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第103話(sideユリス)

 アイツは恋敵の僕に魔王様の腕の中を譲ろうとするような、余裕ぶった愛人だ。  けれど僕と同じ、魔王様だけを見つめ続ける目が、本気なんだと思った。  そんなアイツの一途な目に気がつかない魔王様。  気づいてなくても、魔王様もずっとアイツしか見ていないんだろう。  だってデートができなかったと夕日を嘆いていたのに、照れ顔でアイツにデートに誘われた途端、嬉しげにはにかんでいた。  そんな魔王様が綺麗すぎて。  幸せそうで。  ずるいと思った。  こんな顔をさせられるなら、愛人でいいから僕もなりたいと思った。  だから強引に玄関先まで連れ出して迫ったのに、アイツ、愛人じゃなくて家畜だって。  その上家畜のくせに、魔王様を盗られるのが嫌だって言うんだよ?  いっちょ前に恋してるんだ!  それも、僕の言葉ですまし顔をきゅうって歪めて泣きそうになるくらい、本気で、本気で恋してるんだ。 「絶対、僕のほうが長くたくさん想ってるって自信あったのに……アイツ本当に、子どもが初めて見つけた宝物を盗られたような顔をするから……うぐ、ちょっと意地悪しちゃったけど、問題ないよね! 勇者なんだし、襲われたら自分で戦って逃げるか殺すかするよね!」  一生懸命に恋をする人間を思い出して、僕は数々の嫌がらせをしたことに今更罪悪感を感じてしまう。  普通に良いやつだったら困るじゃん!  だってアイツ、嫌がらせをして嫌味ばかり言う僕なのに、一度も悪く言わなかったんだよ? 申し訳ないでしょ!  すっかり日も落ちた暗闇の中に追い出したことを後悔して、バツが悪い僕。  ま、まぁ大丈夫なはずだもん。  うん。魔法だって使えるだろうし、剣も召喚魔法域とかに持ってるだろうし。あの勇者、すぐ帰ってくるでしょ。 『おいユリス、今勇者って言ったか?』 「っ!?」  そうやってうんうんと玄関の外で街を見つめていた僕の耳に──不意に闇の中から低く耳障りのいい耳慣れた声が聞こえた。  ハッとしてキョロキョロあたりを見回す。けれどどこにも姿が見えず、狼狽えてしまう。  するとゆっくりと夜の闇が溶け出し、気配のないままに、それでも確かにそこに現れた。尖りを帯びた、巨大な黒狼。 「ま、魔王様ぁ……!」  自分の魔力と血で精製する鎌こそ出していないが、それでも十分に威圧感がある。  コテンと首を傾げるそれは、僕の愛する魔王様の尊い魔物形態だった。  ぜ、全然わかんなかった……!  夜にクドラキオンの気配を見つけるなんて、できるわけないでしょ!? ホームグラウンドすぎるよ! 『ユリス、シャルの部屋はどこだ? 魔力の匂いを追ってきたんだが、玄関だったしな……ワドラーでも迎えに行ったのか?』  魔王様はキョロキョロとあたりを見回し、僕にアイツの居場所を尋ねる。  アイツになにか用があるみたいだけど、こればっかりはタイミングが悪くて、僕は肩を竦めて冷や汗をかいた。  でも言わないわけにはいかない。  この人には、逆らえない。 「あの……そ、それが、ちょっと話してたら、アイツほわほわしちゃって……冗談で街の宿を勧めたら、一人で考えたいとか言って、街に降りて行っちゃって……」 『──ア?』  秘密の悪事がバレないかと怯えつつ行方を説明すると、返ってきたのは、底冷えするような無感動な声だった。  たったの一言。  それでゾワッ、と全身の毛が逆立ち、耳がビクンッと震えたのがわかる。 「……っ……」  威圧感で呼吸が止まりそうだ。  即座にドッドッと心臓が痛いほど鼓動し、生命の危機を知らせる。  選択肢を間違えると、自分は消される……一瞬で、それを感じた。  けれど答えない選択肢なんて以ての外だ。  どうにか震える唇を開く。 「ぁ……っ、で、でも勇者なんだから魔法や剣もあるし、すぐ帰って……」 『剣を持ってると勘ぐって刺激された魔族に襲われるかもしんねぇから持たせてねぇ。魔力はほとんど縛ってる。アイツは今──丸腰のただの人間だッ! クソッ!』 「えっ……!?」  自分に言ったのか、僕に言ったのか。  魔王様は吐き捨てるように悪態を吐いた途端、フッと僕の視界から消えてしまう。  残された僕にわかることは、自分が取り返しのつかないことをあの人間に勧めたのかもしれない、ということだけだった。

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