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第129話

 蝶ネクタイがヒットした俺を尻目に、ユリスはいくらかの服を腕にかけて呆れ返っている。こっそりと蝶ネクタイは服の影に置いておいた。流石にこれはつけたくない。  そして旦那力とはなんだ。  俺が持っているものなのか?  やっと恋人同士になっただけでまだ結婚はしていないが……はっ。そうか、俺がダーリンでアゼルがハニーなのか。 「よし。やはり魔界軍にでも就職して一兵卒になりつつお菓子屋さんと兼業して稼ぎを増やさないと」 「んー? なに? 欲しいものでもあるの? 買わなくてもあの浮かれた様子じゃ魔王様に〝あれいいなぁ〟って言うだけで即日コソコソ枕元に置いてると思うけどね、絶対」  ユリスは服を探しつつ、雑に返事を返してくれた。それじゃあ本末転倒だぞ。 「お前は知らないだろうけど、魔王様ってホント数十年前は永久凍土だったから……むむむ、ギャップ最高な今の真っ赤な顔、僕に向けてもらう予定だったのにさっ」 「昔のアゼルのことは知らないが、今のあの顔は俺のものだ。そして俺が欲しいのは魔王を養う財力だ」 「まだ諦めてないのそれ」  拳を握って心意気を見せると、ユリスは「魔王様ほどのお方だよ? お前が十回人生満喫してもあまりあるほど財宝溜め込んでるのに、意味ないから」と呟いて、アホを見る眼差しを向ける。 「それでもお金が欲しければ、魔物体になった魔王様のワンシーズンぶんの抜け毛を集めなよ。こっそり他国に売れば、お前が満喫する人生を一回増やせるからね」 「激レア魔物の毛すごいな……?」 「巨大化した魔物の蔓延る魔境にしか生息しない上に、夜以外滅多に姿を現さない魔境の生態系の頂点ことクドラキオンの毛なんだから、当たり前でしょ? 防具の内側に編み込んだら大抵の魔法は効かないよ。状態異常耐性付き」 「アゼルは抜け毛までチートなんだな……」  見繕うのが終わったのか山盛り服を抱えてクローゼットを逆戻りするユリスの後ろで、俺はスケールが大きすぎて震えた。よくわからない。  前の世界で例えるなら、サーモバリック爆弾くらいなら防げる強度を持つツチノコの脱皮した皮的なレア度なのかもしれないな。うまい例えが見つからなくて悩む。  それから服をかき集めたあと。  どっさりと絨毯の上に服を広げて、ユリスはこういうのが意外と好きだったのか機嫌よく俺に服を合わせだした。 「これなんてどう? 白くて綺麗で涼しいし! 僕こういうの好きだよ!」 「フリフリの肩出しはいけない!」  真っ白い生地で細やかな植物柄の刺繍が施された袖や裾がフリフリした上の服を持って、俺の肌に合わせるユリス。  俺はジャブが斜め上すぎて、久しぶりに大きな声で驚いた。  というかなんでそのタイプの服が俺サイズであるんだケトマゴ家のクローゼット。 「肩出しってお前言い方が老いてるの! これはオフショル! あとこれへそ出し! ショート丈! 南の海街歩くならこのぐらい余裕でしょ? 今だってオフショルどころか上半身オフじゃん。見せつけてあげなよその腹立つ腹筋!」 「このキスマークを海街で晒したら俺の性生活がオフするだろう!? す、すまないがオフショル以外の上の服にしてくれ! へそも!」 「もおおお上の服ってトップスっていうの! 純情ぶってんじゃないよバカ! いい? おしゃれは自信っ! 恥を捨てたもん勝ちなんだから!」 「捨てたら負ける! 絶対負ける!」 「もーじゃあフリルついてないし黒いしへそも首も隠れるしこれにしよ!」 「それ背中が全部開いてるぞ!?」  ──背中には噛み跡があるんだ!  俺のなけなしの沽券が悲鳴を上げて、素早くユリスの手にある二枚のトップスをはぎとった。前途多難である。

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