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第42話
ツノアラシに吸われた時は、アゼルに吸われた時のようなムラムラとする感覚はなかったのだ。
なので俺はてっきり無害なのだと思っていたが、もしかすると問題があったのかもしれない。
ガドは俺の手に唇を添えたまま、少し眠たげな目を上目遣いにさせて、こちらを見る。
「ツノアラシは牙に溶血毒があるんだよ。口が小さいから、ちまちま飲むんだ。遊びで噛まれても、なかなか傷は塞がらねーぜィ」
「な、なん……そういうことか……」
「だから俺が凝血毒を塗ってやる。すぐ済むからちょっと舐められてな?」
そう言うとむぅ、と唇を尖らせ、ガドはまた俺の手を丁寧にペロペロと舐め始めた。どうやら体内の毒を唾液に混ぜて、舌で塗っているようだ。
そういう事情なのだろうが、どうにも絵ヅラが酷かった。
俺がイケメンに自分の手を舐めさせる変態のようで、かなりよろしくない。
切れ長の目を伏せ真剣にペロペロしているガドを見つめ、なんとも言えない表情になる。
長い銀色の睫毛が影を作り、行為はともかく彼はとても美しかった。
「…………」
既視感を覚える、その姿。
俺は指を舐められながら、毎日遠慮がちに血を吸っていたアゼルを思い出す。
チラチラと俺の様子を伺いながら、アゼルは壊れ物を扱うように俺の指先へ触れていた。
人間を貧弱だと断じるアゼルは、必要以上に傷つけないよう過保護なくらい気遣ってくれた。
──……会いたいな。
胸の奥がきゅう、と切なく疼いた。
「んう。おーし、終わりだぜ」
「おお、血が止まってる。ありがとう」
「もう知らない魔物について行ったら駄目だからな?」
手に触れていた温かい感触が離れる。ちょっと湿っているが、俺の手はもう血を流してはいなかった。
そしてやはり幼児扱いされてしまう。
言い返したいが迂闊に手を出したのは事実なので、なにも言えずに頷いた。
うう、恥ずかしいオチだったな。
◇ ◇ ◇
「あ、あったぞ……!」
肉を食べ終え元気リンリンの元・ハラヘリ二人組。
その後、数多の崖や岩場を俺だけ必死に探し、ついに念願のアーライマの群生地を発見した。
切り立った崖と崖の間に咲き誇る美しい純白の花を、どれだけ待ち望んだことか……! 筋力が落ちないようにしていてよかった!
引きこもり三週間でもやしになっていたら、ここまでは来れなかっただろう。
俺はキラキラとした瞳で花を見上げ、日課になっていた日頃のトレーニングを賞賛する。
「よし、採ってくる」
「馬鹿だなァ? あんなところ、たどり着く前に落下死するに決まってるぜ。そんな傷だらけのやわこい手にそんなことさせるわけにいかねーよ、な」
「竜の手に比べるとたいていの手は柔らかいと思うぞ」
俺をハムスター並みに弱くさらに幼児並みに目が離せないと認識を改めているガド。
バカにされているのかというレベルで心配そうな顔をされた。
たぶん真剣だ。それはそれで悔しい。
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