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第144話
アゼルは俺の腰をぎゅっと抱き直し、耳を舐めながら首筋までをなぞって舌を移動させた。
擽ったくて身動ぎながらもまわされた腕に手を添え、されるがままに首筋をそらす。
「は、シャル……ちょっとだけ、食わせろよ」
「こ、ここでか……毒、回る前にやめるんだぞ」
「う」
「っ、く……」
牙を刺されると催淫毒が体を巡り少しじゃすまないので釘を差してから許可すると、わかったと言わないアゼルは、カプ、と首筋に唇で噛みついた。
舌で湿らされた肌を突き破らないように先端で傷だけつけられ、そこから滲ませた血液を丁寧に舐められる感触。
少しゾクゾクする。
牙を差し込まれ熱に溺れるよりマシだが、これはこれで軽い拷問だ。
「ン……ぁ、ン……」
トロトロと流れ出る血液を舐め、啜られ、添えた手をつい握ってしまう。
言いしれないなにかが駆け上ってくる気がした。表皮が粟立ち産毛が震える。
チュク、と傷口を強く吸われ「あ……っ」と大きく反応してしまう。
そうしていると腰を抱く腕が少し動いて俺の腹筋や股関節をなで始めたから、背後に首を傾けてアゼルの肩をトンと押した。
名残惜しそうに温かな唇が肌から離れる。
不満そうにするな。
「はっ……こら、ここじゃシない」
「うぐぐ……そ、そんなつもりねぇよ、なんとなくだ」
「セーターに手を入れようとしただろう」
「ぅぐぅ……」
図星を突かれ、アゼルはグルルと唸ってそっぽをむいた。んん、しかしいつ誰が来るともわからない執務室で天下の魔王様がセックスはいけない。
俺だって嫌なわけじゃないから、そう拗ねないでほしいな。
それに正直、吸血の催淫毒に犯されながらアゼルに抱かれたら、俺はとんでもない乱れ方をするんじゃないかと思っているので、ダブルコンボは阻止している。
もしコンボセックスにハマってドの付く淫乱になってしまったらどうしようか……快感がすぎると理性が吹き飛ぶきらいがあるからな、俺は。そんなの困る。
「なぁ、キスだけならいいだろ?」
「気持ちいいほうのじゃなければいくらでもしていいぞ」
「グルルルル……!」
「ん、仕事が終わったらな」
キューンと子犬のようにしょげてどうにかこうにか俺のスイッチを入れようとするアゼルをたしなめつつ、俺は喉を鳴らす。
仕事が終わったらと言った途端、俺のかわいい魔王な彼氏は、ご機嫌に頬擦りをし始めた。
元が狼だからかもしれないが、こうしているといつもアゼルが大型犬に見えてしまうな。耳と尻尾の幻覚はデフォルト装備だ。
そんなまったりとした執務室の扉が突然バタンッ! と開き、一匹のカプバットが飛び込んできた。
「マオウサマ! マオウサマ!」
「あぁん?」
「ホウコク! ギョクザノマ! スタンバイ! オネガイシマス!」
「シャルとの貴重な時間を割いてまでされる報告だと? 朝の謁見は終わったってのになんだってんだ」
魔王の眷属であり専属世話係であるカプバットは、アゼルの周りをパタパタと飛び回り、せわしなく呼び立てる。
不機嫌な顔を隠しもしないアゼルが尋ねるとカプバットはギクリと硬直して青くなったが、すぐに立て直しキビキビと告げた。
「ユ、ユウシャ! ユウシャキタ! スマキノジカン! イジョウデス! オジャマシマシタ! シマシタ!」
「っ……!?」
──魔王様、玉座の間に勇者が来たので追い返してください!
言葉がうまくない下級魔族のカプバットの言い分を脳内で翻訳した俺は、驚きからヒク、と喉の奥を震わせた。
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