる。
「……違うの、責めたかったんじゃなくってね」
晴也が僕の膝に乗り上げた。頭を抱き込められ、何度もぎゅっと抑えられ、背中を撫でられる。そのたびに、涙でぬれたであろう襟元と、手の小ささを感じた。不器用に慰めるようなしぐさだった。
「ありがとう。大事にしてくれて。お義母さんに反抗する…って、怖かったよね。俺を守ろうとしてくれたんだよね」
違うとは言えなかった。たしかに、母のひどい言葉や決めつけが、晴也を傷つけないように、ただひたすら夢中で自分が盾となろうと思っていた気がする。仕事の間に電話がかかってきて、無闇に責められることもあったし、せっかく産んでやったんだからと強要されたり、晴也に電話を掛けられそうになったりしたこともあった。
「でも、大丈夫だから。俺は、強いよ」
思わず顔を上げそうになったのを、抑えられる。やはりなだめるような手つきで、母とは違う意味で有無を言わせなかった。
「一緒に背負わせてよ。何を言われて嫌だったの? 俺のこと、そんなに信じれない?」
「信じれないんじゃなくて、大事だから大事にしたいんだ」
「だったら、大事にし方、間違ってるよ」
晴也は膝に乗ったまま、体を離して、片手を差し出した。
「握って」
意図がつかめず恐る恐る手を握る。
「……俺、お人形じゃないんだよ。ちょっと無理しても壊れないし、壊れなかったし、辛かったら泣くし、嬉しかったら、努さんと一緒に嬉しいねって言いたい」
ぎゅ、と指先を握られる。わずかに震えている手が、晴也の頑張りを伝えてくれている。こうやって、と晴也は両手で僕の手を包み込んだ。
「あなたに、俺が大事にしてもらったくらい、俺にもあなたのことを大事にさせて。頼りないかもしれないけれど、あなたのことを、誰よりも大切にしたいって思ってるから」
高校生だった晴也の身に起こった事件を知ったとき、怒りより、悲しさよりも先に、大事にしなくてはいけないと思った。手のひらで包み込んで、どこよりも安全に、いろんな危険から守ってやろうと思った。
あの時は、それが暴走した。「守ってやっているのに」と。
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