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第152話(sideリューオ)

「おい、そろそろここで野営、っ」  日が落ち、辺りが赤くなるほど歩き、少しだけ開けた場所を見つけたのでそろそろ野営にしようと振り向いた俺は、ビクッと驚愕に震えた。 「ぉっ、ま、なんだよその顔ッ!」  殺したいほど憎らしい大罪人を縛り付けたロープを慌てて強く引く。  声をかけられたシャルは一拍遅れて小首を傾げ、虚ろな瞳のまま俺を見つめ返した。  シャルの頬は、零れ落ちる涙で濡れていた。  目玉ごと心が溶け出しているんじゃないかというくらいどんどんと湧いている透明な雫は、いつから流れていたのか、シャルのセーターの襟首の色を変え、首筋や鎖骨に夕日を反射させる。  飾りっけのないシンプルに整った男の、無音の泣き顔。無表情でも悲しみに歪めるでもない自然体の泣き顔。  とめどない思いを溢れさせるこいつの美しさは、八年分の憎しみを刹那止めるほどの衝撃を俺に与えた。  誰にも気づかせない泣き方。  すぐ前をずっとずっと歩いていた俺にすら感づかせず、嗚咽ひとつ漏らさず静かに、密やかに、そうするのが当たり前のように泣いていたコイツ。  人間の泣き声は動物にとっての悲鳴だと俺は思う。  どうしてそんな泣き方を覚えたのかわからないが、誰にも気づかせない泣き声なんて、生き物としては致命的な欠陥だ。 「あぁ……ごめんな、すぐに止める。大丈夫。野営だな、準備をしよう」 「はっ……? わ、わけわかんねェ……お前、ロボットかよ」 「人間だ。……ただの」  俺がロボットと言った時、シャルは少しだけ笑ったような気がした。  俺はそれに異常な安堵を覚えるが、当のシャルは手馴れたように周囲を警戒しながら足で草葉をならして落ち着くスペースを作り始める。自分が傷ついていることを理解しているが気にも留めていない。  俺は感じていた違和感をより濃くしたが、罪人だと思い出し、黙って薪を集めた。  ──俺は気がついたら知らない世界で、一人ぼっちだった。  大学に行こうと車両の中に足を踏み入れた瞬間、景色が変わっていたんだ。  倒れていた俺を近くの村の村人達が助けてくれなかったら、そうそうに魔物の餌になっていただろう。  なぜか自分の名前がうまく伝わらなくて、俺はリューオと呼ばれそう生きることにした。  農業や仕事を手伝いながら、この世界で生きるために必死で戦う術を磨いた。  望んで前線に立ち戦闘力を上げたわけじゃない。必要に差し迫ったからだ。  理由も役割もなく誰も俺を知らない場所に捨て置かれるなんて、俺がこの世界にいる意味がわからない。  それでも生きていたい。  この世界で居場所がほしい。  戦う理由なんて……そんなものだった。  不安で凍える夜を過ごしながらも歯を食いしばって訓練を続けると、俺は才能があったのかめきめきと強くなった。村人に教わった炎の魔法も、誰よりも使えるようになった。  どういう体質なのか老けない体の俺は、衰えることなく己を磨き恩人である村を守り続けた。  属性魔法の使い手は珍しいので重宝されたし、守るために戦うことで、俺は役割を手に入れられたんだ。  そうして俺は村で冒険者として魔物や魔族と戦い討伐し追い払い、力をつけて、王都へやってきた。  腕のいい冒険者がいると噂になり、王都の冒険者団体から声がかかったのだ。  その頃にはもう八年も経っていて、俺はがむしゃらに生きた八年がやっと誰かに必要とされたのだと嬉しかった。

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