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第34話

 魔王の執務室は、他の魔族がかなり少ない高階層にあった。  俺の牢からしばらく歩いて、天井が高いから登るのが大変である壮大な階段を三つ上がった階である。  廊下に面した窓の向こうは、目が覚めるような快晴だ。その向かいの執務室の扉はアゼルが人型サイズだからか、通常の大きさだった。  それでも俺にとっては、自分の牢の大きな扉よりずっと大きく感じる。  この扉の向こうに行って、俺は誤解を解き、仲直りをしなければならないのだ。  緊張して、扉を叩こうとする手が震えた。それを見て隣に立つガドが、握ったままのもう片方の手にキュッと力を込める。少し痛い。 「大丈夫だぜ。俺は第四形態までならタイマンで殴り合える」  第四形態を見る前に最終形態に瞬殺された俺にとっては、すごく心強い言葉だった。  でも殴り合いはやめてくれ。  俺はどちらも大切だ。  味方がいるというのは大きな勇気をくれる。勇者の初めての味方が魔将とは皮肉なものだが、俺はとても嬉しかった。 (……大丈夫だ、誤解を解くぞ)  その場でゆっくり、深く深呼吸をする。  しかし、決意新たにノックしようとした手は、中から聞こえる困りきった声に、ピタリと動きを止めてしまった。 『いい加減、機嫌を直してくださいませ。今の貴方様が醸し出す威圧感じゃあ、何人の部下が逃げ出すかわかったものではございませんよ? それにいつまで経っても魔王直属従魔のカプバットたちが、大きな目玉に涙を溜めて怯えてしまうでしょう』 「……誰かいるようだな」 「今の声は、宰相のライゼンだ。〝無間(むげん)獄炎魔(ごくえんま)〟ライゼフォン・アマラード。不死鳥のアイツはおっかねぇぜ。気に食わない敵を何度も回復させて何度も焼き殺す」  アイツがいる間はまだ出て行かないほうがいい、と言うガドは、様子を見るためにそうっと少しだけ扉に隙間を作る。  ここの役職持ちはみんなそんなにも恐ろしい肩書を持っているのか……?  魔王のアゼルがシンプルに思えてきた。実際魔王という肩書が一番危ないのだが、響きがまだ平和に思える。  もしかしたら魔界ではアゼルの魔王にももっといろんな呼び名が付くのかもしれないが、それはあとで聞いておこう。  恐ろしいがちょっと気になる。  隙間から中を覗き見るガドにならって、俺もその隙間にこっそりと目を寄せた。  覗き見をするのは気が引けるが、無限焼死を回避するためだ。もしあとで出会うことがあれば、ライゼンさんには謝っておこう。  隙間の向こうで順に目に入ったのは、書物の詰まった本棚と、質のいい黒張りのソファー、つややかな木製のローテーブル。  ソファーの近くで女性と見まごう美しい細面を崩し、困りきった表情をしているのは、見覚えのある赤い髪の麗人だった。  夕焼け色の翼をしたいつかの腹心は、恐ろしい宰相さんだったらしい。  アゼルに知らずセクハラ紛いの発言をした時、燃やされなくてよかった。本当に。

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