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第44話
「よいしょ、っと」
俺は勇者の仕事でこういう城壁や崖を登ることもあったから、実は結構慣れていたりした。
ガドの心配を払拭するように順調に崖を登り、目標を目指し腕に力を込める。
ゴツゴツと少し突き出た岩がいくつかあるので、それらを起点にしっかりと足場を確認しながら進んだ。
高い崖とはいえ、慎重にことを進めれば特に危ない場面もない。アーライマが咲き誇る崖肌には、安全かつ平和的に登り詰めた。
あっさりとたどり着いた俺に、下でハラハラとしていたガドはようやくほっとしている。
うーん……これを機に幼児の汚名をそそげればいいのだが。
「……綺麗だ」
近くで見る、たくさんのアーライマ。
それは、八枚の真っ白な花びらを誇らしく開き、荒野にそぐわないほど美しい花だった。
背は低く、茎を俺が握ると手より下には茎がはみ出ないくらいの長さだ。
風に飛ばされないようにだろう。代わりに茎はしっかりとしたものだ。
ブチ、と申し訳ない音が鳴ると、摘んだ花の茎の切れ目から薄っすらと透明な花汁が膜を張る。
なるほど……荒れ地で生き抜くために水分を貯めているのか。
マルオの言ったとおり生命力の強い花だ。花も花汁も、清涼な香りがして頭がスッキリした。
「どうだー?」
「大丈夫だー!」
安心はしたものの焦れたガドが様子を尋ねるから、摘み取ったアーライマを片手に掲げてみせた。
ぐっと親指を立てられたから、同じように返す。ミッションコンプリート、コングラッチュレーションだな。
この群れを絶やさないように、手の届く範囲だけを摘み取る。
片手で持てるブーケくらいの量を大事に抱えて、俺はそろそろと崖を降りた。
地面に足を着け、目的達成に安堵すると、もう太陽が沈みそうな位置にあることに気がついた。もうこんな時間だったのか……。
花を見つけることに必死で、空なんて見ていなかった。
日が沈めば『今日執務室に会いに行く』というアゼルとの約束が守れない。
いや、あんな鬼気迫る勢いで仕事をしていたのだから、日が沈む前にとっくに終わって、もう執務室にはいないかもしれない。
沸き立った焦燥感が胸に募る。
俺はパッとガドに向きなおり、そのままサラリーマン時代に鍛えた四十五度のお辞儀を披露した。
「おっ? どした、どした」
「ガド、今日は協力してくれてありがとう。おかげで俺はこれを手にすることができた。本当に感謝している……俺にできることは少ないが、ガドが困った時は、必ず協力すると誓おう」
「むっ……う、クシシ。俺はお気に入りのために動くのはわけねぇよ、いいんだ。でも、そうだな……その協力してもらう権利は、貰っとく」
「あぁ、ありがとう……!」
ガドはお礼を言われて、ニマニマと笑っている。その頬が赤いのは、夕焼けのせいだけじゃないだろう。
それに笑顔を返してから、俺はすぐに申し訳ないを前面に押し出した表情になった。
ガドは見るところによると少しも疲弊してはいないみたいだが、こんな時間まで付き合わされたのだ。きっと疲れているだろう。
無理を言うのことは気が引けるが、それでもしっかりと前を向く。
手に持っていたアーライマの花束の半分を分け、報酬としておずおずとガドに差し出した。
「魔王城の執務室まで、勇者配達のお急ぎ便をお願いしたい……」
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