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第138話

 自分はたくさんの同族をまとめる仕事をしているが、今まで一人で生きていたので彼らとの接し方がわからない。  仕事に慣れることと生活を変えることにいっぱいいっぱいで、それをどうにか熟せるようになっても手遅れだ。  自分は気がついたら、孤独から一歩も動けなくなっていた。  怖がられ、嫌われていることに気がついても、どうすれば好かれるのかわからない。  人間の城でたくさんの人間たちが仲良くしているのを見ると、自分がリーダーとして間違っているとしか思えない。  だけどどうしていいかわからない。  わからないだらけで、もう疲れてうずくまってしまった。  アゼルの要領を得ない話を、男は黙って僅かに首を縦に動かしながら聞いていた。  そこに言葉はない。  静かに、しかし確かにそばにいたのだ。  話し終えたアゼルに、男は口元を緩めたまま、優しく囁く。 『お前はすごく頑張ったんだな。偉いじゃないか。凄いじゃないか』 『っ……そんなことはねぇ、なにを言ってやがる。違う、言葉の使い方が違う。頑張ったも、偉いも、俺に使うものじゃない』 『なにも違わない。お前は偉いよ』  語りかけるその声が本当に酷く優しかったから、そうされたのが初めてで、アゼルはみっともなく泣き出してしまった。  底抜けに穏やかで包み込むような声。  駄々を捏ねる子どもに言い聞かせるように、ゆっくりとしたテンポだ。それは意地を張って無感情を装う仮面を柔らかに解きほぐしていく魔法。  ぽろぽろと静かに涙を零し泣き出したアゼルを、男はそっと温かい腕で抱きしめる。 『ありのまま、やればいい。嫌われることは怖い。俺だって知らない人でも嫌われたくない。だけどお前は、いいじゃないか、そう思え』 『自分を嫌う人は、お前の心にいらないだろう? 周りを見て、自分を嫌っていない人を見つけるんだ。目を合わせてご覧? 見つめ返してくれる人を探して。その人たちを、大事にすればいい。他はいいんだ』 『拙いお前の言葉を最後まで聞いてくれる人を。お前のために行動してくれる人を。涙したら抱きしめてくれる人を。共に笑い合ってくれる人を。言葉の裏側がわからないなら、真っ直ぐな人を見つけなさい』 『大丈夫。お前はそのままで十分魅力的だ』  ──心が救われる瞬間というのは、声が出ないものだと知った。  喉の奥が引き攣る感覚を、今でも鮮明に覚えている。  本当は居場所を失うことが怖かったこと。だから上手に魔王を演じなければならなかったこと。どれほど悲哀に染まろうと、一人で耐え続けなければいけなかったこと。  ずっとずっと──……寂しかった、こと。  それを全部、認められた気がしたのだ。  震えるアゼルの背をなで、男はそっと立ち上がる。  離れていく温もりに咄嗟に手を伸ばしたが引き止めることはできず、言葉も出なかった。 『王には不審な者はいなかったと伝えておくから、思い切り泣いたら胸を張って帰るといい。俺はシャルと呼ばれている……勇者、らしい』  マントを翻して去っていった男の背中を見つめながら、アゼルは目元を濡らし真っ赤になっていた。  アゼルは決心する。勇者の言葉とおり嫌われることを過剰に怯えず、あるがままの自分であろうと。  誰でもいいから好かれたいじゃない。  自分を思ってくれる人を選んで、その人たちを深く大事にするんだ。  大切な人を大切にする。  大切ではない人からの悲しみはへっちゃらなくらい、強くなる。  見ず知らずの不審な自分に、笑いかけてくれた彼に報いるために。  そしていつか彼が魔王である自分を殺しに来た時──あるがままの自分で「そばにいてくれ」と伝えようと。

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