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伸るか反るかの頂上決戦!2
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「どーして優勝決定戦に、5人も残ってるんだよ!? 12本中、11本も中てられるヤツが、こんなにいるってことなのか!?」
「即ち12射皆中 していたら、優勝だったってことさ。1本落としただけで、この有様なんだからな。まぁみんなよく頑張ったと思うよ。この暑い中で集中力を切らさずに、中て続けていたんだから」
強固なネットの前にキャンプで使うイスを持参して、堂々と前を陣取っていた藤城に呼ばれ、隣に座らせてもらいつつ試合の観戦をしていた。藤城のあり難い解説のお蔭で、見ていて勉強になったのだけれど、どうしてもノリの出番になると心臓が口から飛び出しそうになり、何度も吐き気に襲われた。1本外したときなんて、思わずうるっときちゃって、目頭を押えてしまったくらいだ。
それでもノリは最後まで諦めずにきちんと戦い抜き、残りを中て続けていたんだが――。
「確か上位2名が、インターハイに出場できるんですよね?」
「そうだよ。これから行われる射詰競射 で、優勝者を決めるんだ。ルールは簡単、的のどこでもいいから最後まで中て続ければいい。残った者が優勝さ。この独特な緊張感が漂う射場で、集中力が切れたヤツは落ちていくだけなんだ」
藤城の言葉通りピリピリとした雰囲気が射場外まで伝わってきて、何もしていない俺まで額から汗が滴り落ちた。
男子個人優勝決定戦が行われるとのアナウンスが入り、名前を呼ばれた5人の学生が緊張した面持ちでゾロゾロと入場してくる。ガタイのいい選手に混じって、細い体形のノリが隠れるように5番目に佇んでいた。
名前を呼ばれてイスに腰掛けてから左手に持っていた弓を右手に持ち替え、瞳を閉じて左掌を自分の口元に押し当てる。その手で胴着の胸元をぎゅっと掴む頼りなさげな姿に、胸のドキドキが止まらない。
――俺のおまじない、どうか効いてくれ!――
両拳を合わせて額の前に持ってきて祈るように拝んでいると、横にいた藤城が俺の肩を優しく叩く。
「吉川くん大丈夫だよ。ノリトくんのあの顔、とてもリラックスしているから。彼にとってはこの試合、ただの前哨戦なんだ。こんなトコで躓いてたら、インターハイで優勝することなんてできないからね」
「だけど……」
「君が甘やかしてくれたお蔭で、ノリトくんは随分と良くなったんだよ。こんなことなら引き離さずに、傍にいてもらった方が良かったんだなって。つらい思いをさせて悪かったね、済まなかった」
俺に向かってきっちり頭を下げる藤城に、内心うわぁと思いながら後頭部をバリバリと掻いて恐縮した。
「いや、あの、えっとほら。俺は弓道のこと全然分んねぇし、その、ノリのヤツも藤城せっ、先輩の指導でここまでやってこれたワケだし。逆にお礼を言わなきゃならないのは、こっちの方です。頭を上げてください」
「いいヤツだな。ノリトくんが好きになるの、すごく分かる気がするよ」
何となく熱っぽい瞳で見つめられたせいで、慌てて視線を逸らした。藤城に好かれても、困るっちゅーの。
「ははは、どうも……」
そんな微妙すぎるやり取りをしてる最中に、5人の選手が射位 に入り、一番前から順番に矢を番 えて弓を引いていく。
――キンッ ザシュッ――
一番前の選手が放った矢は、砂に深くめり込んでいた。残念そうな表情で一礼して、肩を落としながらすごすごと退場していく。
その後二番目の選手が放った矢は、いい音をさせて的に命中した。
三番目の選手は、とても緊張していたんだろう。震えながら弓をやっと引いた後に放たれた矢は失速し、的には届かず、矢道 に刺さってしまった。
(目の前にいるヤツが中てたら、そりゃあ力んじゃうよな。自分も中てなきゃって思うから、尚更――)
待ってる最中、ノリは何を考えてるんだろうか。目の前の出来事に、どんどん緊張してしまうのでは?
