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第84話

「ここは訓練場です! 部隊単位で訓練し、海戦の他に陸戦の訓練も行います」 「あぁ? お遊技場の間違いだろ。なんだあれは? 海から上がった海軍は死にかけの魚か? 内陸部から攻められたら敵が海に入るまで待っているのか? まぁ動きはいい、揃ってる。それを更に上げろ。もっと早い動きで揃わせろ」 「トレーニング時間を上乗せしますか?」 「いや……違うな。地の筋力だけじゃなく、身体強化魔法を覚えさせろ。上位種族の塊の空軍とはちげぇんだ、陸軍は全員覚えてる。それから水属性魔法を使えるなら敵の包囲、移動は空中に水場を作れ。走れないなら泳いで動け。身体強化魔法の教官を陸軍から派遣する。基礎体力訓練は抜かず、他のメニューに置き換えろ。時間は増やさなくていい」 「了解です。お父さんに伝えます!」 「次」  う、まだあるのか?  のべ三時間ほどの競歩に、強化人間な流石の俺も呼吸が乱れてきた。  いや魔族だから競歩だが、俺はマラソン状態だ。額に汗が滲む。  基地内の主要な部屋や施設を巡り続け、本来なら数日かけるだろう視察を秒殺していくアゼル。  役立たずの俺はせめて迷惑をかけないよう、置いていかれないように朴訥とついて行くのみだ。  ううん……三時間走りっぱなしだと、少し辛い。まだ大丈夫だが。全然大丈夫だ。  傾いていく日をぐるると睨みつけるアゼルは、張り切ってどんどんと進んでいく。  その横に並ぶユリスが少し下がり、俺に向かってべーっと舌を出した。 「ヘロヘロじゃん。別についてこれないなら、お前はこなくていいんだよ? 僕は魔王様だけを歓迎しにきたんだからね。オマケなんて要らないし」 「は……っ、いや、俺は〝アゼルについていく〟という仕事を、受けたんだ。最後までついていくぞ……っ」 「むぅ……! 生意気!」  役に立っていない事実を言われても意志固く首を横に振ると、ふんっ! と不貞腐れたように鼻を鳴らされる。  頬を膨らませてあからさまに不機嫌になってしまったユリスは、さっさと俺から離れてアゼルの隣に走って行きその腕に絡みつきながら「行きましょう!」と前へ引っ張って行った。 「っふ、……?」  ──ギュッ……、と。  わずかに胸が引き絞られる。  どうしてだろう?  今朝なにか変なものを食べたのだろうか。拾い食いはしていないと思う。  俺は腕を絡ませる二人を見てなぜか少ししょぼくれた気持ちになり、自分の胸に手を置いて小首をかしげる。  アゼルはてんで気づいていないが……ユリスは、アゼルが好きなのだろう。  だからああして腕を取ってボディタッチでアピールしているし、俺が近づくと威嚇するのだ。  それならば俺はアゼルから距離を取って、ユリスがやきもきしないようにしてあげるべきである。  アゼルの意思もあるから協力はできないけれど、そうするべきだ。  でもなんだか、それは少し……さみしいな。  気がついたら速度が落ちていて遠くになってしまった二人の背中を、じっと眺める。無意識に視線が絡んだ腕を刺していて、誰も触れていない自分の手を意識してしまう。 「……ん、そうだ。左手が空いていた、ので、ちょっと借りよう」  また一人ぼっちに戻ったような気がしたが、すぐにアゼルの左腕が空いていたことを思い出し、俺は閃いたと瞳を輝かせた。  ぐっと手を握り締め、前向きにまた速度を上げて走り出す。  よし、うんと頑張るぞ。

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