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第36話

俺は覚悟を決めて口を開こうとしたが、室内から大きなため息が聞こえて、また二人でこそりと覗き込む。 『はぁ…一体どうしたのです。昨日はあんなに浮かれて、シャルさんの結界を解くと言っていたじゃないですか。執務室に来てもらうよう、誘ってくると駆けて行ったでしょう?』 『……………』 ピタリ。 書類を捌いていたアゼルの筆が、初めて止まった。 そうだ。 アゼルは昨日嬉しそうにそうしてくれた。 そして俺はここにくると約束をしたのだ。  俺は約束どおりここにいるが、アゼル達は気がついていない。 浮かれていたその先の展開を知っているガドは、きゅうっと眉を寄せている。 『…来ない。』 『は?』 『来ねぇよ、アイツは。絶対に。』 無表情で、暗い目のまま、アゼルはそう言い切った。 そして何事もなかったかのようにまた筆を動かし始める。 ライゼンさんが事がわからなくて困惑しながらたずねても、もうアゼルはなにも返事をすることがなかった。 俺はそっと、音をたてないように慎重に扉をしめる。 そして改めて真っ直ぐにガドを見つめた。 「ガド、今から空中散歩に行こう。」 「よしきた、場所は?」 「アクシオ谷。」 ガドは俺のはっきりとした答えを聞いて不敵に、とびきり愉快そうに笑って俺を軽く抱え上げて歩いていく。 マルオの話を聞いて花を取りに行けたなら、俺はアゼルにたくさんのありがとうを伝えると決めていた。 そして、もしもよければ、お前が俺を要らなくなるその時まで、これからも、よろしくと、そういうと決めていた。 牢から出れないからじゃない、出られるようになっても、俺はまだここにいたいんだと。 それに、よく考えたら俺が逃げだすんじゃないかと勘違いしてあぁまで取り乱すなんて、ひどく怒らせたみたいだが。 なんだか、まるで。 「離し難いほど、愛しているみたいじゃないか。」 クスリと笑う。 ははは、なんだ、そう思えば別人のような冷ややかなアゼルも気にならな…、…。 愛? 冗談めかしたポジティブ思考が、正常な脳の待ったを受けた。 あぁ、少し冗談がすぎたな。 俺もあいつも男だし、種族も違うし、あんなに荒々しい美形が俺を愛するわけない。 どうしてそう思ったのか、まったく俺のポンコツな頭は、まだ血液が足りないのか。 そういうことなら、まだ俺が惚れている方が自然だ。 殺しに来たのに生かされ、今までよりずっといい生活をさせてもらって、誰かを殺せとも言われなければ、対等に接してもらって、安全確保に奔走してくれる、素直じゃないかわいい美形。 そんなものに飼われていたら、惚れていなくても必死に何かお返しをしたくなるものだろう。 傷つけてしまったと、酷く心痛めるだろう。 そばにいたいと、願ってしまうだろう。 うんうんと深く頷いて、納得する。 そうなのだ。 俺は素晴らしい優しく大切な飼い主のために、窓の外で俺が飛び出してくるのを今か今かと待っているヒュドルド型絶叫コースターに乗り込むのだ、 …くっ…合言葉は、アゼルのため、だ!
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