ハラハラしながら見守る中、四番目の選手は何事もなかったように的に命中させた。五番目はノリの番――俺の大好きな凛々しい顔で的を見据える、真剣な姿を見てるだけで胸が熱くなった。
いつもの練習と同じように構えるなり、ゆっくりとした所作で弓を引く。その様子からは、緊張していることがまったく感じられなかった。
――キンッ パンッ!――
的を突き破る音を聞いた瞬間、思わず拳を高く上に突き上げてしまい、それを見た藤城が肩を揺すってくすくす笑う。
笑われたせいで恥ずかしくなり、慌てて腕を下げた俺。横を向いて中ったことの喜びを、隠れて噛みしめていると――。
「は~やれやれ、残ってくれたな。あとひとり外してくれたら、インターハイ出場が決定だ」
大きなため息をついて、藤城がイスの背もたれに体を預ける。
「何か、PK戦よりも緊張しますね。心臓に悪すぎる」
「あはは! 武道ってのは、耐えることが多いからね。ドMなヤツがやるスポーツなのかもしれないなぁ」
一瞬だけ雰囲気が和やかになったのも束の間、残った3名の選手が先程と同じように順番に弓を引いていく。
――外せ……外せ外せ、外してしまえ!――
一番最初に弓を引いてる選手に向かって不謹慎なことを念じ続ける俺は、悪魔なのかもしれない。このことをノリが知ったら、めちゃくちゃ怒るだろうなぁ。冷静な目で見なきゃダメだって。
だけど今の俺は情けないけど、こんなくだらないことしかできないんだ。どうしても、お前を勝たせてやりたくて堪らない。
俺の思いとは裏腹に、一番前の選手も二番目の選手も、的に吸い込まれるように矢が放たれたのだった。
「あーもー、すっげぇイライラする……。ハラハラとドキドキが連続しまくって、身が持たねぇ」
汗で顔がグッチョリになってる俺と違って、ノリはまったく汗をかいておらず、むしろ涼しい顔をしていた。緊張感を感じさせないその様子を維持し、前のふたり同様に的に命中させた。
会場から、おおっとどよめきが起こる。
この戦い、一体いつまで続くんだろう。ノリの体は大丈夫なんだろうか?
「このひと夏でだいぶ体力をつけたけど、長丁場になったらヤバいよな。あの汗をかいてない感じ。もしかしたら、脱水症になっているのかもしれない……」
「ええっ!? それってすっげぇヤバいんじゃ」
「前のふたりが手汗で弓が滑って、的から外してくれたらラッキーなんだけどね。フフフ(ΦωΦ)」
俺以上に悪魔的発言をした藤城の予言? が当たったのか、それともスタミナ切れで集中力が切れたのか――前のふたりが外してくれたお蔭で、ノリにチャンスが回ってきた。
――これを決めれば優勝なんだ――
「絶対に中る。俺のノリは、やるときはやる男なんだ!」
俺のことを追いかけたい。その一身で今まで頑張ってきた、絶対に中るに決まってる!
的にむかって、狙いを定めたそのとき――あろうことか、ノリは両目をつぶった。
おいおい、目をつぶったら的が見えなくなるじゃねぇか。
「アイツ、何やって……」
「あれは半眼だよ、ほら仏像の瞳を思い出してごらん。あの感じで的を見ているんだ」
「でもどう見たって、目をつぶってるようにしか見えないけど」
「じゃあ、心の目で的を捉えているのかもしれないね。ああいうときは、絶対に外さないよ。集中力が半端ないからさ」
矢を放つまでの数秒間が、永遠に感じられた。閉じた瞳をゆっくり開き、ノリの体がなぜだか一際大きくなったように見えたそのとき、両腕がキレイに真一文字になって矢が射られる。
それは最初に放たれた矢の勢いよりも、速く感じたのは俺の気のせいだろうか――ノリの気持ちがこもった矢は真っ直ぐ飛んでいき、的のど真ん中に放たれていた。
「よっしゃーっ!」
思わず叫んでしまった俺に会場からクスクスと笑い声が上がったけど、そんなのは華麗に無視。
視線の先にはうっすら笑いを浮かべたノリがいて、口パクで俺のことを『バカ』と呟くのが目に映った。
その後、射場と会場からたくさんの拍手が起こり、しっかりと一礼をしてその場を去る後姿にお疲れ様と心の中で言ってやる。
こうしてノリは、見事インターハイ出場を手にしたのだった。
俺との未来の行く先はどうなるのかまだ見えないけれど、ノリならきっと全国でもやり遂げてくれる。
だって俺が、心底愛した男なんだから――。
おわり
的のむこう側⑤につづく!
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