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第11話
心までは堕ちるまいと、誓った筈だった。
それがどうだ。
少なくとも見かけ上は人間の形を保っているというのに、原型を留めていないのは、中身の方だ。
悦楽に耽溺し、かの地の村人や弟子たちにはとても見せられないような事を、自ら欲している。
その中で、数少ない残り続けた稟性のひとつに、博愛の心があった。
村人や弟子たちを愛していたし、腐敗した都市の人々も、行いにこそ嫌悪したが、人間そのものの存在に疑問を抱いた事はない。
憎むべき悪魔に対してさえ、村を救ったという側面を見てしまえば、一概に突っ撥ねる事は出来なくなった。
それは悪魔に見放されてからも、顕著に表れていた。
あれから4匹の魔物が生まれた。
1体は男の倍ほどの巨体を持つ異形の生物。
1体は固定の形状を持たず、液体が意思を持ったような生物。
1体は男の半分ほどの背丈で、金属のように硬い膚を持つ生物。
1体は少しあの悪魔に似て、けれど表面は泥のようなもので覆われた生物。
どの子も愛しかった。
言葉も持たず、知性もない可愛い我が子は、教祖の傍に残ってくれた。
言葉は通じずとも、森の奥深くに置き去りにされた教祖を慰めるように、魔物たちは男に寄り添い、使い込まれた穴を犯してくれた。
排泄する事もない。卵を産む事もない。そうやって犯されるしか、最早そこに使い道はない。
最も大きな「子供」になると、ペニスらしきものは悪魔の腕よりも太く長かった。時には複数の相手もした。悪魔には余り使う事のなかった口も、頻繁に使用するようになった。触手のように伸びた先端に、胃の中まで犯された事もあった。
朝から晩まで交わり、魔物たちが捕えてきてくれた餌を貪り、少し眠っては、また求めた。
そんな事がどれだけ続いたか。
移ろう季節さえ見落とした男の傍から、1体、また1体と、魔物たちは姿を消した。
寿命となる魔力が尽きたのか、それとも壊れていくばかりの教祖の体に愛想を尽かしたのか、分からないままに忽然といなくなった。
気がつけば、ひとりになっていた。
寂しいという感情も、もう忘れてしまっていた。
「さあ、食事にしましょう」
誰に言うでもなく微笑むと、さっき捕まえた野兎に歯を立てた。
こんな体になっても空腹感はあるし、腹が減れば動きも鈍る。今では小動物程度ならば、自力で捕獲出来るようになった。
皮を剥いで、溢れ出る鮮血ごと肉を貪る。
空腹に応えてさえいれば、実に快適な暮らしだった。病気もなく、周囲の目もなく、老いる事もない。
兎を粗方食べ尽くすと、男はそっと下腹部を撫でた。
「ふふ……」
肌の上には真っ黒く変色した烙印。
ただ肉を食べていただけにも拘わらず、すっかり色素の沈着してしまったペニスが反り返って、先走りを垂らしていた。
もっと、腹の中を、満たさなくては。
男は鼻歌混じりに周囲の石を拾い上げると、なんの躊躇もなく己の後孔に捻じ込んだ。ここも既に、口を閉じる事はなくなり、拳よりも大きな石を簡単に飲み込んだ。
1つだけでは足りずに、2つ3つ4つ……と、次々に押し込んでいく。その合間にも、男は何度か射精した。
もう幾つ入れたのか、いい加減腹が重く、身動きが取れなくなって、歪に膨れた腹を撫でた。
「ぁ……あ……出る、ぅ……っ」
今度は、入れたものを出していく。
卵が産めなくなってしまったから、代わりにこれで我慢する。
重くてごつごつしたものが、内臓を擦りながら排出される。男は涎を垂らして喜び、やはり射精した。
自分の他に誰も、そこを満たしてくれる相手は、もう、いない。
「っひ、ぁ……見てっ……見て、……また……ッ!」
いもしない誰かに向かって、更に1つ、腸液に塗れた石を押し出していく。
尊厳も何もなく、ただ貪欲に淫蕩に耽る。
全てから解放されてしまった男が、人間という枠組みさえ外されてしまった男が、行き着いた先。
その顛末を、遠くから、悪魔は笑って見ていた。
あれからずっと。
呪いは続いている。
村を助ける気など、端からなかった。
そもそもあそこは、元から「悪魔たち」の餌場だ。
不毛の地だったのは、昔から死なない程度に悪魔たちに搾取されていただけだ。
それを厄介な事に、1人の聖職者が現状を打破するだけの力を与えてしまった。知識や精神力を持ち込んでしまった。良くない傾向だった。
だから一帯を支配する悪魔自らが、地上に降り立った。
悪魔が男に語った言葉は、嘘ではない。
病を齎したのは手下の低級悪魔たちだし、高潔な魂にはおいそれと触れられないのも事実だ。
最初は手っ取り早く教祖を殺してやろうかとも考えたが、面倒な事に彼らには殉職という概念がある。下手に神聖視されるのは得策ではない。
だからまず、教祖自らがあの地を離れる理由が必要だった。
案の定、ものの数か月で教祖は村を出る決心をした。
それからは簡単なものだった。
村に使い魔を紛れ込ませ、教祖だった男の悪評を流布してやればいい。
最初は教祖を信じていた村人たちも、次第に疑問を持つようになる。一度生じた疑念は広がり続け、弟子たちでさえ不信は拭えず、絶対的な指導者を失った村は、今や以前と同様の餌場に戻っている。ついでに、数百年は消えない縄張りも、あの地に刻み込めた。
だが、元に戻しただけではまだ足りない。
先に陥落させておいた都市にも、新たな噂を流しておいた。
山をひとつ越えた先、未開の森に鉱脈があると。
先日遂に調査団が出立した。その中には、誰より先に手柄を我が物にしたい聖職者も含まれている。
高潔さを掲げ、宣教に向かったあの男は、都市では変わり者として有名だ。同業者ならば顔くらいは知っているだろう。密かに男を支持する民衆だっていた筈だ。中には、村をひとつ立て直した、という噂を耳にした者もいるかもしれない。
あの男の理想こそが本来あるべき人の生き方だと、崇拝する者もいずれは出てきた事だろう。
これからも甘い蜜を吸いたい権力者には、男の存在が邪魔な者もいた事だろう。
だから敢えて、人間の姿を留めておいた。
その男がどうなったのか、折角だから教えてやろう。
男の場所までは、それとなく使い魔たちに案内させてやろうではないか。
あの烙印が存在する限り、男は逃げられないし、逃がしはしない。
地獄の底まで落ちるがいい。
余計な事をした報いは、これからだ。
腐敗していく魂を、微塵も残さず平らげてやろう。
今はまだ、落下の途中なのだから。
悪魔は羽根を広げて、優雅に飛び立った。
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