11 / 11

第11話

 心までは堕ちるまいと、誓った筈だった。  それがどうだ。  少なくとも見かけ上は人間の形を保っているというのに、原型を留めていないのは、中身の方だ。  悦楽に耽溺し、かの地の村人や弟子たちにはとても見せられないような事を、自ら欲している。  その中で、数少ない残り続けた稟性のひとつに、博愛の心があった。  村人や弟子たちを愛していたし、腐敗した都市の人々も、行いにこそ嫌悪したが、人間そのものの存在に疑問を抱いた事はない。  憎むべき悪魔に対してさえ、村を救ったという側面を見てしまえば、一概に突っ撥ねる事は出来なくなった。  それは悪魔に見放されてからも、顕著に表れていた。  あれから4匹の魔物が生まれた。  1体は男の倍ほどの巨体を持つ異形の生物。  1体は固定の形状を持たず、液体が意思を持ったような生物。  1体は男の半分ほどの背丈で、金属のように硬い膚を持つ生物。  1体は少しあの悪魔に似て、けれど表面は泥のようなもので覆われた生物。  どの子も愛しかった。  言葉も持たず、知性もない可愛い我が子は、教祖の傍に残ってくれた。  言葉は通じずとも、森の奥深くに置き去りにされた教祖を慰めるように、魔物たちは男に寄り添い、使い込まれた穴を犯してくれた。  排泄する事もない。卵を産む事もない。そうやって犯されるしか、最早そこに使い道はない。  最も大きな「子供」になると、ペニスらしきものは悪魔の腕よりも太く長かった。時には複数の相手もした。悪魔には余り使う事のなかった口も、頻繁に使用するようになった。触手のように伸びた先端に、胃の中まで犯された事もあった。  朝から晩まで交わり、魔物たちが捕えてきてくれた餌を貪り、少し眠っては、また求めた。  そんな事がどれだけ続いたか。  移ろう季節さえ見落とした男の傍から、1体、また1体と、魔物たちは姿を消した。  寿命となる魔力が尽きたのか、それとも壊れていくばかりの教祖の体に愛想を尽かしたのか、分からないままに忽然といなくなった。  気がつけば、ひとりになっていた。  寂しいという感情も、もう忘れてしまっていた。 「さあ、食事にしましょう」  誰に言うでもなく微笑むと、さっき捕まえた野兎に歯を立てた。  こんな体になっても空腹感はあるし、腹が減れば動きも鈍る。今では小動物程度ならば、自力で捕獲出来るようになった。  皮を剥いで、溢れ出る鮮血ごと肉を貪る。  空腹に応えてさえいれば、実に快適な暮らしだった。病気もなく、周囲の目もなく、老いる事もない。  兎を粗方食べ尽くすと、男はそっと下腹部を撫でた。 「ふふ……」  肌の上には真っ黒く変色した烙印。  ただ肉を食べていただけにも拘わらず、すっかり色素の沈着してしまったペニスが反り返って、先走りを垂らしていた。  もっと、腹の中を、満たさなくては。  男は鼻歌混じりに周囲の石を拾い上げると、なんの躊躇もなく己の後孔に捻じ込んだ。ここも既に、口を閉じる事はなくなり、拳よりも大きな石を簡単に飲み込んだ。  1つだけでは足りずに、2つ3つ4つ……と、次々に押し込んでいく。その合間にも、男は何度か射精した。  もう幾つ入れたのか、いい加減腹が重く、身動きが取れなくなって、歪に膨れた腹を撫でた。 「ぁ……あ……出る、ぅ……っ」  今度は、入れたものを出していく。  卵が産めなくなってしまったから、代わりにこれで我慢する。  重くてごつごつしたものが、内臓を擦りながら排出される。男は涎を垂らして喜び、やはり射精した。  自分の他に誰も、そこを満たしてくれる相手は、もう、いない。 「っひ、ぁ……見てっ……見て、……また……ッ!」  いもしない誰かに向かって、更に1つ、腸液に塗れた石を押し出していく。  尊厳も何もなく、ただ貪欲に淫蕩に耽る。  全てから解放されてしまった男が、人間という枠組みさえ外されてしまった男が、行き着いた先。  その顛末を、遠くから、悪魔は笑って見ていた。  あれからずっと。  呪いは続いている。  村を助ける気など、端からなかった。  そもそもあそこは、元から「悪魔たち」の餌場だ。  不毛の地だったのは、昔から死なない程度に悪魔たちに搾取されていただけだ。  それを厄介な事に、1人の聖職者が現状を打破するだけの力を与えてしまった。知識や精神力を持ち込んでしまった。良くない傾向だった。  だから一帯を支配する悪魔自らが、地上に降り立った。  悪魔が男に語った言葉は、嘘ではない。  病を齎したのは手下の低級悪魔たちだし、高潔な魂にはおいそれと触れられないのも事実だ。  最初は手っ取り早く教祖を殺してやろうかとも考えたが、面倒な事に彼らには殉職という概念がある。下手に神聖視されるのは得策ではない。  だからまず、教祖自らがあの地を離れる理由が必要だった。  案の定、ものの数か月で教祖は村を出る決心をした。  それからは簡単なものだった。  村に使い魔を紛れ込ませ、教祖だった男の悪評を流布してやればいい。  最初は教祖を信じていた村人たちも、次第に疑問を持つようになる。一度生じた疑念は広がり続け、弟子たちでさえ不信は拭えず、絶対的な指導者を失った村は、今や以前と同様の餌場に戻っている。ついでに、数百年は消えない縄張りも、あの地に刻み込めた。  だが、元に戻しただけではまだ足りない。  先に陥落させておいた都市にも、新たな噂を流しておいた。  山をひとつ越えた先、未開の森に鉱脈があると。  先日遂に調査団が出立した。その中には、誰より先に手柄を我が物にしたい聖職者も含まれている。  高潔さを掲げ、宣教に向かったあの男は、都市では変わり者として有名だ。同業者ならば顔くらいは知っているだろう。密かに男を支持する民衆だっていた筈だ。中には、村をひとつ立て直した、という噂を耳にした者もいるかもしれない。  あの男の理想こそが本来あるべき人の生き方だと、崇拝する者もいずれは出てきた事だろう。  これからも甘い蜜を吸いたい権力者には、男の存在が邪魔な者もいた事だろう。  だから敢えて、人間の姿を留めておいた。  その男がどうなったのか、折角だから教えてやろう。  男の場所までは、それとなく使い魔たちに案内させてやろうではないか。  あの烙印が存在する限り、男は逃げられないし、逃がしはしない。  地獄の底まで落ちるがいい。  余計な事をした報いは、これからだ。  腐敗していく魂を、微塵も残さず平らげてやろう。  今はまだ、落下の途中なのだから。  悪魔は羽根を広げて、優雅に飛び立った。

ともだちにシェアしよう!