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第8話
「大丈夫か? アゼル……ほら、吸ってくれ。今のところお礼にできることは、これしかないみたいだしな」
震えるアゼルに、右手を差し出す。
この間コウモリモドキに聞いたのだが、血を吸う種族にとって人間の血はちょっとした回復効果があるらしい。
魔力持ちの人間なら魔力も回復する。
異世界人の血なら、さながら絶品栄養ドリンク並みの滋養強壮効果があるそうだ。
そういうコウモリモドキたちも血を吸う魔族なので俺をごちそうを見るような眼差しで見ていたが、魔王に逆らうことはできないと言っていた。
強者に絶対服従というのは本当だな。
さあ好きなだけどうぞ、と手を差し出す俺を、アゼルは指の隙間から睨みつける。
赤子にでも触れるようにおそるおそる、そして優しく手を取られた。
「お前本当に、それを俺以外に言うんじゃねぇぞ……」
「言わないとも。好きで吸われたいわけじゃない。衣食住を賄ってくれているお前に、報いたいだけだ。それともやっぱり首元に噛みついておくか? いっぱい飲めるぞ」
「へ、変態野郎めッ!」
良かれと思って勧めただけなのに、真っ赤になって信じられねぇ! とでも言いたげな顔で罵倒される。
どのあたりが変態なんだろうか……やっぱりまだ魔族の文化はよくわからない。
太い脈を傷つけたほうが飲みやすいはずなのに、アゼルは俺の指先にしか牙を立てない。人さし指を口に含まれ、慰めるように舐めてから、そっと牙を突き立てられる。
「ン……」
くすぐったくて声を漏らすと、チラリと目で様子を伺われた。
痛くないから大丈夫だ。
恭しく手を取ってそうされると、なんだかまるで王子様が姫に口付けるかのような感じがする。
アゼルなら王子様でも絵になると思うが、俺が姫だとちょっとしたクリーチャーだろう。
静かな室内にはアゼルが指の傷を舐めてほんの少しずつ吸血する音と、俺がたまに漏らす鼻から抜けるような掠れた声しか聞こえない。
殺しにきた相手に飼われてこんなことをされているとは、思いもよらなかった。
世の中はままならないものだ。
「はっ……これをされると、ちょっとゾワゾワする」
「んん、そりゃあ俺の牙には毒があるかんな……きょ、今日はもう、イイ」
「ん。いつもこれで足りるのか? 俺の血は思ったよりまずいのか?」
「逆だ馬鹿野郎ッ! 死にてぇのかっ? この変態勇者め……!」
遠慮しているならしなくていいという意味で聞いたのに、激昂するアゼルの考えていることがちっともわからない。
謂れのない罵倒を浴びせてからグルグルと唸って、アゼルは荒々しく部屋から出て行った。
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