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第155話
「おッ、おい、泣くなよクソが……ッ!」
「は」
俺を見張るように左側に座っていた勇者が、焦りながらグイッと俺の腕をとって引いた。
反射的に引かれたほうに顔を向ける。
また気がつかないうちに泣いていたのかと思って手を当ててみたが、頬は濡れていなかった。
「……泣いてないぞ」
「お前ッ泣き方気持ち悪ィんだッ!」
「それは、ごめん……」
泣いていないと言ったのに青筋を立てて目を吊り上げる勇者の勢いに、素直に謝る。
俺はなるべく誰にも気づかれないように、静かに泣くようにしているんだが……やはり迷惑だったな。だいたいの人が目の前で誰かに泣かれると、酷く困惑するはずだ。
掴まれた手を振り払うこともなく、ぼう、と勇者を眺める。俺より若いのに、俺より過酷な世界を生きた青年。
勇者は真剣な顔で、俺を見つめる。
「王の話じゃ、お前はクソ野郎だ。だけど、俺にはそう見えねェ。後悔したくない。お前の生きた八年を、一つ残らず語れ」
◇ ◇ ◇
パチ、パチと薪が弾ける。
頭上にはすっかり色付いた月が輝いていた。
俺の生きてきた八年間。
ひとりぼっちの冷たい牢と、うすっぺらい勇者の仕事と銘打たれた掃除。
俺にとってこの世界でのかけがえのない思い出は、全部この四ヶ月に詰め込まれていた。それ以前の時間を語ることは、それほど時間はかからなかった。
「……真逆過ぎて、信じられねぇな。頭が追いつかねぇ……幽閉して人殺しや戦争させて飼い殺して、都合悪くなったら今更魔界にポンなんて……」
「無理に俺を信じなくていい。どちらが本当かなんて、考えること自体苦しいだろう。それに勇者であるかどうかは、今の俺にとってはどうでもいいことだ」
「ま、そうだろうな。テメェにとっちゃ自分が十年前の勇者じゃない、魔王の求めたシャルじゃないことが、抵抗しないで黙って処刑されるために歩いてた理由だろうよ」
ふぅ、と息を吐く勇者──リューオ。
話を聞いても過去が真実かどうかは確信がないが、俺が本気でアゼルを愛していることは理解してくれたようだ。
俺はアゼルの恩人が先代シャルであり、十年分の思いがあったことを話した。
そしてアゼルは魔物をけしかけているわけでなく、魔物たちは好きなように動いているだけだということも伝えた。
魔族は残虐非道ではなく感情を持ち、国の意思として人間国に魔物が出ている訳じゃない。
こうやって事実がリューオから人間国へ伝われば、刺客が送り込まれることもなくなるかもしれないと思ったからだ。
俺にはこんな方法でしかアゼルを守ることができない。
さよならのあとでも、アイツのためになるかもしれないことはなんでもしたかった。未練がましいものだな。
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